ありがとうの言葉を

格好、無難にロングスカートにセーター。
髪型、別にいつもと変わらず。
化粧、まあ薄く…?気持ちマスカラやグロス塗った程度。


現在時刻12時50分、駅前なう。

氷室くんから一方的に今日の13時から会う約束をさせられ、拒否権もなかった私はこうして駅前に来た。
さすがに平日ということもあって休日ほど人で溢れていないが色んな店が立ち並ぶ駅前なので結構人はいる。
さすがに氷室くんはまだ来ていないよな…と思い携帯を取ろうとしたその時だった。


「名前、早いね。」

とてもよく知る声が後ろから聞こえた気がした。
オイルの切れたロボットのようにぎこちない動きで後ろを振り向くとそこには眩いばかりのイケメンオーラが漂う氷室くんが私の背後にピッタリと寄り添っていたのだ。

「…ぬぅあああああああああ!!」

びっくりした、これは心臓が止まる勢いでびっくりした。
私が声をあげて後退り氷室くんから距離をとると、彼はお腹を抱えクツクツと笑っているではないか。

「あー、やっぱり名前の叫び方はコメディみたいだね。」


解せぬ、非常に解せぬ。

「もっと普通に声かけてよ、ビックリしたじゃない。」

「ごめん、ごめん。待ったかい?」

「今来たところ。」

「…そっか、なら良かった。」

午前中部活をやっていた氷室くんはVネックのセーターに細身のGパンというファッションで、それはモデルのようにスタイルが良かった。
もちろん胸にはシルバーリングのアクセサリーがある。

「名前、お昼は食べてきた?」

「食べたよ、氷室くんは?」

「俺も食べたよ、それじゃあ行こうか。」


色んな店が入った駅ビルの方へ進む氷室くんに私は後ろからついていったのである。

「氷室くん、今日はなにか買い物?」

「ううん、特に買い物じゃないよ。」

「じゃあなにか用事?」

「用事も特にないよ。」

え、じゃあこいつマジでなんの用で私呼び出したんだろう。
そんな疑問を持ちながら駅ビルに入り二人でエスカレーターに乗ると私の方を向いた氷室くんはそれは柔らかく笑ってくれた。

「名前に会いたかっただけだよ。」

えっ?

「ただそれだけ。」

私に…会いたかった?
待て待て待て。私と氷室くんはただの友達だし席が隣ってだけだよね。

「あはは、なんかデートみたいだね。」

若干引きつった笑顔で氷室くんにそう言ってみると氷室くんは少し間の抜けた顔になった。

「俺、デートのつもりで名前を誘ったんだけど。」

「ふあ!?」

今度は私がビックリした。
デートのつもりで誘った…だと?
いやいやいや、なんでイケメンが私なんかを誘ってんだよ。

あまりの衝撃発言で頭が若干パニックになりそうだが氷室くんはスポーツショップがあるフロアでエスカレーターを降りたので私も後ろから続く。

「な、なにか買うの?」

「今日が年内最後の半日オフになりそうだから見ていくだけ。バッシュとかテーピングテープとか冷却スプレーとか。」

「年内最後って…年末までまだ二カ月はあるよ?大会でもあるの?」


「年末に東京で大きな大会があるんだ、…タイガも出る。」

タイガ、という名前を口にした瞬間、彼の表情が強張った気がした。

「…氷室くん?」

私が横から少し顔を覗き込めばハッとした表情になり困ったような笑顔を浮かべていた。

「ここになにが売っているか分かれば部活終わった後にでもすぐ買いに来られるからね、今日は見るだけだけど。」

駅ビルに入っているスポーツショップはそのフロア全体に展開されているからかなり大きくラケットやサポーターやらゴルフ用品やらたくさんの品が陳列していて普段スポーツに縁がない私にはすごく新鮮な空間だった。

そこでふと氷室くんを見てみる。
彼は色んなバッシュが陳列された棚で真剣な表情で気になるバッシュを手に取り眺めている様子。

やっぱりバスケに真剣なんだな…

真剣な眼差し、努力する姿。
なにかに本気で打ち込んだことがない私は氷室くんのこういうところを凄く尊敬する。


「…あ、ごめん。バッシュばっかり見ていたら名前はつまらないよな。」

突然横にいる私に詫びを入れながら今まで手にしていたバッシュを棚に戻す。

「ううん、私…こういうスポーツショップに来たことないから見るもの全部が新鮮で面白いよ。
バッシュってこんなにたくさん種類があるんだね。」


同じバッシュでも形が微妙に違っていたり、デザインが限定モデルとか凝ってるのとかもあるし素人の私でも目移りしてしまう。


「そうだね…ポジションによっても選ぶバッシュは違うし、バッシュは消耗品だからね。」

「そんなすぐダメになっちゃうの?」

「大体半年くらいで履き潰しちゃうね」

「半年!?早くない!?」

…え?だってピンきりだけどお値段が平均二万円くらいじゃん。
二万の靴を半年で履き潰しちゃうなんて…

「毎日あれだけ激しく動いているからね、自分に合ったのじゃないとプレーに影響が出るからバッシュ選びは大切なんだ。」

「そっか。」

私がクスッと笑うと氷室くんは首を傾げる。

「なにかおかしなことでもあったのかい?」

「ううん、やっぱり氷室くんはバスケに真剣なんだなって。
私…氷室くんがバスケしてるの一回しか見たことないけど、バスケしてる氷室くん格好良かった。
私、氷室くんの真剣な顔…好きだよ。」

私がそう言うと氷室くんは目を見開いて私のことを見ていた。

「えっ?」

そう声を漏らした彼を思わず見つめ返してしまったが咄嗟に好きと言ってしまったことを思い出し私まで声を上げてしまった。

「えっ…あ!好きってのはバスケしてる氷室くんだよ!?バスケしてる氷室くんめっちゃ真剣だもんね!氷室くんのバスケの試合いつか見てみたいなー…なんて…」

うわー私、日本語おかしい。
これとっても日本語おかしい。
ワタワタとまくし立てていると氷室くんは吹き出してカラカラと笑った。

「名前。」


そう私の名前を呼んだ彼はとても優しく笑っていた。

「ありがとう。」


なにに対しての“ありがとう”か彼は言わなかった。
私に彼の本心は分からない。
でも、なんとなくだけど雰囲気で分かる気がした。


「氷室くん…私もありがとう。」

私がそう伝えた時、穏やかに笑う彼の表情が私の心に強く残るのであった。





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