Tip-off
いつもその人は口うるさくて、途中入部のくせに偉そうでいけ好かないヤツだと思った。

なんでマネージャーなのに二軍で俺の教育やってるのかワケが分からなかったし、特別にこれといった能力も才能もない。

でも…今日の試合で黒子くんが途中交代で出てきた時、名字さんからの伝言を聞いた。

『これからクリアアウトをしますので僕がパスで君にスペースを与えます。そこで君と相手…1on1のスタイルにもっていくような試合に運んでいきます。アイソレーション、つまり1on1スタイルになったら黄瀬くんなら絶対に負けるわけがない、と名字さんが立てた作戦と伝言です。』

自分を犠牲にしてチームのためにやることをこなす黒子くん。
ずっとあんな態度をとっていて、試合中も自分一人じゃ身動きすらとれなかった俺なのに俺を信じてくれた名字さん。

「黄瀬くん、お疲れ様。」

そして今、今まで顔を見たら言い合いにしかならなかった名字さんと帰る方面が一緒だったから駅前で解散後、電車に揺られているのであった。

「あ、ああ…どもッス。」

ヤバいどうしよう。今までの非礼を詫びるべきか、それとも試合中助けてくれたことにお礼を言うべきか。
いくら女の子の扱いに慣れているといえども、これは別問題だ。
こんな展開は初めてだから。

「良かった、やっぱり一対一になったら黄瀬くんなら負けないって思ったもん。」

電車は日曜日ということもあってか空いている。二人並んで七人掛けの椅子に座るも微妙な空間がある。

「…あのさ。」

「なに?」

「なんで俺が勝てるって思ったの?」

俺がそう聞くときょとんとした顔を向けた。

「…負ける気だったの?」

「そうじゃないッスよ!」

ああダメだ、これはこのまま言い合いになるパターンだ。
今は言い争いたい場面ではない。ため息をついて前髪を掻くと肩を揺らして笑っているではないか。

「負けるわけないじゃん、黄瀬くんだもん。」

負けるわけがない、そう断言した彼女の瞳は本当に強かった。
あまりの強さに思わず引き込まれそうになる。

「でも、もう少し黒子くんと連携とれていたらもっと楽に勝てていたかもね。」

「それは…これからっすよ。ってか名字さん、いつも作戦とか考えてるの?」

「考えてないよ。」

「は?」

「覚えているだけ。」覚えているだけ…?それは一体どういうことだ?

「例えばね、」

鞄を漁った彼女は膝に乗ってる鞄の上にバスケコートに見立てたミニサイズの作戦板を置き小さなマグネットを動かし出す。

「これ今日の試合。黄瀬くんがキツいマークをされていた時。
だけど黒子くんが入ってからこうなる。」

スラスラとマグネットを指で動かしていく彼女に俺はただ作戦板を見入ってしまった。
この人、試合を全部覚えている…?
俺だって出ていたのにこんな完璧に、しかも黒子くんを見失わずにだなんて覚えていない。
事実、試合中何度も黒子くんを見失っていた。

「赤司くん…あ、同じ学年の副主将の子ね。赤司くんに一年の終わり頃から毎日試合のDVDを見るように言われていて見た試合を赤司くんの前で作戦板を使ってトレースしているの。今も毎日やってる。」

「え?毎日…?」

「そ、毎日。赤司くん普段は優しいけどバスケのことになると鬼のように厳しいからさ。
たくさん試合を見ていればパターンも攻撃も読めてくる。だから覚えているやつの中からその時に機能しそうなフォーメーションを言っているだけ。」彼女は軽く言うが、どれだけ努力をしたのだろう。

「辛くないんすか?自分は主役になれないのに。」

「辛い?そんなこと思ったことないよ。
あー、赤司くんの前でマグネット弄ってる時は威圧感を感じるから辛いけど。」

でもね、と彼女は言葉を繋げる。

「私、最初はマネージャーをできる気がしなかった。
今までなにか夢中になったことなかったし、前に通っていた学校でも部活やっていなかったし。
でも青峰くんと黒子くんがバスケの練習しているのを見ていいな、って思っていたら青峰くんが『やってみたいと思うならやればいい』って背中を押してくれたんだ。」

「え?青峰っちに言われて始めたんすか?」

「うん、ベンチも仲間だって言ってくれたの。だから私も仲間だって…クサイけど青峰くんらしいよね。」

「俺も青峰っちに憧れてバスケを始めたんすよ。」

俺の言葉に名字さんは笑う。
笑った顔は始めて見た。化粧っ気ないし、いつも周りにいるような女の子とは違うけど、可愛いと素直に思ったのだ。

「青峰っち、って変な呼び方。」

「俺、尊敬する人にはっちを付けるんッス!」

「じゃあ私は尊敬されてないな。」

「いや…」

確かに喧嘩ばかりで、いけ好かないヤツだと何回も思った。
でも今なら言える。

「試合全部完璧に覚えているだなんて名前っちは凄いッスよ!」

またきょとんとした顔になる。
でも柔らかく可愛らしい笑顔を見せてくれたのだ。

「ありがとう、黄瀬くん。」





今までなにも燃えることがなかった俺だったけど、バスケに出会えてなんか燃えそうだ。
今日黒子くん…いや、黒子っちと名前っちと一緒に試合に出られて俺の価値観は大きく変わりそうである。
これからが本当に楽しみになったターニングポイントである。


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