チェンジで
「え?新入部員??」
朝練が終わりボードやボールの籠を片付けていた時、突然赤司くんに声をかけられた。
「そう、二年生だけど今日の午後から入ることになった。
二軍体育館へ案内してやってくれ。」
二軍体育館か…ってことは新入部員になる子は二軍スタート?
なかなか上手い子なのかな。
「…案内するのはいいんだけど、どこの誰を案内すればいいのかな?」
新しく入る子の名前を聞いていなかった私が赤司くんに尋ねると赤司くんはキョトンとした顔をした。
「…てっきり知っていると思った。」
「いや、なんにも言われてないし二年生の新入部員が入るって今日初めて聞いたからね。」
赤司くんって意外と天然入っているのかな。
私はエスパーじゃないんだから赤司くんの心の中まで読めません。
「新入部員の名前は黄瀬涼太だ」
「へ?」
その名前は確かに聞き覚えがあったけど意外過ぎた。
「席も隣なんだろう?」
「いや隣だけど、クラスが違うのになんで赤司くんが知ってるの?」
赤司くんこそエスパーなんじゃない…?
そう思ったけど私は口が裂けても絶対言わないけどね。
まだ命は惜しい。
「だから名字の午後練は二軍のサポートを頼むね、虹村さんには俺から伝えておくから。」
「あ、うん…ありがとう。」
黄瀬くんの隣の席になって数日経ったが彼は本当にモテる。
なんでもモデルをやっていて今度写真集を出すようなことを黄瀬くんを取り巻く女子から聞いた(というか耳に入ってくる)
転入した時は赤司くんと隣の席で赤司くんも顔は綺麗だし女子からモテていたけど…黄瀬くんの美形さは種類が違う。
あれだ、赤司くんは王族で黄瀬くんはアイドル。
うん、まさにこんな感じだ。
ってか私、午後練二軍ってことは黄瀬くんに色々部の決まりや用品の場所とか着替えの場所とか教えなきゃいけない感じだよね。
それは全然いいんだけど、私…黄瀬くんちょっと苦手かもしれない。
なんていうかあの笑顔、裏がありそうで…
でも別に仲良くもないし、話しかけるタイミングないから関わりなんて無いに等しいんだけど、同じ部活ともなれば最低限のコミュニケーションはとらないといけないよね。
そんなことがあった朝練。
そして今。
「いや〜、まさか名字サンがバスケ部のマネージャーとか意外っス。」
「まあ話してなかったしね。」
黄瀬くんに私がバスケ部マネージャーである旨を伝えて放課後一緒に二軍の体育館に向かっている。
「名字サン、すごく大人しそうだし、運動得意そうに見えないからホントに意外ッス。」
そして何故だろう。
言葉の端々に物凄い棘を感じるんだけど。
遠回しに私のこと『お前めっちゃ鈍臭そうなのにバスケ部でマネージャーやってんの?プークスクス』って感じに言っている気がするんだけど。
私の考えすぎかなあ…?
隣にいる彼を見てもその綺麗な顔でこちらを見て微笑んでいるだけだ。
うん、きっと気のせいだ。そう思うことにしよう。
「まず体育館についたら入り口で一礼。自主練している先輩がいるからお疲れ様ですって大きな声で挨拶するの。」
黄瀬くんと二人で入り口に並んでお疲れ様です、と挨拶をして二軍が練習する体育館へと入る。
ここで黄瀬くんに着替えの場所を教えて私は二軍のコーチのところへ行く。
うん、なんとかやっていけるかな?
言葉に棘は確かにあったような気がしたけど、あんなの気のせいで意外と黄瀬くんは言ったことはやってくれる素直な子なのかな?
…ええ、そう思っている時期が私にもございました。
着替え終わって練習着の黄瀬くん、なんでボール持ってんの…?
まだフットワークとかやってないのにボール持ってるとか先輩もかなり驚いている。
というか入ってきたばかりなのになに勝手にボール漁ってちゃっかりコートで練習しようとしちゃってるんだ。
「…黄瀬くん。」
「なんすか?」
「まだボールは持たない、初めはウォーミングアップと体力作りから。
勝手にボール漁らないで。」
私の注意にイラッときたのか笑顔なんだけど若干青筋が入った表情をした。
まあ黄瀬くん、ボールを返してくれたけどね。
でもその後も黄瀬くんにウォーミングアップとフットワークが終わったらスコアボードは走って取りに行くとか、先輩やコーチに言われたことは大きな声で返事をするとかきちんと教えた。
教えたのに舌打ちが聞こえてきそうなんだけど…
でも黄瀬くん…バスケを今日始めたばかりなのに身のこなしは天性のものを感じる。
先輩の動きを見たら一瞬でそれをコピーしてしまう。
身長もあるし手足も長い、体格にも恵まれた彼はとんでもない選手にバケるのかもしれない。
…めちゃくちゃ態度デカいけど。
いや、才能があるのは分かるよ。分かるけど先輩に“出来て当然でしょ”って態度は部活をやる上ではマズいって。
なんかあの態度…自分より才能を持たない人を見下したような態度、はっきり言えば気にくわない。
私は黄瀬くんにかなりイラついていた。
今日の部活を終え黄瀬くんに体育館のモップかけをやるように頼む。
モップが置いてある場所も教え私もマネージャーの仕事に戻ろうとしたその時だった。
床を見た、黄瀬くんが掃除した後の。
…なにこれ、ちゃんとモップかかってないし、モップの埃が落ちてたりするんですけど。
そんなことお構いなしに彼はモップをかけている。
これにはイラッを通り越してブチっときた。
「黄瀬くん…」
私の呼びかけに彼はなんですか?というような涼しい顔だ。
「モップ、全然かかってない。むしろモップについた埃を撒き散らしている。
これじゃあ意味ないからもう一回やり直して。」
もう一回やり直し、私が黄瀬くんにそう言ったら黄瀬くんはまたイラッとしたような顔を私に向ける。
「…あんた、結構偉そうッスよね。」
ボソッと黄瀬くんが言った一言を私は聞き逃さなかった。
「黄瀬くんよりは偉そうじゃないよ。」
私たちの間には険悪な雰囲気が流れる。
体育館のど真ん中でモップを片手に睨みつける美男子とボール籠を片手に引き、在庫表が挟まったバインダーをもう片手に持つマネージャーが睨み合っている。
先輩や同級生、一年もこの険悪な雰囲気にはビックリだ。
私と黄瀬くんが醸し出す雰囲気を遠巻きに見ているではないか。
「大体なんで二年で、しかも途中入部のアンタが言うんスか。」
「主将、副主将に黄瀬くんに色々教えるように言われたからです。
途中入部でも黄瀬くんよりは早くにこの部活に入ったの。
大体黄瀬くんだって途中入部じゃん。」
お互い青筋がピキピキと浮いている。
「センパイ、このマネージャー、チェンジ。」
先輩にそう言う黄瀬くん。
「奇遇だね黄瀬くん…先輩、私もチェンジで!」
私も先輩にそう伝えると先輩たちは頭を抱えた。
二軍の黄瀬と名字は犬猿の仲。
そんなことが赤司くんの耳に届くのはこの後すぐのことだった。
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