仲間なんだから

午後、二試合目が始まる。
午後の試合はマネージャーになって初の記録係を任されたので私もベンチに入ることになった。
ベンチには黒子くんもいる。
バインダーとボールペンを持ち試合前までにスコアシートで埋められるところは埋めようと思いペンを走らせた時だった。

「おーう、連れてきたぞー」

見ている私が怖くなるくらい素敵な笑顔でベンチに登場してきた虹村先輩。
が、虹村先輩だけではない。よく見るとボロ雑巾のようにくたくたな男の子が引きずられているではないか。

「はーい、灰崎。挨拶しろー」

「う、ウィース…」

虹村先輩が頭を掴み挨拶をさせられたら男の子が今日来ていなかった灰崎くんという人なのだろう。
うん、たこ殴りにされたんだろうね。顔が原型留めてないよ。
これはたこ殴りにされてる灰崎くんに驚けばいいのか、それとも後輩に容赦ない鉄拳制裁を下した虹村先輩に驚けばいいのか…
私は言葉を失っているし、赤司くんたち他の一年も引いている。

「二軍の奴がゲーセンで遊んでるコイツ見つけてよ、近かったし会いに行ったら元気そうだったから連れてきた。」

灰崎くん要はサボリだったのか。
ってか虹村先輩、会いに行ったっていうよりシメに行ったと言うほうが正しいのでは…?


「ユニフォーム持ってきました。」

「おう、じゃあ着せとけ。」

灰崎くん、問答無用で身包み剥がされてユニフォームを着せられているし。

「スターティングメンバーは赤司、緑間、紫原、青峰、灰崎だ。行ってこい。」

真田コーチもたこ殴りにされた人をすぐ試合に出させる鬼畜っぷりである。
まあ…サボリはいけないからね、仕方ないか。


「それと、黒子。」

真田コーチは黒子くんを呼ぶ。

「お前は後半から出てもらう。いいな?」

「はい。」

黒子くん、まだ顔が強張っている。
でも…出して貰えるなら良かった。

ホッと溜め息をつくと整列の指示が出る。
そしてコートに試合開始の笛が鳴り響くのであった。


試合内容は本日二試合目ということもあってか皆の動きはよくない。
青峰くんはシュート外すし、みんな集中力も切れていて正確な判断が出来ないからミスに乗っかられたりファウルを取られたりですっかり相手のペースだ。
そんな調子で試合が進み前半が終わって31対33…リードはしているがかなり危ない。

インターバル、みんなかなり汗が凄い。

「負けたらお前ら分かっているんだろうな?」

虹村先輩の一言で思い出すのは…負けたら降格。

「後半は灰崎に代わって黒子に出てもらう、指示は特にない。各自今まで通りプレイしろ。」

真田コーチの言葉に黒子くんは返事をする。
もうインターバルも終わり後半が始まる。

「黒子くん。」


羽織っているジャージを脱ぎユニフォーム姿になった黒子くんに声をかける。


「名字さん?」

きょとん、とした黒子くんの顔に私は思わず少しだけ笑う。

「…思えば私も今日が初陣だった。」

「え?」

「バスケの試合、私はベンチだけどベンチも仲間…だもんね。」

真っ直ぐ黒子くんを見ると少しだけ彼の表情が穏やかになっている気がした。

「ワンテンポ早く。」

「はやく…?」

「一軍はボール捌きも早いしフォーメーションの展開も早い。
ワンテンポ早く…黒子くんが噛み合えば大丈夫。」


私のアドバイスと呼べるのか分からない言葉に黒子くんは頷いてくれた。

「本当に名字さんはよく見えていますね。」

「赤司くんに鍛えられているからね…」

“いってらっしゃい”
そう伝えると彼はコートへ出て行った。
彼を見送り後半が始まる直前、黒子くんが赤司くんに話しかけられているのを見た。
なにを話しているのかは聞こえなかったけど、赤司くんのことだ。きっと私より気の効いた言葉を彼に言ったのだろう。
後半の試合開始の笛が鳴り響き、赤司くんの言葉を受けた彼は私でも注意をして見なければ見失いそうになるくらい薄くなっていた。

視線誘導《ミスディレクション》を使うパスのスペシャリスト。

そんな彼が機能した試合は面白いくらいにボールがスマートに繋がり得点が入る。
味方も敵も彼の活躍には驚きを隠せていなかった。
赤司くん以外で唯一彼の特性を知っている青峰くんはさっきパスを外していたのが嘘のようにゴールを決めている。
もちろん黒子くんのアシストで、だ。
他のみんなも黒子くんのアシストでかなり戦いやすくなっているのか最小限の動きで最大限の働きが出来ている。


黒子くんが機能した試合、それは当然うちの勝利で終わった。


ベンチにいる控えの選手たちと整列を終え汗塗れのみんなを迎える。


「お疲れ様。」

私がそう言えば黒子くんは笑ってくれた。
青峰くんは黒子くんの肩に腕を回し豪快に頭を撫でていた。

「やったじゃねぇーかよ!」

いつか二人が話していた“一緒にコートに立つこと”という夢が叶いそれは眩しいくらいの笑顔でベンチに戻ってきた。


「赤司くんと名字さん…あと青峰くんに助けられました。」

後半の黒子くんの働きは午前中の試合の汚名返上…いや、それ以上の働きをしていた。


「それでも頑張ったのは黒子くんだよ。」

「そうだぜ、テツ見てる方がヒヤヒヤしたけどよ…後半の俺へのパスはサイコーだったぜ!」

青峰くんは両手をグーにして私たちの前に突き出す。
なんのことか分からない私と黒子くんは青峰くんの拳を見つめる。

「なにやってんだよ、勝ったんだから当たり前だろ?
俺ら仲間なんだからよ!!」

“仲間なんだからよ”
そう強く言ってくれた青峰くんの目はキラキラしていて、本当に光のようだった。

黒子くんと目を合わせた私はお互いの顔を見てクスッと笑い黒子くんは青峰くんの右手に、私は左手にそれぞれ拳を合わせた。


「まずは一勝目、だな!これからも勝つぞ!!」


歯を見せてそう笑う青峰くんに私たちもつられて笑った。


「当然!」


これが私たちの初陣の話である。




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