初陣!
ついに来た。
「そんじゃあ名字、出欠取ってくれ。」
「はい!」
虹村先輩に言われて名簿に記載されている名前を読み上げる。そう今日は地区交流戦である。
私が名前を読み上げていくとみんな返事をしてくれる。
今日は一軍だけの試合だから当然二年の先輩が多いワケなんだけど…
「赤司征十郎くん」
「はい」
「青峰大輝くん」
「おうっ」
「緑間真太郎くん」
「はい」
「紫原敦くん」
「は〜〜い」
一年も結構いる。
今年度の全国大会で優勝した時も一年のレギュラーの活躍が凄かったって聞いたけど。
緑間くんという人は手になに持ってんの?えっ…コケシ?
なんでコケシを手に持ってるの?
しかもそのコケシなんか微妙に大きいし…見た目まじめそうなのにコケシのインパクトが強すぎる。
そして紫原くんという人…なんでポテチをバリバリ頬張っているの?あれ部活の一年がやっていていいのかな…でも先輩がなにも言わないからいいってことか。
一軍にいる人は大半が会ったことがなく今日が初めましてである。
なんだかとてもアクが強そうな人たちばっかりで今日一日やっていけるか心配だけど、全く知らない人ばかりというワケでもないから私はなんとかやっていけそうかな。
あ、でも私が一番心配なのは…
「…黒子テツヤくん」
「は、はい…」
私に名前を呼ばれた黒子くんは普段の黒子くんからでは想像出来ないほど顔が強張っていて声も震えていた。
うん、緊張してるんだね。凄く分かるよ…
これで名前を全員呼んだかな、いない人とかいないかなと思いもう一度名簿に目を通すと私は一人名前を呼んでいない人に気がついた。
「灰崎祥吾くん…?灰崎くんいますか?」
チェックがついてなかったその名前を呼ぶとみんなざわつく。
「虹村先輩…灰崎くんいません。」
隣にいた虹村先輩にそう伝えると一瞬にして般若の形相となった虹村先輩。
怖い、これは私が全く悪くなくても怖い。
「あ?灰崎がいないだってぇ…?」
虹村先輩は顔が怖いけど私たちには優しくていい先輩だと思っている。
だけど灰崎くんという人がいないと分かると赤司くんを呼びつけて灰崎くんに連絡を入れろ、と言った物凄い剣幕の虹村先輩…もし初めて見たのがあんな虹村先輩なら私は虹村先輩にトラウマを持つこと間違いないだろう、そのくらい怖い。
試合会場の体育館前でそんなやりとりをした後に試合会場へ移動した。
移動している途中、通りすがる時に他校の人たちから
「おい帝光中だぜ」
「やっぱり貫禄違うな」
とか様々な声を耳に挟んだけど、私から言わせてもらえばポテチ食べながら歩いていたり、コケシ持って仏頂面で歩いているかと思えば、般若の形相の主将が先陣きって歩いているので貫禄の意味をもう一度調べなおしたいと思った。
「テツ、キンチョーするなって!」
…約一名は緊張のあまりガッチガチだしね。
本当に大丈夫かなあ…?
______________
「青峰くん、なにそのダークマター…」
午前中の試合が終わってお昼休み、一年は一年で固まって会場外でお弁当を食べていた。
楽しみのはずのお昼ご飯のはずだが青峰くんだけはこの世の終わりみたいな顔をして弁当箱を開けていた。
「弁当…さつきの。」
これが…桃ちゃんの手料理だ、と!?
可愛らしいお弁当箱からは考えつかない暗黒物質が詰まった中身なんだけど…
桃ちゃんの手料理の酷さに私も思わず絶句していると青峰くんはため息をついて立ち上がった。
「俺、コンビニ行ってくるわ。」
すると緑間くんが「早く戻れよ」とただ一言伝える。
青峰くんがコンビニへ行こうとした時、一人落ち込みながら弁当を食べている人がいた。
青峰くんはそんな落ち込んでいる彼の頭をグシャッと撫でこう一言言うのであった。
「元気出せってテツ!まだもう一試合あんだ。次で挽回すりゃいーさ」
落ち込んでいるのは黒子くん…はっきり言えばさっきの試合は散々だった。
灰崎くんが欠場したために初陣はスターティングメンバーとして入ったのだけど…生まれたての小鹿みたいにプルプルと震えて試合開始一秒で転倒。そして鼻血を出してそのまま交代。
黒子くんの代わりに虹村先輩が出て場はなんとか繋がったが…また黒子くんが虹村先輩と交代して出てきた時、彼唯一の武器にして代名詞ともいえるパスは外しまくる。
とてもじゃないが視線誘導どころの話ではない。
「名字。」
「赤司くん…?」
ちょっと離れたところから赤司くんが手招きをして私を呼んだので弁当箱をたたみ、赤司くんの元へと急いでいく。
「どうしたの?」
赤司くんの隣に腰をかけると彼は溜め息をひとつついた。
「…もしかして、黒子くん?」
今の溜め息で大体を察した私が聞けば彼は頷く。
「初陣とはいえ…あれは散々だ。コーチの失望も大きいだろう。」
「午後…使ってもらえるかな?」
「…分からない、使わない可能性の方が高いかもしれない。」
彼がそう言うとがさごそと鞄の中を漁りバスケの作成板を私の前に広げた。
「黒子くんの動き…再現できるかい?」
赤司くんから磁石まで手渡された私は頭を整理しながらボードの上の磁石を動かす。
「名字は黒子くんを見てどう思った?」
「黒子くん?…そうだね。」
黒子くんが紫原くんへパスを回そうとして大きく軌道がズレた時のフォーメーションに磁石を並べ少し考える。
「黒子くんは視線誘導の関係でボールを長い間持てないからタップパスばっかりだけど…二軍や三軍相手には通用していたもんね。
黒子くんが周りを見てない…ってわけでもなさそう。
この時に青峰くんにも緑間くんにもマークついていたから、実際にパスを出すなら紫原くんが一番いいと私も思うし…」
赤司くんにDVDを借りて色んなバスケの試合を見ていたけど…
黒子くん一人他のメンバーに噛み合っていない感じかな。
「黒子くんが…みんなの速さについていけてない…?」
私がそう呟くと赤司くんは眉を少し動かした。
「それは何故だい?」
「今まで黒子くんは一軍の人たちより三軍の人と長くバスケをしていたから動きが三軍のスピードなんじゃないかな…
一軍の人は三軍の人たちより速い。
そうなればパスが来るのも早ければ黒子くんもパスを早く出さなきゃいけない。
フォーメーションの展開も速いし…上手く言えないけど。」
私の言葉に赤司くんが少し笑ったのが分かった。
「な、なに?」
もしかして私…変なこと言っちゃった?
「いいや、頼もしく思えただけだよ。
ついこの間までトラベリングくらいしかバスケを知らなかった君が作成板使ってここまで言えるようになるなんてね。」
「それは赤司くんが毎回毎回DVD貸してきて次の日に試合をトレースさせるからでしょ。」
「名字なら出来ると思うしね。
実際やってきたじゃないか。」
全く…赤司くんって優しそうに見えてさらりと鬼畜だよね。
横目でじとっと赤司くんを見てやると彼は作成板を片付け立ち上がった。
「名字、君のおかげで気づくことができた。
ありがとう、助かったよ。」
そう笑ってくれた彼に一瞬、本当に一瞬だけど胸が高鳴った気がした。
そんな胸の高鳴りを余所に彼は歩みを進める。
きっとコーチのところにでも行くのだろうか。
なんだったんだろう…
赤司くんの笑顔を見た時、少しドキドキした。
…きっと気のせいだよね。
きっと気のせい、そう自分に言い聞かせた私は自分を落ち着かせるために水筒のお茶を飲み溜め息をひとつつく。
さあ、午後も試合がある。
ここで切り替えないとね。
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