彼女は使える

俺はある日、夢を見た。

普段滅多に夢なんか見ないし、見たところで断片的にしか覚えていないが、その夢だけは鮮明に覚えていた。

どんな夢かと言えばみんな俺の前から消えていき、なにもない真っ暗な空間に一人残される夢。


赤司の人間は完璧ではならない
才能のない人間はいらない


…お前なんか必要ない



なにもない真っ暗な空間のはずなのにそんな声が四方八方から継続的に聞こえてくる。
潰されそうな重圧も相まって耳を塞ぐも、その声が聞こえなくなるわけでもなく寧ろ脳内に響き俺を追撃する。

誰か…誰か助けて。

涙を一粒落としても誰も拭ってはくれない。
誰も…助けてくれない。
そう思った時だった。


“泣かないで”


女子の声が聞こえた。
いつの間にか目の前に顔はよく見えないが同い年くらいの女子が優しそうな笑みを浮かべて立っていて、優しい手で頭を撫でてくれた。
そうすると真っ暗だった空間がだんだん明るさを取り戻していき、一瞬だけ女子の顔が見えそうな時に目を覚ました。




なぜか一番最近見た夢を思い出しながら大勢の生徒で賑わう昼休みの廊下を歩いている。


昼休み、コーチに呼ばれて職員へ行ってみたら近々行われる非公式の交流戦の大会書類を渡された。
最近マネージャーになった同じクラスの名字名前に申込用紙などの書類を書かせるためだ。
まだ公式戦の書類を書かせるわけにはいかないが、少しずつマネージャーがやる大会書類の記入も覚えて貰わなくてはいけない。

急ぎ足で教室に戻ると名字名前はオセロをやっている友人たちを真ん中で見ていた。

「名字さん、ちょっといいかな?」

「赤司くん…どうしたの?」

「部活でコーチから頼まれた書類があるから書いて欲しいんだ。」

「うん、いいよ。」

赤司くんに呼ばれたからちょっと抜けるね、とオセロをやっている友人たちに断りをいれた時だった。
オセロをやっていた片方の女子が机の上にあったペットボトルを取ろうとしたが手が滑り、オセロの盤面に勢いよく落としてしまった。
当然、盤面に並べられていた白と黒の石はグチャグチャで、とてもじゃないが勝負どころの話ではない。

「あーごめん!」

ペットボトルを落とした女子は声を荒げ必死で謝る。

「せっかくいいところだったのに…元通りにできる?」

「え…覚えてないよ…」

今まで対戦していた二人が散らばった石を集めていると、盤面をただ眺めていただけの名字名前はなにかを考えるような仕草を見せ

「ちょっと石貸して。」

と二人が集めた石を受け取り盤面に並べ始めたのである。
今まで対戦していた二人は最初こそはなにを始めるんだ、と言いたげな顔をしていたが次第に驚きへと変わっていった。

どこで石を黒から白へ裏返すのか、手の順通りにペットボトルが盤面を乱すまでと同じように並べきってみせたからである。

「はい、できた!」

そう笑う名字名前に二人も笑顔になった。

「ありがとう、名前ちゃん!」

「名前ちゃんすごいのね…オセロもめちゃめちゃ強かったし。」

二人からそんな言葉を次々と投げられ照れくさくなったのかちょっと頬を赤らめながら俺のところにやってきた。

「あ…ごめんね、なんか時間取っちゃって。」

「いや、大丈夫だよ。席に戻って話そうか。」

隣同士の俺たちは自席につく。
そこでコーチから貰った書類を説明しながらやって実際に記入してもらう箇所も説明する。


「この地区でやる非公式の交流戦か…」

「そう、スターティングメンバー表は試合前に書いて出して貰うから今は書かなくて大丈夫だ。
今回、参加する部員の名前はこのプリントに書いてある。」


そう言ってプリントを渡すと彼女は目を通す。
するとみるみる表情が柔らかくなっていき

「青峰くん、黒子くん…」

と呟いたのである。

「青峰と黒子くんを知っているのかい?」

俺が聞くと頷いた。

「マネージャーになる前、二人に体育館で会って…黒子くんは三軍にいたし、部活終わったら青峰くんと黒子とよく一緒に帰っているから。」

そう言えば青峰は黒子と居残り練習をしていた。
彼女はその時に会ったであろうか。


「今回は一年生がメインで出るからね。
黒子くんにも出て貰うよ。」


「そうなんだ…三軍と二軍との試合の時も凄かったもんね。
黒子くんがパスの中継役になって…二軍の人、完璧に黒子くんを見失っていたしね。」


名字名前のこの言葉に俺は引っかかりを感じた。


「名字さんも見ていたのかい?」

「うん、そう言えば赤司くんなんだよね…黒子くんに新しいバスケのスタイルを見つけろって言ったの。
私、バスケのことはまだまだ勉強中だから詳しくは分からないけど…三軍だけじゃ二軍には勝てないけど、二軍の人が黒子くんを見失って事実上フリーになってるから点を穫れる最短ルートでパスが通っていったもんね。」

黒子くんが直接得点入れてるわけじゃないけど、そう付け足された彼女の言葉に俺は確信した。

名字名前には黒子が見えている。
つまり…彼女に黒子の視線誘導は効いていない。
黒子が見えている、先程見た盤面が乱されたオセロを完璧に直せるだけの記憶力。
もしかしたら…

俺は鞄を漁り折りたたみ式のバスケの作戦板を名字の前に出した。

「赤司くん、これなに?」

「持ち運び用のバスケの作戦板だよ。
名字さん、覚えているだけでいいんだ。この五つの緑の磁石が二軍、四つの青の磁石が三軍、一つだけある赤の磁石が黒子くんだとして二軍と三軍の試合で黒子くんがどんなパスを出して得点に繋がったのか再現してくれないか?」


俺がそう言うと彼女はまた少し考えるような仕草をしてコートに見立てた白いボードの上に磁石を並べ始めた。

「あんまり黒子くんはボール持ってないもんね…ここで二軍の人が見失って、黒子くんがフリーになって、三軍四番の子にボールを回してシュート。」

そう言って磁石をスラスラと並べていく彼女に俺は驚いた。
俺が頼んだのは黒子のパスで得点に繋がった場面を再現すること、なのに彼女は黒子のパスが得点に繋がったところだけじゃない。その後の二軍、三軍の動きを完璧にトレース出来ていたのだ。
しかも黒子を見失わずに、だ。

彼女は鳥の目とも称される俯瞰的視野、試合をトレースできる記憶力の二つを持っているのかもしれない。
これらの能力を持っているのであれば彼女がバスケ選手であった場合それはとんでもない武器になっていたことだろう。


しかし彼女はマネージャーだ。

だけど広い視野、試合をトレースする能力を存分に使い数多の試合を見せ攻撃パターンを読めるようになったら?
それが出来た上で桃井のスカウティング能力を使い作戦を立てたら?

「名字さん。」

面白い。

「今日の部活が始まる前、渡したいものがあるから一軍の体育館に来てくれ。」

名字名前、彼女は使える。






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