以心伝心


「異世界の遺構?」
「そうなるな」

そう言って頷いたのはクラトスさんで、その手にはパニールさんお手製の紅茶。
わたしの前には生クリームたっぷりのシフォンケーキが置いてある。
軽い脳震盪を起こしたらしいわたしは未だ医務室に居て、あの時何が起きたのかをクラトスさんに聞いていた。
異世界の遺構───『ニアタ・モナド』の出現。今、ディーヴァくんとカノンノさん、リフィル先生で構造(なか)を確かめに行ってるそうな。
うむうむ、成る程。
でも、ニアタ・モナド、ね………。
あの不思議な物質を見たときに浮かんできた言葉と同じだけど、何か意味でもあるのかな?
まあ、良いけど………。

「驚かないのか」
「へ?」
「『異世界の』と言われても、驚かないのか」
「驚くもなにも、」

わたしが、異世界の者なわけでして。
と、言うよりも、わたしからしたらグラニデ(ここ)が異世界なわけだから、何て言うか、特別驚くこともない。
驚いてたら、この世界じゃあやっていけなくなっちゃうし。
それに、カイルくん達だって異世界からやって来てるのだ。今更驚くようなことでもない。

「そう、だったな」
「クラトスさん?」
「いや、良く馴染んでいるからな、すっかり抜け落ちていたが、そうだな。そう、だったな」

何かを噛み締めるように呟くクラトスさんに首を傾げる。
そう言えば、わたしがこの世界の人間じゃないのを伝えてあったのって、キールさんとカイルくん達だけだったんだよね。
セルシウスさんがわたしを『グル』だって言わなければ、わたしが異世界の者であることをみんなが知ることはなかった。
クラトスさんが違和感を感じない。それぐらい、この世界に馴染めていたのなら、そればそれで嬉しいことではあるけれど。
でも、なぁ。

「クラトスさん」
「なんだ?」
「なんかクラトスさん、隠してませんか?」

ぴく、とクラトスさんの指が動いた、あ、なんか気付きたくなかったかも。
気にならなければ、よかったかもしれない。
なんか、ええと、クラトスさん、隠し事
していたかったのかな?
うわぁん、不用意なこと言ったかもしれない………!

「ああああ、あのですね、」
「そう見えるか」
「え?」
「何か隠している、そう、見えるのか」

何か確信しているかのように呟くクラトスさんを見て、わたしも何だか確信してしまった。
まだ、隠し事があるのか、と。
勿論、あるのは構わないし、あって当然だと思う。
あって当然だと思うのに、どうしてだろう、なんか、寂しい。
でも、そんなこと、クラトスさんには言えないよね。

「依都、」
「はい?」
「…………いや、」

良い、と言葉を切ったクラトスさんに首を傾げると、鋭い声が隣のベッドから飛んできた。




   □■□




だぁぁぁあああ、もうっ!
こっちは船酔いで気持ち悪いっつーのに、隣のベッドで無駄に噛み合ってんだか噛み合ってないんだかよくわかんない甘ったるい会話なんかしてんじゃないわよー!!

「アニーミさん?」

なぁにが『アニーミさん?』よ。
アンタの声から性格から何から何まで甘いのは知ってるけど、クラトスまでなんか甘ったるい声なんか出してんのよ。なんなの、アンタ達偽親子───偽夫婦だったんじゃないの?
なんで本当に夫婦みたいな空気醸し出してんのよ、こっちが居たたまれないじゃない。
っつーか、なんなの。クラトスなんなの。そんなに依都の問いに答えたくないなら中途半端な態度とってんじゃないわよってか依都も依都よ。そんな曖昧な答え貰って納得してんじゃないわよ、もっとしっかり深く話を聞きなさいよ、聞いてるこっちが気になるじゃない。
その辺もっとしっかりしなさいよ、依都!
いつまでもクラトスに流されてるんじゃないっ!!
……………………………………………って言ってやりたいのに。
口を開けば胃の中身をぶちまけてしまいそうで、慌てて口許を押さえる。
すると依都がひらりと身軽にベッドから降りてあたしの背をさすった。
こら、さするんじゃない。中身出ちゃうじゃない。出たら困るのよっ。
って言うか、気持ち悪いって唸ってる人間の視界に生クリームたっぷりのシフォンケーキなんてなんなの、いじめ?! しかもしっかりちゃっかり完食してるし!

「大丈夫ですか? お水、貰ってきましょうか?」

依都の問いに答えたのはあたしと同じように船酔いでダウンしていたリオンだった。
依都が立ち上がろうとした瞬間、その肩をぽん、とクラトスが叩き、そのまま医務室から出ていった。
え、は、なに?

「クラトスさんが取りに行ってくれるみたいですね」

ほわわ、とちょっと幸せそうに笑った依都にちょっと沸き立つ苛立ち。
そんな以心伝心ができちゃうなら、もう、さっさとくっ付くなりなんなりしなさい、この偽夫婦っ!!
なんて言うあたしの叫びは依都には届かなかった。



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