不安なのは同じ


依都の隣に座って彼女の話を聞く。
アッシュやカイルとクエストに出掛けたと聞いたときは少しだけあの二人が憎かったし、何かとクラトスを頼るその姿にも、嫉妬を抱いていた。
俺が彼女へ向ける好意がなんなのか、わからない年じゃない。
だから、一人膝を抱えた依都を見たとき、確かにチャンスだと思ったんだ。
触れるか触れないかの近い距離に座って、彼女の話を聞いて、また不安になったら、俺を頼るように伝えて。
まさかこのバンエルティア号があんなにも揺れるなんて思っていなかったから、油断していたのも事実。
床に叩き付けられるように転げた依都の上に覆い被さるように体勢を崩してしまったのは誤算だったけれど、それは嬉しい誤算だった。
嬉しい誤算だった、のに。
身体を打ち付けたと同時に頭も打ったのだろう、脳震盪でも起こしたのか、気を失った依都の身体を掬い上げるのは、俺の腕じゃない。
鳶色の髪に鳶色の瞳。依都とディーヴァには甘いその男。
まるで、端で見ていたかのようにナイスなタイミングで現れた───クラトス。
未だ女性に触れられないから、有り難いと言えば有り難いけれど、横からかっ浚われるのは宜しくないし、頂けない。
ずるい、ずるい。
過去のトラウマで触れられない俺のすぐ傍で、さも当たり前のように依都に触れている。
これを憎いと言わずに、何を憎いと言うべきか。

「盗み聞きでもしてたのかい、旦那?」
「………」
「黙りか………」

クラトスが黙りを決め込むのはよくあることだ。
依都を腕に抱いてゆっくりと息を吐くクラトスに、思わず眉を寄せた。
依都を抱き込むその腕は、妙に優しそうだ。あぁ、もう、気に入らない。

「なぁ、旦那」
「なんだ?」
「俺は、彼女が好きだ」
「………何故それを私に? 依都に言えば良いだろう? 」

クラトスの発言は尤もだ。尤もだからこそ、俺は言わなきゃいけない。
当たり前のように依都に触れて、触れられる、そんな存在であるクラトスの旦那が、俺はやっぱり気に入らないのだ。

「アンタだから、言うんだよ」
「そうか」
「そう」

依都を抱き上げ、そのまま立ち上がったクラトスは、俺を軽く一瞥する。
そうして、ゆっくりと歩き出した。
まさに依都を気遣うその歩みに、俺はぎゅ、と手を握りしめた。
───駄目だ、このままじゃ。

「アンタは」
「なんだ?」
「アンタは一体、何を知ってるんだ。本当は、依都を一番安心させられる言葉を持ってるんじゃないのか? それとも彼女を苦しませたいのか? 今さら『グル』だなんだなんて、彼女がそんなものを背負う必要はないだろう?!」
「ガイ」
「アンタにしか、あの子の不安を取り除けないんじゃ、ないのか?」

声が震える。
クラトスは、ため息を一つだけ吐いて、それから緩く首を横に振った。

「私では、不安にさせる一方だろう」
「は………?」
「『結果』を知っている私では、不安にさせるだけだ。故に、答えられない──応えられない」
「クラトス?」

何が言いたいのか、わからない。
…………つまりなんだ、話しても、話さなくても、結局彼女を不安にさせるだけだって言うのが?
それは、それは───………。

「もう良いだろう? 依都を医務室に連れていく」
「あぁ、」

俺の脇を通って展望室を出ていくその背を見て、クラトスはクラトスなりに苦しんでいるように見えた。




   □■□




ずきずきと痛む身体に悲鳴を上げなら目を覚ませば、そこにいたのはクラトスさんで。
ガイさんと一緒に居たのになんでかな、と思ったのは一瞬だった。

「どうか、したんですか?」
「依都?」
「なんかクラトスさん、苦しそう」
「大丈夫だ」
「………本当に?」

説明出来ないモヤモヤ感が身体に走る。
でも。

「クラトスさんが、そう言うなら信じますけど、」
「けど、なんだ?」
「わたしで良かったら、何か話して下さいね」
「………すまない」
「クラトスさん?」
「いや、───ありがとう、」

なんてクラトスさんが溢した言葉に目を見開いたのは当然の反応で。
でもそれがなんだか嬉しくて、わたしはわらってしまったのだった。




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