憎い、憎い、憎い。
そんな雄叫びが聞こえる。
きょろきょろと辺りを見渡すと、オッドアイの少年を見つけた。
少年は宙に体操座りをするように身体を丸めている。
そこに向けて、足を動かした。あの時とは少し違う。
わたし、彼に触れられる可能性がある!
期待を込めて足を早めて、だけどその足を止めてしまった。
だって、触るな、と言わんばかりの彼の拒絶が目に見えるから。
それでも、それでも───………。
やっぱり触れられるなら、触れてあげたい。
そう思って、彼に再び足を向ける。
床もなにもないところだけど、確かにわたしは床を蹴って歩いていた。
「少年」
名を知らない。
だから敢えて、そう呼んだ。
ゆるゆると少年が顔を上げる。
悲しみと苦しみに染まった両の瞳が、揺れた。
「グル、グル、グル!」
わたしに与えられた呼称を叫んだ彼は、手の形をしていない手を振る。
それはぶぉんっ、と空気を切るだけで、わたしにはなんの傷も付けなかった。
「どうしてアイツの傍にしか居ないんだ! 俺だって人間の『負』から生まれたのにっ。アイツだって人間の『希望』から生まれたのにっ。世界樹から生まれたことだって同じじゃないか!」
叫び声に合わせて、風が生まれる。
「どうして俺は───!」
その先に言葉はない。
だけど、わかる気がする。
『どうして俺は、独りぼっちなんだ』。
………どうしてわたしは、こんなに彼が気になるのかな。
わからないけれども、彼は確かにわたしを『グル』と呼んだ。
それに、世界樹から生まれたとも。
それなら、彼は、ディーヴァくんの兄弟?
「………君の、お名前は?」
「………………………俺は、俺は」
「げーてくん」
名を呟いてから目を瞬かせる。
するとカトレットさんがどうしたの? と聞いてきた。
そうしてわたしは、お汁粉が入ったお椀を両手で抱えたまま、椅子に座っていた。
………あれ? あれ? あれ?
ふるふると首を横に振る。
なんだったんだろう、さっきの。白昼夢?
は、白昼夢にしてはちょっとリアル過ぎるんだけれど、あぁもう、何だったんだろう。
ゲーテくん、ゲーテくん、ねぇ。
誰だったんだろう。
「依都………?」
「あ、ううん。なんでもないです」
少しだけ冷えてしまったお汁粉を飲んで、一息着くと、カトレットさんにぐりぐりと頭を撫でられた。
「本当にどうしちゃったのよ、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「疑わしいねぇ、もう」
う、疑わしいって言われても、こんなことなんか言い表せないし。
よくわからないものを告げるのもなんだし、もうちょっと自分の中で昇華出来てから話した方が良いかなぁ、と思う。
それにしても、『ゲーテくん』って、誰だったのかな。
あの時に感じたのは、ディーヴァくんの兄弟なんじゃないかって、やつだ。
でもな、『ディセンダー』に兄弟なんか居るのかなぁ。
………そう言うのたぉて、誰に聞けば良いんだろう。
セルシウスさんかな、それとも、やっぱりクラトスさん?
はたまたディーヴァくん本人に聞いても良いのかな。良いものなのかな。
「良いわけない、よねぇ………」
あぁもう、悩んでも仕方ないっ!
冷めてしまったお汁粉を味わって食べて、それから椅子から立ち上がる。
息が詰まったら、身体を動かすのが一番かな。
うん、そうだ、チャット船長のところに行かなくっちゃ。
なにかわたしでも出来るクエストでももらってこよう。
疲れた時には甘いもの。悩み込んだら身体を動かそう。
そう決めてからは行動が早かった。
食堂から出て、チャット船長の元へと走る。
くるりと目を丸くしたチャット船長は、わたしの登場に驚いたみたい。
「依都さん、どうしたんです?」
「あ、うん、えぇと」
わたしでも出来るクエスト、ありますか?
と、聞くと、チャット船長は、大きな目をさらに大きくして、ぽかん、と口を開けた。
え、えぇ?
「チャット船長? わたしがクエストに出るの、おかしいですか?」
「え、いえ、珍しいなって思いまして。………お一人で?」
「あ、う───」
「俺が一緒だ」
「!」
後ろから声を掛けてきたのはアッシュ君だった。
不機嫌そうに眉を寄せたアッシュ君は、そのままわたしの横を通り、チャット船長の手元を覗き込んだ。
「依都、行くぞ」
「え、あ、はい。………じゃあ、行ってきますね、チャット船長」
「あ、お気をつけて」
チャット船長の言葉をもらってから、先を進むアッシュ君の背を追った。