それでもわたしは『わたし』


「クラトスさんは、」

知っていたなら、どうして何も言わなかったんですか?
小さく呟いた言葉を、クラトスさんは拾い上げてはくれなかった。
精霊なるものから告げられた言葉だって信じられない、と言うか実感が湧かないのに、クラトスさんに言われたからって、どうという反応は出来ないわけだし。
だったら、クラトスさんが黙ってたことは悪いことではない。
………それについては、わたしがどうこう言える立場じゃない、か。

「『グル』って、なんですか?」
「『ディセンダー』と同じ立場に立って、世界を見るものだ」
「………?」
「新しい世界を、同じ歩幅で歩いていく。『ディセンダー』にとって、同じ視線で世界を見る唯一の理解者とも言える」
「え、と?」

どういうこと?
思わず首を傾げると、クラトスさんが静かにため息を吐いた。

「………要は、世界を覚えていない『ディセンダー』と、世界を知らない『グル』は、ある意味では同じ立場になる」
「はい」
「当たり前のようにグラニデの状況を知っている者達との隔たりを、知らぬ者を二人にすることで緩和する」
「あぁ、そう言えば」

文字が読めないとか、そう言うのなら、ディーヴァくんと共有してきた。
その度に皆に「仕方がないな、この親子は」みたいな顔をされていた。
それを指してるのかな?
うんと、まぁ、それだったら、わかるけど、えぇと。

「それだけ、ですか?」
「いや」
「他にも何かが?」
「『ディセンダー』の導き手───親代わりになる。故に世界樹と近くなる」
「『近くなる』?」
「感覚等を共有する、と言うべきか? 根が切られた時、足を切られた感覚があっただろう?」

言われて、あの時の痛みを思い出す。
思わず顔をしかめると、クラトスさんに軽く肩を叩かれ意識を戻した。

「あれが、世界樹との共有………?」
「あぁ」

わたしが怪我したわけではないから、確かにあれは世界樹の怪我だ。
それが共有、かぁ………。

「その前に体調不良で倒れた時があっただろう。あの時、お前の手元に枝が来ただろう」
「………あった、じゃなくって、来た、なんですか?」
「お前のマナ不足を心配した世界樹が、その枝を手折ってお前の元へと送ったのだ」

そう言われてみたら、確かに枝から何か出てきて弾けたけれどもっ!
まさかこんな話を聞けるなんて思ってなかった。
でも、えぇと、

「あの、よくわからない呼称をもらっても、わたしは今まで通りで良いんですよね?」

本当は、ここが一番聞きたかった。
ディーヴァくんは御伽噺に載るような存在だってわかったけれど、わたしはどうなんだろう。
いや、ドウとかコウとかアアとか言われてもわたしには何にも出来ないんだけど!

「ク、クラトスさん、わたし、今まで通りで良いんですよね、ね?!」

思わずしがみつくようにクラトスさんの胸元に近寄る。
するとクラトスさんはわたしの両肩に触れてから身体を離した。

「案ずるな、問題ない」
「で、ですよね。良かったー」

思わず安堵のため息を吐く。
そっか、良かった。
ディーヴァくんはこれから呼称に振り回されることがあるかもしれないけれど、わたしはそういうのは無さそうだ。
………自分本意でごめんね、ディーヴァくん。
すっとクラトスさんの手が離れると、当然の様に温もりが離れていった。
う、ちょっと寒い。
雪混じりの風に身体を震わせると、クラトスさんが戻るぞ、と一声掛けてくれた。
聞きたいことも聞けたし、これ以上外に居たら風邪引いちゃうしね。
船内に戻る前、足を止めて振り返る。視線の先にあるのは、この世界を支える世界樹だ。

「依都?」
「あ、いえ、なんでもないです」

首を横に振ってからクラトスさんの後を追った。




   □■□




「お母さん、見て、お汁粉ー」
「あっ、良いですね。暖かそう」
「うん。お母さんとお父さんも食堂行けば貰えるよ」
「そうか」

ホールに行けば、ディーヴァくんとカノンノさんの二人がもぐもぐとお汁粉を食べていた。
わたしは暖まりたいから、クラトスさんはどうするかな。
一度クラトスさんを見上げると、クラトスさんはかすかに首を横に振った。
クラトスさん行かないなら、一人で行こうかな。

「じゃ、わたしは食堂に行きますね」
「うんっ」

行ってらっしゃい、と笑ったディーヴァくんに手を振る。
そうだよね。
たまたま呼称を背負わされただけで、わたしはわたしだもんね。
気にしないで、また日々ちゃんとやっていこう。
………うん、わたしは大丈夫。
きゅ、と握り拳を作ると、廊下に居たアニスちゃんにどうしたの、と聞かれてしまった。




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