そっとヴェイグさんの肩から手を離した。
治療はこんなもんで大丈夫かな。
もっと完璧にするなら、船に戻ってからリフィル先生達に頼むのが良いと思う。
ふ、と顔を上げると、精霊と戦うディーヴァくんが見えた。
───無茶しないで。
伝えたい言葉で、たぶん、伝えちゃいけない言葉なんだろう。
セルシウスさんが動くと吹雪が強くなる。
雪から氷の飛礫に変わって、びしびしと顔と身体に当たる。
冷たさと痛さに顔をしかめると、ヴェイグさんがわたしの肩を引いて、その身を盾にした。
「ヴェイグさん!」
「俺は大丈夫だ。………お前が、治してくれただろう?」
「………でも、」
でも、これだって完全じゃないのに。
わたしを抱え込んだヴェイグさんはそっとため息を吐いてからわたしを抱え直した。
「今の俺に出来るのは、ここだけだ」
「ヴェイグさん………」
ぎゅ、とヴェイグさんに護られているその時、優しい光がこの場に満ちた。
□■□
頬を撫でる風が優しくなった。
どうしたんだろう、と後ろに振り返ると、ディーヴァくんの手がセルシウスさんに伸びていて、暖かい光を放っている。
………あれ、は。
「世界樹の、」
「『世界樹』? どうかしたのか?」
ヴェイグさんに聞き返されたけれど、何も言えずに、わたしはディーヴァくんをじぃ、と見つめていた。
あれ、知ってる。知ってるよ。
あの時───わたしが倒れた時の、傍にあった枝の光に似てる。
うん、あれ、『知ってる』。
「お母さん、大丈夫?!」
「ディーヴァくんっ」
「良かった、無事で。ヴェイグは?」
「………あぁ、俺は大丈夫だ」
パッパッと氷をはたいたヴェイグさんは、セルシウスさんから離れてこっちに来たディーヴァくんの手を借りて立ち上がった。
ヴェイグさんが立ったのを見守ってから、ディーヴァくんはするりとヴェイグさんから離れて、わたしに手を伸ばす。
「はい、お母さん」
「ありがとうございます、ディーヴァくん」
「大丈夫? 怪我ない?」
「あ、はい。ないですよ、」
だってヴェイグさんが護ってくれたから。
思わずヴェイグさんを見上げると、ヴェイグさんはこく、と頷き返してくれた。
さく、と雪を踏みしめる音が聞こえて、ディーヴァくんと一緒になってそちらに視線を送ると、正気を取り戻したらしいセルシウスさんがこちらを見つめている。
ぱちくり、と目を瞬かせ、ディーヴァくんと視線を合わせてから、またセルシウスさんを見詰めた。
「良く降臨(き)てくれたな、グル」
「ふぇ?」
「そして、アニー。良くディセンダーを連れてきてくれたな」
「へ?」
「いえいえ」
………。
………………?
んんっ?!
「この方が、ディセンダー?!」
「ディーヴァくんが、ディセンダー?!」
わたしとバースさんの声が重なる。
ディーヴァくんが、ディセンダー………?
カノンノさんの憧れの、あれ………?
と、言うよりも。
「………………『グル』?」
セルシウスさんがわたしの目を見て発言したそれを繰り返すと、セルシウスさんがわたしを見て薄く笑った。
「あぁ。世界樹より生まれた『光纏いし者(ディセンダー)』のために異世界から喚ばれた『導き手(グル)』───それがお前の存在だ」
どくん、と心臓が高鳴る。
そうだ、あの時。
あの時の『ディーヴァくん』が、わたしをそう呼んだ。
じゃあ、わたしは、ディーヴァくんのために、グラニデ(ここ)に居る───………?
「………そっかぁ」
「ディーヴァ? どうしたの?」
「だから、『お母さん』なんだね。俺の………ディーヴァの、お母さん」
にぃっこり、と甘く優しく笑ったディーヴァくんに、何も返せずぼんやりと頷いた。