少年の主張


「お母さん、お父さん、リオン、俺、決めた!」
「ディーヴァくん?」
「俺、紳士になる!」

それって宣言してなれるものだったっけ?
ファラさんお手製のふわふわケーキをマグナスさんと一緒にもぐもぐしている時にディーヴァくんに言われ、フォークをくわえたままぱちりと目を瞬いた。
それから隣で分厚い本を読むクラトスさんを見上げると、クラトスさんが本から視線を外してこちらを見返してくる。

「もう、聞いてるのっ。お母さん、お父さん! それにリオンも!」
「うるさいぞ、ディーヴァ」
「ひどいっ。俺、うるさくないもん。とにかく、紳士になるんだから」
「………えぇと、ディーヴァくん」
「なあに、お母さん」

クラトスさんがわたしから視線を外してディーヴァくんを見たのでわたしも倣ってディーヴァくんを見る。
それから意を決したように口からフォークを抜いてディーヴァくんの名前を呼んだ。
するとディーヴァくんがマグナスさんの隣にちょこん、と座ってからきらきらと目を輝かせてこちらを見てくる。
………うぐ、言いにくい。
───でも、

「紳士は宣言して成れるものではないと思われます」
「え」

があん、とショックを受けたディーヴァくんが固まった。




   □■□




「だいたい、何があって急に『紳士』なんだ、ディーヴァ」

ぷす、とふわふわケーキにフォークをさしたマグナスさんがディーヴァくんに問いた。
するとディーヴァくんははっと顔を上げてからマグナスさんをじっと見る。

「ウッドロウ、格好良いじゃん」
「………そうか」
「ケ、ケルヴィンさん、ですか?」
「依都。わざわざ呼びにくいファミリーネームを選ぶな」
「は、はあい」

クラトスさんにぷすりと釘を刺されたので素直に返事をして、ディーヴァくんを見た。
ウッドロウさんかぁ。
………うん、確かに紳士で素敵な人だったなぁ。

「お母さん、ぽややんってしないの!」
「えぇ!」
「それでお父さん!」
「………なんだ」
「『紳士』になるためにはどれだけグレードが要るの?」
「「「………………………」」」

思わずわたしもクラトスさんもマグナスさんも頭を抱えた。
しっ、紳士は職業じゃない………!
そう言って、今のディーヴァくんは納得するのだろうか?
む、難しいなぁ、その質問。
まずマグナスさんを見る。………あっ、視線反らされたっ。
そろり、そろり、ゆっくりとクラトスさんを見る。
反らそうとしたのか一瞬、クラトスさんの瞳が揺れる。
だけど最終的には視線がしっかりと絡み合った。

(ど、どうしよう、クラトスさん………)

そんな念を込めてクラトスさんを見る。
それが伝わったのか、分厚い本をぱたりと閉じてディーヴァ、とクラトスさんがその低い声でディーヴァくんの名を呼んだ。

「なあに、お父さん」
「紳士は職業ではない」
「………!」
「『紳士』はその人物の振る舞いや心遣いを指すものだ。つまり長年の経験などがものを言う。一朝一夕で成れるものではない」
「うぐ、」
「それに、紳士に成りたいなどと口にする時点でお前ではなれん」

ざくざくっと何かがディーヴァくんに突き刺さった気がする。
我関せずでプリンに手を伸ばしたマグナスさんがちらりと目線だけをディーヴァくんに寄越して、それからプリンに落とした。
あああ、無視を決め込んだ………!!

「ク、クラトスさん、それはちょっと………」
「いや、ハッキリと言わないとディーヴァは納得しないだろう」

しゅん、とさらに肩を落としたディーヴァくんを見ると、罪悪感が募る。
クラトスさんが言うことも尤もなんだけれども、なんて言うか、その、ちょっとディーヴァくんが不憫と言うか。
………あぁ!

「ディーヴァくん、グレードでどうこうなるものではないですけど、だからこそウッドロウさんに弟子入りしてみたら如何です?」
「………………弟子入り?」
「はい。紳士の心得など習ってみたらちょっと紳士に近付けるかもしれないですよ」

あくまでも『かも』であるけれど、何もしないでしょげているよりはマシな筈。
そう思って提案したら、ディーヴァくんが目をきらきら輝かせて、がたんと椅子を転がして立ち上がった。

「さっすが、お母さん!」
「そ、そうですか?」
「俺、さっそく、ウッドロウのとこ行ってくるねっ」

椅子を直さずに食堂から出て行ったディーヴァくんを見送ってから、立ち上がってそれを直す。
もう、ディーヴァくんったら、椅子も直さないなんて、慌てん坊だなぁ。

「依都さん、足はもう大丈夫なんですか?」
「短い距離ならなんとか。跳ねれますよ!」
「もう、無理は駄目ですよ、依都さん」
「はあい」

可愛い姿で『めっ』とされたので、しゅんと肩を落とす。
でも、パニールさんが言ってること、間違いじゃないんだよね。
無理してまた歩く練習をするのはイヤだ。

「じゃあ、もう少し休みますね」
「えぇ、それがいいわ」

にっこり笑ったパニールさんは、わたしの手に何かを乗せた。

「さぁ、甘いものでも食べて休んで下さいな」
「………………あ、アマイモノハモウイイデス」

アイスとポッキーまでちゃんと盛られたパフェを、そのままマグナスさんに流した。



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