気が付けば


「完全ふっかーつ!」
「こら、まだはしゃいじゃ駄目よ」
「はぁい」

熱がやっと平熱まで落ち着いたので、この度、医務室を卒業することになった。
えへへ、嬉しいな。
リフィル先生にぽんぽんと頭を叩かれ、にまりと笑ってから渡されたカーディガンに袖を通した。
また熱を出したら面倒だから、と言う理由から着るんだけれども、確かにカーディガンがあった方がわたし自身なんだか安心する。
ふ、と短く息を切ってから、ベッドから降りた。

「───ッ!!」

床に足を着けた途端、その場に座り込んだ。
小さな悲鳴を漏らして座り込んだわたしを、リフィル先生が慌てて振り返り、手を伸ばしてくる。
その手に手を重ねながら、きゅ、と口を閉じた。

「依都?」
「リフィル先生………」
「どうしたの? まだ、どこか痛むのかしら」
「違、あの、」

足に力が入りません、と呟けば、リフィル先生はゆっくりと目を見開いた。
それから足首に手を伸ばして、ぽわっと優しい光を灯して治癒術を掛けてくれる。
すぅっと痛みは引いたけれど、なんか違和感。
んぅ?

「どう?」
「んー………」

手を床について立ち上がろうとして、やっぱり足に力が入らないので、赤ん坊みたいにベッドにしがみついて無理矢理立ち上がった。
かくかくと膝が震えるので、再びベッドに座る。

「依都、駄目そうなの?」
「ちょっとだけ。でもたぶん、大丈夫です。………たぶん」
「1回多いわよ、依都」

リフィル先生がそっと膝を付いてわたしの足に手を伸ばした。
また治癒術を掛けてくれたんだ、と思うと胸の奥も暖かくなる。

「ありがとうございます、リフィル先生」
「良いのよ、これぐらい」
「………わりぃ、ちょっといいか?」

リフィル先生にお礼を言っていると医務室に入ってきたのはユーリさんで、鉄の臭いを纏わせていた。
思わず口に手を添える。そんなわたしを見て、器用に片眉を上げたユーリさんは、ん? と首を傾げるのだった。




   □■□




「ほら、右から、」
「あ、あぅ、」
「いち、に………、おい、依都、足動かせ」
「だっ、だって、」

両手をしっかりと繋がれて、甲板で歩行練習。
繋いでいる相手はユーリさんで、当然、声を掛けてくるのもユーリさんだ。
ユーリさんのかけ声に合わせて足を動かしたいのだけれど、ちょっと動きが固い。
な、なんで足が動かないのかなぁ……!

「もう一度行くぞ」
「は、はいっ」
「じゃあまた右からな」
「はい………」

震える足を動かす。
医務室の時よりはスムーズに動く足に小さな安心を抱く。
だけど、これは支えがあるからスムーズに動くわけで、今ユーリさんに手を離されたら転ける自信がある。
───それじゃあ、駄目。
ディーヴァくんと一緒にクエストに行くには、自分一人で歩けなきゃ。
うぅ、これじゃあまだまだだよぅっ!

「依都、足止まるぞ」
「っ、すみません、ユーリさん」
「ほら、もう一回」

大きな手にしっかりと手を握りしめられて、一歩、二歩、と震える足を動かす。
ディーヴァくんとまた一緒にクエストに行くため、頑張らなくっちゃ。

「ユーリさんっ」
「ん?」
「わたし、頑張りますっ」
「ん、あぁ。まぁ、ほどほどにな」

いきなり意気込んだわたしにきょと、と目を丸くしたユーリさんは、苦笑しながらわたしの手を強く握った。
………、

「依都?」
「ユーリさん、手、おっきいですよね」
「そりゃ、剣とか扱うからな」
「このおっきな手で繊細なデザートを作るんですよね。すごいなぁ」

思わずユーリさんの手を握り返す。
それからにぎにぎと楽しんでいると、ユーリさんにくっと手を持ち上げられた。
わ、と小さく悲鳴を上げて、たたん、と動きにくい足で床を蹴る。
い、痛いっ。

「ユーリさ………?」
「お前は小さいな」
「ゆっ、ユーリさんっ………!」

まるでからかうように、くつりと笑ったユーリさんにかっと頬を赤くする。
あああもう、ユーリさんったら!!
きゅっと目を瞑って下を向く。
恥ずかしいのだ、本当に。

「………あ、やべ」
「え?」

響いたユーリさんの声が低くて思わず顔を上げ、ユーリさんの視線を辿ると、むっすぅう、とむくれたディーヴァくんが居た。
思わずユーリさんの手を離す。

「お帰りなさい、ディーヴァくっ………!」
「っ、お母さん?!」

ユーリさんから手を離して、ディーヴァくんのところへ走ろうとして一歩踏み出せば、やっぱりそのまま膝が折れた。
へたり込んだわたしを見て、ディーヴァくんが慌てて傍へと寄ってきた。

「お母さん、大丈夫?! どうしたの、ユーリに何かされたの?!」
「あ、いいえ、ユーリさんは関係ありませんよ」
「じゃあ、どうしちゃったの、お母さん。どこか、痛いの?」

首を傾げるディーヴァくんに苦笑して、それからそっとディーヴァくんに手を伸ばす。
はし、とわたしの手を掴んだディーヴァくんはきゅうっと眉を寄せた。

「お前のお母さんは足を痛めてんだよ、ディーヴァ」
「え………?」

後ろからわきの下に手を差し入れたのは当然ユーリさんで、ひょいと身体を持ち上げられ、自分の足で立った。
立ったけれどそのまま足に体重が掛けられるわけじゃないので、少しユーリさんに頼るような形になる。
するとディーヴァくんがむっと口を尖らせ、それからわたしの手を離した。

「お父さんは?」
「クラトスさん?」
「お父さんを頼ればいいのに」
「………え? あ、あぁ、そう、でしたねぇ」

リフィル先生に言われるままにユーリさんを頼ったけれど、クラトスさんの名前が出た途端、そう言えば、なんでクラトスさんを頼らなかったのかな、と考えが浮かんだ。
………だけど、いつまでもクラトスさんに頼るわけにはいかないよね。

「うん、お母さんにはお父さんが居るんだから」

にっこり笑うディーヴァくんに、『偽親子』が定着しちゃったなぁ、と心の中で小さく呟いた。



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