「おい、ディーヴァ」
「………あっしゅ?」
ぐっすり眠っていたところをアッシュに叩き起こされた。
目をこすれば、真っ赤な髪と真っ黒な服が目に入る。
うぅ、なんでアッシュがここに?
「寝るなら部屋戻れ」
「ヤだ」
「交代だ」
「………アッシュと?」
「あぁ、俺とだ」
アッシュの申し出にぽかんとする。
なんで、アッシュがお母さんを看るの………?
思わず眉を寄せれば、アッシュも同じように眉間に皺を寄せた。
えええ。
「………借りがあるんだよ」
「狩り?」
「『借り』だ、借り!」
なんで俺が依都を狩るんだ、と軽く頭を叩かれて、それから部屋から出るように促される。
それでも渋ると、腰にある剣の柄を握られたので、む、と口を尖らせてから部屋を出た。
本当はお母さんの傍にいたい。
だけど、
「お母さん………」
いい加減、ちゃんと休まなきゃ。そしてクエスト頑張らなきゃ。
お母さんが起きた時に、怒られるのはヤだから。
だから、行かなきゃ。
「行ってきます」
まだ寝てるだろうお母さんに、俺は小さく呟いて機関室へと降りていった。
□■□
「………………っ、」
鈍い痛みから目が覚めた。
ゆるゆると、本当にゆっくりと瞬いて、それから視線を巡らせた。
視界を赤───朱が染め上げる。
「ルー、ク?」
「………悪かったな、あの屑じゃなくて」
響いたルークより低い声は初めて聞いたもの。
幾度かの瞬きの後、その人物が誰だかわかった。
「アッシュ、くん?」
「!」
「アッシュくん、ですよね?」
以前医務室で眠っていた重病人。
あの時はわたしが眠る彼を見ていたのに、それがまさか逆転するなんて。
「名前、」
「うん?」
「一体誰から」
「大佐さんから、ですけど………」
「あの眼鏡………っ」
チッと舌打ちをしたアッシュくんに何故かわたしが申し訳ない気持ちになって、身体に力を入れて上体を起こした。
つきんと痛んだのは足首で、あまりの痛みに顔をしかめると、アッシュくんも顔をしかめる。
「痛むなら身体を動かすな」
「あ、いえ。痛いのは足だけですから」
「足?」
思わずポロッと言ったそれを拾われる。
冷や汗をかきながら視線を逸らすと、アッシュくんは更に眉間に皺を寄せ、わたしを睨む。
あ、あぅ。
「どっちだ」
「うぇ?」
「痛む足だ」
「………………、」
「両方か」
なぜわかる!
勢い付けて言いたかったけれど、ズキリと足が痛んで声にならない。
「っつ、」
呻き声を上げそうになって唇を噛み締める。
そんなわたしの手を、そっとアッシュくんが手を重ねてきた。
戸惑うように重ねて、それからゆっくりと握り締めてくる。
………あぁ、そう言えばこんなことをこの間アッシュくんにやってたなぁ。
───ってあれ?!
「アッシュくん、いつの間に医務室卒業したんですか………?!」
「お前と入れ替わりだ」
「え、あっ、そう、なんっ!」
動揺して身体を動かせばつきりと足首が痛む。あぁ、もう、なんでこんなに痛いんだろう。
顔を歪ませて思わず手に力を込める。
それと同じだけの力でアッシュくんが握り返してくれるので、ゆっくりと手から力を抜いた。
「………アッシュくん、ごめんなさい」
「何が」
「う、あの、これ」
繋いだままの手を掲げる。
するとアッシュくんはそっと視線を外して別に、と小さく呟いた。
「細かいこと気にしてんじゃねぇよ」
「う、」
ツンとした口調なのに、どこか優しく感じるのは何でだろう。
ふぅっとため息を吐いてから、アッシュくんをもう一度見る。
「それで、」
「んぅ?」
「何があったんだ?」
「………ううん、えと」
何があった、とはたぶん、わたしが倒れたときのことだろう。
あぁ、でも、何があった、と聞かれても、その、答えようがないんだけれど。
まごまごと口を動かしてから、またきゅっと手に力を込める。
アッシュくんから伝わる温もりに目を伏せて、それから頭の中で言葉を組み立てた。
「あの、その、何があった、と言うより、何か感じた、が正しいんです」
「感じた?」
「はい。何かに引っ張られるような感覚がして、それから、」
それから、足に衝撃が走った。
自分がその状況をわかったと言うよりも、誰かに自分の状況をわからされたかのよう。
そして、誰かが囁いた。世界樹が傷付いたのだと。
もう1つ、あの泣きそうな声で「さびしい」と囁いたのは誰だったのだろう。
ひどく苦しんだ声で、泣きそうで、でも泣けなくて、だからもどかしい。そんな『痛み』を抱えたような声だった。
「依都?」
「え、あ、はい、すみません。えど、急に痛みが走ったんです。それで、倒れてしまって、」
急に押し黙ったわたしをアッシュくんが促した。
促されるままに口にしたそれは、間違いではない。
だけど、一番最後に聞こえた声については、アッシュくんには言えない。
だって、だって、
(相談するのはきっと、アッシュくんじゃない気がする)
アッシュくんが役不足とかそうじゃなくって、たぶんきっと───。
そこまで考えてふるふると首を横に振った。
そして未だに静かに痛む足をそっと触れ、それからアッシュくん、と彼に声を掛ける。
「すみません。それぐらいしか、わからないんです」
「そうか」
手を握り合ったまま、その手をじっと見てしまうとじわじわと頬が熱くなる。
ディーヴァくんがやってくるまで、そのまま気まずいままに手を繋いでいた。