杖の先にマナ───力を溜めること。
そうして、それを花開かせるように散らせること。
その際、傷を癒やすイメージを忘れずに。
「そこで唱えるんだ」
「………ホーリィブレス」
キールさんに教えてもらったそれを口にすると、ぽわ、と暖かな光に包まれる。
「お母さん、凄い!」
わぁわぁと喜ぶ息子(仮)に苦笑した。
これでわたしも立派にファンタジーの人間になったのだった。
□■□
「今日は、イリアとルカと一緒にクエストしよ?」
「………ディーヴァくん、それはお誘いですか?」
「うん。俺もルカも前衛で、イリアが遠距離だから、お母さんが入ってくれると回復補助がまた増えるんだ」
「あー、えぇ、うん、わかりました。お付き合いしますよ」
頷いてから首を傾げる。
クエスト? クエストって?
「お母さん?」
「何でもないですよ。行きましょうか」
ずいぶんと高い位置にあるディーヴァくんの頭を背伸びして撫でれば、彼はくるりと目を丸くした後、へにゃ、と力無く笑った。
「何してんの、そこの親子。早く行くわよ」
「あ、イリア」
機関室からホールに上がってきたアニーミさんは、ディーヴァくんの頭を撫でてるわたしを見て、軽いため息を吐いた。
えぇ、ダメかな。と、言うより、
「あの、アニーミさん。わたし達親子じゃないですってば」
「親子みたいなもんじゃない」
「みたいなもの、って」
「ほら、行くわよ」
わたしの手をがしっと掴んだアニーミさんはそのまますたすたと歩いていく。
慌てたようにわたし達を追ってくるのはディーヴァくんとミルダさんだ。
ミルダさんとアニーミさんはちょっとした縁で知り合って、ちょっとした縁でこの船に乗っているらしい。
まぁ、詳しいことはよくわからないし、こっちもわざわざ聞かないし。
「依都、大丈夫なの?」
「ミルダさん………。うん、まぁ、頑張ります」
「あの、僕を頼らないでね。僕、自分でいっぱいいっぱいだから」
「あ、はい」
困ったように笑うミルダさんに頷き返す。
うん、こうはっきり言ってくれたほうがありがたい。
後からぐちぐち言われるのはヤだなぁ。
「そういえば、今日はどちらまで?」
「アメールの洞窟よ」
「はぁ」
「アンタ、ダンジョン行くの初めてでしょ? だからレベル低いとこ行くの」
「ありがとうございます」
レベルの差ってやっぱりあるんだね。
ぽてぽてと手を引かれたまま歩いて、洞窟の入り口に着いた。
ようやく手を離され、わたしはふぅ、とため息を吐く。
───ここから先、ダンジョンだ。
でも、ダンジョンって言ったって何と戦うのかな。
「お母さん、きたよ。オタオタだ!」
「え」
洞窟に入った瞬間、ぴょんこぴょんこと跳ねる代物がいる。
え、なにあれ。え、え?
「かわいい」
「は?! あんたなにそれ、本気で言ってる?!」
「え、だって、ぴょんこぴょんこしてて可愛くないですか?」
駄目ですか、と肩を落とすと、拳を作ったディーヴァくんがわたしの前にやってきた。
「お母さんは俺が守るからね」
「ディーヴァくん………」
「いこう、ルカ」
うぅ、と小さいうなり声を上げたのはミルダさんで、彼は身体に似合わない大きな剣の柄に手を掛けて構える。
泣きそうな声なのに、ミルダさんは結局きっと前を見据えてオタオタを睨んだ。
「さ、あたし達もやるわよ」
「え。あ、はい」
アニーミさんに言われてきゅっと杖の柄を握り締める。
これが実践なんですね、キールさん………!
と、心の中で師匠であるキールさんに向けて呟く。
ふにゃふにゃと柔らかい体質のオタオタをボコボコと殴るディーヴァくんを見てるのは何とも言い難いけれど、その姿を見ながら怪我をしてないか確かめる。
………うん、今のところ誰も怪我してないね。
「これで終わりっ!」
ぱしゅっとオタオタがその姿を消した。
おおぅ、これはどういう事。
ぱちぱちと目を瞬かせて立ち尽くしていると、ディーヴァくんが軽やかな足取りでわたしの所まで来た。
「お母さん、見た? 俺、頑張ったよ?」
「そ、そうですね。格好良かったですよ」
「ほんとほんと?」
ほんとですよ、と笑みを浮かべて言えば、ディーヴァくんは瞳をきらきらさせてくるっと振り返った。
彼の視線の先にいるのはミルダさんとアニーミさん。
「ルカ、イリア! お母さんに誉められた!」
「はいはい、良かったわね〜」
「良かった!」
にこにこっと笑って輝かんばかりのそれを振りまくディーヴァくんを軽くながしたアニーミさんを見届け、はっとする。
あれ、わたし役に立ってない………?
あまりの無力さにうおお、と頭を抱えたのはまた別の話。