また一つ、謎


ラルヴァの製造者(と言っていいかは不明)のジャニスさんが、世界樹の根を切ろうとしているらしい。
世界樹が無い世界でのんびりまったり生きてきたわたしからすれば、少し事の重要性がわからない。
だけど、

「お母さん、行ってくるね」

息子くんの真剣な表情に、つられてわたしも真剣な表情でこくんと頷いた。
思わず手に汗握る。
わたしが止めに行くわけでもないのにね。

「ゼロスさん、プレセアさん、ディーヴァくんのこと、お願いします」
「はいはい、任せてって依都ちゃん」

ポンポンと優しく頭を叩かれる。
なんだか安心する触れ合いに、小さくため息を吐いた。

「お父さん、お母さんのこと宜しくね」
「………ああ」
「即答じゃない!」
「そこは突っ込まなくて良いところですよ、ディーヴァくん」

クラトスさんにツッコミを入れるディーヴァくんにすかさず言葉を返す。
む、と口を尖らせてぶすくれる息子くんに苦笑して、高い位置にある頭にそっと手を伸ばした。

「美味しいお菓子を作って、待ってますから」
「………うん」
「ディーヴァさん、行きましょう」

プレセアさんに促されて、ディーヴァが小さく行ってきます、と呟いた。
3人の背を見送って、クラトスさんと視線を合わせてから船内へと戻った。




   □■□




蒸したサツマイモを皮を剥いてからこしていく。
ディーヴァくんが帰ってくるまでには出来上がるだろうと思って今回作るのはスイートポテト。
ちょっと作るのが大変だけど、余計なことを考えなくてすむかなっと思って、敢えてこれを選んだ。
ディーヴァくんを見送ってから、なぜか胸がざわつく。
あそこは───粘菌の巣はディーヴァくんが『ディーヴァくん』じゃなくなった場所だから心配なのか、それとも、その他に何か心配することでもあるのだろうか。

「手ェ止まってんぞ」
「!」
「心配か?」

ちらりと隣を見上げれば、しゃかしゃかと生クリームをかき混ぜていたユーリさんがこちらを見下ろしていた。
その瞳を見返して、思わず苦笑が漏れる。
そんなにわかりやすいかなぁ…。

「心配、と言うのもあるんですけど、」
「ん?」
「なんか、胸の奥がざわつくんです。何か起こりそうな、そんな感じがするんです」
「何かって?」
「………………」

きゅう、とへらを握り締める。
口にするのを少し憚るような、そんな予感がしてならない。
苦しいような、そうじゃないような。
あああ、もう、なんて伝えたら良いんだろう。
強く握り締めた手に、そっと小さな手を重ねられる。パニールさんの手だ。

「無理に口にする必要はないわ」
「………はい」
「よし、ほら、手ェ動かせって」
「はい!」

しゃかしゃかと再び生クリームをかき混ぜ始めたユーリさんを見習って、わたしも手を動かしてサツマイモをこし始める。
全てのサツマイモをこし終えたら、生クリームを投入。
それをかき混ぜて、型にちょっとずつ入れていく。
型に入れ終わったら余熱してあるオーブンに投入。その点は現代と何一つ変わらないから本当に楽だ。
………ううん、正しくは楽させてもらってる、だ。
───それにしても、

「………………」

ちらり、とテーブルに視線を向ける。
そこにはクラトスさんとルカくんが個々に新聞を広げていた。
ルカくんはある種の勉強兼情報収集。クラトスさんは、その、ディーヴァくんとの言葉を守っているのだろう。
相変わらず、原因不明の体調不良はついて回るし、なんかみんな過保護だし、最近クエストに行けないから太る太る!
リアラちゃんとか本当に痩せぎすだから、そろそろ本格的にダイエットでも始めようかな。
………じゃあ、あれ、おやつとか作ってる場合じゃないんじゃないの、わたし。
───いやいやいや!
ディーヴァくんと約束したわけだし、食べなきゃいいんだよね、食べなきゃ!
パニールさんのご飯美味しいからアレだけど、そろそろ体重制限しなきゃ、だよ。

「依都? どうしたです?」
「わっ、」
「エステル」

ひょこっと顔を出したのはエステルさんで、その手には本を握っている。
思考の渦の中でもんもんとしていたわたしにとってその登場はちょっとしたドッキリのようなもので、エステルさんは悪くないのに肩を震わせてしまった。

「あ、すみません、依都」
「あ、いえ、」

大丈夫です、と言ってからキッチンを出るか迷った。
焼きあがるのにはまだまだ時間が掛かる。キッチンに居ても仕方ないから。
少し暇だから、先に人数分の紅茶でも煎れようかな、と薬缶に水を入れた。
沸くのを待ってから、一度熱湯をコップに注ぐ。一度コップを温めておく方が美味しいんだよね、紅茶って。
………まぁ、好き嫌いだけど。
茶葉を入れて蒸してからそっと温かいコップに紅茶を注ぐ。
ミルクと砂糖を用意してトレイに乗せ、キッチンを出ようとした。

「───!」
「………依都、どうした」

何かに引っ張られるような感覚がして、足を止めた。
そんな不自然な行動を取ったわたしに、クラトスさんが紙面から顔を上げて声を掛ける。
なんでもありません、と断りを入れると、エステルさんにトレイを取られた。

「ありが───」

かっ、と熱が足元に走る。
熱さと痛みがじわじわと全身に広がって、わたしは呻きながらその場に倒れ込んだ。

「依都?!」

エステルさんの悲鳴に近い声が響く。
後ろからユーリさんが支えてくれたのがわかったが、それ以上に何か、そう何か、わたしは伝えなければならない。
足首が切断されたような、そんな痛みに顔をしかめながらクラトスさんに手を伸ばした。
すぐ近くに寄ってきてくれたクラトスさんを見て、口が勝手に開く。

「世界樹が、傷付いた………!!」

自分で言った言葉に自分で驚くなんてどうかしてる。
だけど、誰よりもわたしが一番驚いてるはず。
ぐっと手を引かれて触れた温もりに気が付いて、わたしはそっと意識を手放す。
さみしい、と誰かが耳元で囁いたような、そんな気がした。



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