幸せ家族計画


あの日から、リフィル先生を中心にした研究者チームが船を降りた。
ラルヴァを作ってみるらしい。
そんなわけでクラトスさんはリフィル先生の護衛のためについていった。
あの時クラトスさんが言った「船を降りる」ってこういうことなんだ、と思いつつ、美味しい紅茶を一口。
それからディーヴァくん。
よくわかんないけど、わたしを連れて居なくなったためにその反省として、無償奉仕でクエストを行っている。
わたしは気にしてないよー、って言っても、大佐さん達が、「下のモノに示しが付かないから」という理由で、またディーヴァくん自身の希望から、それが行われていた。
そうしてわたしは、食堂でパニールさんが淹れた紅茶を飲んでいるだけだった。
なんか、療養強化期間、らしい。
なんだそりゃ、と思ったけれど、捻挫を癖にしないためにも動かないことが第一。
そんなわけで全くなにも出来ない状況から、ただただ紅茶を飲んでいた。

「依都さん、こんにちは」
「あ、デュナミスくん。こんにちは」
「カイルでいいよ、依都さん」
「へ。じゃ、じゃあ、わたしのことも依都でいいよ?」
「え、じゃあ、依都姉さんって、呼んでいい?」

わたしの前に座ったデュナミス───カイルくんが、小首を傾げてそう聞いてきた。
え、え。『姉さん』………?

「ほら、オレ達がこの世界に来たって言った時、一番親身になってくれたでしょ?」
「そりゃあ、まぁ、」

そう、目の前のカイルくんは、わたしと似たように違う世界からやってきた少年だ。
カイルくんともう1人、リアラちゃんという超絶悶絶可愛らしい女の子もそうである。
自分に似た境遇だからか、ついついあれやこれやと構ってしまい───だって完全休養中で暇だったんだもん───、今現在こうして懐かれていた。
懐かれることは悪くない。
ちなみに今、リアラちゃんはディーヴァくんに連れられてクエスト中だ。

「ね。ね、駄目?」
「うぅーん、」
「ねぇ、依都さんってば」

まぁ、お母さんと呼ばれてるし、良いよねぇ?

「うん、わかった。良いよ、カイルくん」
「やったぁ!」
「なぁに、はしゃいでるのよ、カイル」
「ハロルド、聞いて! 依都さんね、オレの姉さんになってくれたんだよ!」
「あれ、いや、ちょ、それは、行き過ぎてないかな、カイルくん?!」

声を掛けてきたのはハロルド・ベルセリオス博士。
違うギルドからこっちに移ってきた天才学者様。
わたしより身体は小柄なのだけれど、その頭脳はわたしなんかより凄い。
語彙が少なくて『凄い』としか言えない自分がとても恥ずかしい。

「へへ。リアラにも言おうっと」
「ふぇ?! そこまでこの話を膨らませるの? なんで!」
「え、だって」

だ、だって………?

「オレだけ『依都姉さん』って、呼ぶの、ズルいじゃない」

意味がわからない………!!

「懐かれたわねぇ、依都」
「ま、まあ、悪いことではないですし、」
「そうよねー。ま、あたしには関係ないけど。じゃ、研究に戻るわ」

ぽんぽんとわたしの頭を叩いて、パニールさんが淹れたコーヒーを片手に食堂を出て行った。
ベルセリオス博士が言う研究とは、ラルヴァのこと。
ラルヴァの正体が何なのか、それを突き止めるらしい。
頭のいい学者さんが考えることはよくわからないけれど、もし原因が何なのかわかれば、ディーヴァくんがそれを見て怖がる理由もわかるから、実はひっそりこっそりベルセリオス博士には期待しているのだ、えへへ。

「ねぇ、依都姉さん」
「うん、なあに。カイルくん」
「姉さんはここに来た時、どんな感じだった?」
「わたしがここに来た時?」
「うん。俺やリアラは、自分たちの過去に行こうとした弾みでここに来ちゃったでしょ? 姉さんはどうだったのかなって」

にこにこ笑い、パニールさんお手製のドーナツを頬張りながら聞いてきた。
わたしはほんの少し前の出来事に思いを馳せて、ゆっくりと口を開く。

「気が付いたらこの船にいたの。わたしは家で勉強していたはずなのに、うたた寝して気が付いたら船の上。そしてディーヴァくんに『お母さん』って呼ばれてたんだ」
「へー。突然だったんだね」
「そうだね。とても突然だった」

でも、と言いかけて、口を閉じる。
ううーん、なんか恥ずかしいこと言いそうだな、わたし。
どうしようかなぁ。

「姉さん?」
「あ、えと。わたしがここに来たのは確かに突然だった。でもね、来て悪いことなんて何1つなかったから、いいかなぁって」

ディーヴァくんと会ってから、そう、この船に乗ってから、謎の体調不良が襲うこともあるけれど、悪いことなんてなかった。
だから、いいの。ううん、いいと思える。

「───あ、」
「ふぇ?」
「お母さぁあん! 何その告白超嬉しいぃいいい!!」
「ふぎゃああ!」

後ろからかばちょっと抱き付いてきたのは件の息子君であった。
目を白黒させていると、カイルくんの隣にリアラちゃんが座る。

「カイル、ただいま」
「お帰り、リアラ。───俺、依都さんのこと姉さんって呼ぶようにしたんだ」
「まぁ、そうなの? じゃあ、わたしもそう呼んでも良いですか、依都さん?」
「う、うぇ、」
「………駄目、ですか?」
「───ううん、駄目じゃないよ。リアラちゃん。好きに呼んで」

じいっと綺麗な漆黒の瞳で見つめられたら、断れない。
わたしの頭の上に顎を乗せていたディーヴァくんは、ぽつりと口を開いた。

「幸せ家族計画、だね。お母さん!」

うん、間違っちゃいないと思ったわたしも大概流されていると思うのだった。



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