クラトスさんの腕の中(この言い方に語弊はないはず)で暴れるわけにもいかず、じくじくと痛みが増してきた右足に意識を持っていった。
えぇと、捻挫にも効くのかな。
そっと指を添えようとしたら、抱え直され、落ちそうになる。
「ひゃ、」
「大丈夫か」
思わずクラトスさんの肩を掴めば、そのままにしていろ、と低い声が響いた。
え、と、つまり。
無駄に動くなってこと、だよね。
「お母さん、大丈夫? 俺、何かした?」
「っ、えと、」
厳密に言えばディーヴァくんが何かしたわけじゃない。
だけど上手く言葉にならなくて、思わず言い淀んだ。
すると、しゅん、と目に見えて落ち込んだディーヴァくんに冷や汗をかく。
「ちが、あのですね、ディーヴァくん。違うんです。あの、その」
「うん、」
「………ディーヴァくんが何かした、わけではないんです」
答えにくい。答えようがない。
どうしようかな、と苦い表情を作ると、ディーヴァくんは渋い顔をして、わかった、と呟いた。
え、え。一体何がわかったんだろう。
「ディーヴァくん?」
「とにかく、まずお母さんの治療が必要なんだよね」
「え、はぁ、」
「だから、今はまだ、何があったかは聞かないね」
少しだけ悲しそうに笑ったディーヴァくんの頭を、ぼすぼすとガイさんが優しくなく叩く。
───そんな表情(かお)、させたいわけじゃないのに。
だけど、舌が回らない。何を言っていいかわからない。
こういうとき、本当に自分が頼りなくて悲しい。悔しい。
どうしたら良いんだろう。
ぐっと唇を噛み締めると、エステルさんに名を呼ばれた。
「エステルさん?」
「痛みますか?」
「あ、いえ、大丈夫、です」
痛みがないわけではないけれど、大丈夫と言えば大丈夫。
不用意な言葉言わない方が良いかなぁ、とそれ以上言及されないように口を閉じた。
□■□
「貴方って子は………」
と、言いながら深い深いため息を吐いたのはリフィル先生と大佐さん。
前回はアルベインさんに、今回はクラトスさんに抱えられて帰還したわたしには、2人に何か言えるはずもなかった。
「手当ては───」
「私がしよう。いいな、依都」
「はい、お願いします」
クラトスさんには聞きたいことがある。
そのため、クラトスさんに抱えられたまま私が使っている部屋に運ばれた。
───周りの奇異の目は見なかったことにしよう。
ベッドに降ろされたので、自分で靴を脱ぎ、靴下を脱いだ。
真っ赤に腫れたそこを見て、つい顔がひきつる。
これは痛いよなぁ。
しみじみと思うと、そっとクラトスさんの手が足首に添えられた。
「聞きたいこととは?」
「あの、えっと、」
ぽわり、淡い淡い光が放たれる。
ファーストエイドの優しく暖かいその光を見ながら、わたしはそっと静かに息を飲んだ。
えと、ええと、
「ディーヴァくんの目の色って、金、ですよね?」
「あぁ。それがどうかしたのか?」
「わたしを連れ立った『彼』は、青でした」
「青………?」
まさか、と呟いたクラトスさんがその光を消した。
驚きのあまり集中力が切れたというところかもしれない。
そんなクラトスさんの様子に首を傾げると、再び足首に手が添えられた。
ぽわり、と再び灯った癒しの光に、眉を寄せる。
あのクラトスさんを動揺させた色───青の瞳。
それは一体、何を指し示すんだろう。
「クラトスさん、あの、」
「他には何と?」
「残骸って、言ってました。あの場所と、自分が降りた場所が、自分を映す場所だと、」
「そうか」
ついと目が細められる。
その姿を見て、きゅっと握り拳を作った。
そうだ、『彼』は他にも───。
「『業』」
「『業』?」
「あぁ、はい。『業』って言ってました。それと、『母』が壊れるとも」
「───世界樹が?」
「へ?」
「………………いや、」
ふる、と静かに首を横に振ったクラトスさんはそのまますっと立って、私の頭をぽん、と叩いた。
「ふぇ、」
「足はどうだ?」
「え。あ、はい。大丈夫、です」
くりくりと足首を回す。
先ほどまでの痛みはもう無い。
ありがとうございました、と言えば、そのまま頭を撫でられた。
え、えと、えへへ。
嬉しいような恥ずかしいような感覚に、思わず笑ってしまった。
「しばらく船を降りることになった。───ディーヴァのこと、頼んだぞ」
「あ、はい。任せて下さい!」
元気に返事をしたら、クラトスさんは薄く笑んでから部屋を出て行った。
その背を見送ってから、はっと気付く。
「何一つ答えてもらってない!」
はぐらかされた、と頭を抱えたのは言うまでもない。