お父さんがイケナイんだ。
ディーヴァくんは、それしか言わない。
その姿にパチパチと目を瞬きながらディーヴァくんに手を引かれて走る。
ここは粘菌の巣。
「ディーヴァ、ディーヴァくん、待って、待って下さい、ディーヴァくん!」
「『お母さん』との約束を破るお父さんがイケナイんだ」
「は………?」
「お母さんを守るように、『お母さん』と約束したくせに………!」
ディーヴァくんが何を言いたいのかわからない。
腕を引いたままずんずんと奥に入っていこうとするディーヴァくんに慌てて声を掛けても、ディーヴァくんの足は止まらない。
──一体何があったの。
「ディーヴァくん、ディーヴァくんってば!」
「『僕達』の二の舞にならないよう、だからそう決めたのに」
「ディーヴァ、くん………?」
「もう二度と、ディセンダーとグルが壊れないように」
ディセ………? グル………?
聞き慣れない単語に、思わず足を止めた。
すると、やっとディーヴァくんの足が止まる。
そうしてくるりと振り返ったディーヴァくんに、目を見開いた。
「な、」
「ごめんね。今、君の息子の身体を『借りてる』」
金色に輝くディーヴァくんの瞳が、今は薄い青色に輝いていた。
そう、今、ここにいるのは、ディーヴァくんだけど、ディーヴァくんじゃない。
じゃあ、彼は、誰───?
「あ、なたは………?」
「過去の残骸」
「ざんが、い」
「そう。世界樹の根に近い此処と、僕が降りたった、あの街だけが僕を『映す』場所」
にこり、と笑う。
その微笑みは、やっぱりディーヴァくんとは違った。
「決めたんだ。僕とお母さんみたいな仲にならないように、彼に『両親』を揃えようって」
「………?」
「それなのにクラトスったら、あんな素敵な美人さんを守ってるんだから、もう。絶対騎士気質もどうにかしろっつーの」
「あの、」
「君は僕のお母さんと違うし、君の息子も僕とは違うから、あのような『過ち』を繰り返さないのはわかってる。でも、もし万が一、何かあったら───」
ぐっと腕を引かれる。
そのまま、ぎゅうう、と抱きしめられた。
「再び繰り返したら、『母』が壊れる。壊れてしまう」
「………………え、」
「ごめんね。これは僕達の『業』だ。だけど、どうか、」
お願い。
と、呟いた『彼』はふんわり、優しく甘く笑って目を閉じた。
───え。
がくん、とディーヴァくんの身体が傾げる。
その重みはそのままわたしにもたれ掛かってきて、その身体を支えきれずにその場に転ぶ。
倒れ込んだときに、足を捻ったのか、右足首がずきりと痛み出した。
「はっ、っ………。ちょ、ディーヴァくん。ディーヴァくん?!」
揺さぶってもディーヴァくんが目を覚ますことはない。
ただ瞼を閉じて、人の腹に顔を乗せるだけ。
「ええぇええええ!」
粘菌の巣に、わたしの叫び声だけが響き渡った。
□■□
「で、アイツは何を思ってクラトスの旦那が浮気したと思ったんだ?」
「さあな」
そもそもアレは、と呟いて、クラトスが口を閉じた。
船を降りてしまった依都とディーヴァを捜すべく捜索隊が作られ、ディーヴァに罵られたクラトス、依都の勉強を見ていたガイ、回復役としてエステルを伴い、粘菌の巣を歩いている。
「アレは、なんです?」
柔らかいエステルの声で聞かれたところで、クラトスがその口を割ることはなかった。
その対応に深いため息を吐いたガイは、眼前を見据えて剣の柄を握りしめる。
───魔物だ。
「依都が無事ならいいけどな、」
「依都だけ、です? ディーヴァは?」
「あれは何とかなるだろう。なぁ、クラトス」
「そうだな」
ころころと己の力量で職業を変えられるディーヴァとは違い、戦う術を持ち合わせない依都。
頼りない少女は、本来なら今は『休養中』。
そんな彼女は、船を降りたときに何一つ準備をしていない状況だった。
「依都は、手ぶらでしたね」
「そこも不安要素だけど、」
ガイが言葉を無くす。
彼は今、初めて彼女に会った時に思いを馳せた。
まったく知らない人間すら庇って怪我をする、心優しき少女(おとめ)。
知り合い───自身を『母』と慕うディーヴァを庇う可能性は存分にある。
心配だ、とガイが独りごち、そして。
「───依都!」
クラトスの低い声が響き、ガイとエステルは魔物に向けていた剣とロッドをしまう。
ディーヴァの頭を膝に乗せた依都は、ぱちくりと目を瞬かせて、ふうわりと笑った。
「クラトスさんっ。それに、ガイさんとエステルさんも」
「怪我は」
「な、無いと言えば無い、です」
「有ると言えば?」
「あり、ます」
依都の傍に膝を付いたクラトスは、ふ、と静かにため息を吐いた。
それから、ぐっとディーヴァの襟を掴み依都の膝からその頭を持ち上げ、ぱっと手を離す。
ごんっ、という鈍い音と同時に、それを目の当たりにした依都が悲鳴を漏らした。
「えええ、ちょ、大丈夫ですか、ディーヴァくん!」
「依都、どこを怪我したんだい?」
「もう、ガイさん! わたしは大丈夫なんです。それより、ディーヴァくんです、ディーヴァくん!」
「んむ、」
名を呼ばれ、ディーヴァはむくりと顔を上げ、身体を起こした。
その瞳の色は、常時の金である。
「あ………」
「お母さん? なに、どうしたの。………え、あれ、ここ、どこ?」
ぱちぱちと目を瞬かせたディーヴァに、ガイがあのな、と呟いた。
依都を連れ出したのはディーヴァだ。そのディーヴァが状況を把握していない。それは何故だ。わからない、と呟いたガイに、ディーヴァは首を傾げるだけだった。
「クラトスさん」
「どうした」
「あの、聞きたいことがあるんです、」
先ほどまでのディーヴァくんのことで。
その呟きは、クラトスの耳にしか入らない。
ついと目を細めたクラトスは、瞬き一つで頷きを返し、そっと依都の背と膝裏に腕を回した。
「わあっ!」
「まずは手当が先だな。戻るぞ」
「はい、そうですね」
「あぁあ、お母さん! お父さん、ズルい、ズルい!!」
「いやうん………、確かにあれはズルいよな………」
深いため息とともに漏れたガイの本音は、抱えられたことに対して驚いている依都にまでは届かなかった。