ででん、とはっぱにくるまれた何かを、おかあさんがたいりょうに作ってお皿に乗せていた。
それから、おれの前にそれらを出してきた。
なんだろう。
「おかあさん、これ、なあに?」
「柏餅ですよ」
「かしわもち、」
「甘くて美味しいですから、今日のおやつはこれにしましょうね」
今たべちゃダメなの、と聞けば、駄目ですよ、と答えはすんなりかえってきた。
ううーん、なんでダメなんだろう。
「おかあさん、おとうさんは?」
「クラトスさんなら今、お屋根ですよ」
「ずるいっ! おれにはダメって言うのに!」
「今日は特別な日ですからねぇ」
「えええ、おとうさん、ずるいっ!」
むっすぅう、とむくれると、おかあさんはくすくす笑いながらおれの頭をなでた。
おかあさんになでられるのは、好き。
………はっ!!
「もう、おかあさん、ごまかしちゃダメ!」
「ふふふ」
「おかあさん!」
「………どうした」
「あ、おとうさん!」
たんたん、とかいだんを音を立てながら降りてきたおとうさんにしせんを向けた。
む。むぅうう!
「おとうさん、ズルい!」
「何の話だ」
「お屋根、のぼったんでしょ。ズルい!」
あぁ、と小さく呟いたおとうさんはそのままおかあさんにしせんを向けた。
おかあさんは相変わらず笑ってる。
むぅう。なんなの!
「じゃあ、お外に出ましょうか、ディーヴァくん」
「お外?」
「えぇ」
「おとうさんも?」
「ああ」
ほら、と2人からさしだされた手に手を重ねる。
あたたかくて、やさしくて、だいすきな2人の手。
リビングの窓をからりと開けて、庭に出る。
突っかけたサンダルが脱げないよう気を付けると、おかあさんもおんなじようなことをしていた。
「見ろ、ディーヴァ」
「ふへ」
おとうさんがお屋根を指差す。
見上げてみると、そこにはそらを泳ぐ3匹のこい。
───あ、
「こいのぼりだ………!!」
「あれを取り付けるには屋根に登らなければならないのでな」
「あ、」
「今日は子どもの日ですからね」
こどものひ。
聞き慣れないことばに、おれはぱちくりとと目をまたたかせた。
そうして俺は、『覚醒』する。
□■□
「お母さん、柏餅作って、柏餅!」
「………急にどうしたんです、ディーヴァくん」
「だって、子どもの日」
「あぁ」
納得したお母さんは「材料ありますかねぇ」とのんびり呟いた。
それはつまり、
「作ってくれるの?」
「だって、子どもの日でしょう?」
「おおぉお母さん、大好きー!」
「わっ、」
ばっと両手を広げてお母さんに抱きつけば、おずおずとお母さんが抱き返してくれた。
おおぉ。
「………何をしている」
「あ、クラトスさん」
「お父さん、おかえりー! あ、ねぇねぇ、お父さん。こいのぼり欲しい、こいのぼり!」
「『こいのぼり』?」
眉を寄せたお父さんに、俺は首を傾げた。
あれぇ。お父さん、知らないのかな。
でも、夢の中じゃあ、お父さんが取り付けてくれたのに。
お母さんから手を離して、ちゃんとお父さんに向き合えば、お父さんはそっと顎に手を当てて悩み出した。
「………うーん、今すぐこいのぼりを用意するのは難しいですよ」
「そもそもこいのぼりとはなんだ」
「えぇと、空を泳ぐ鯉です。ものすっごく誤解があるかもしれませんが、」
「そうか」
「えと、だから、ディーヴァくん。『兜』なんてどうですか?」
かぶと? と聞き返すと、お母さんはにこりと笑って、俺の手を取った。
「餡を煮詰める時間がありますから、その間に作りましょう」
「ん、」
「クラトスさんも行きましょう?」
「あぁ、」
「あ、そうだ。ルカくんから古新聞もらって来て下さい」
わかった! と、言ってルカのもとまで走る。
そんな俺の背を、お母さんは笑いながら見送った。
「で、あれはどうしたんだ?」
「子どもの日、ですからね。ちょっとしたわがままですよ、息子くんの」
「………そうか、」
なんて会話していたことは知らない。
ルカから貰った古新聞を抱えて食堂に行けば、お母さんは鍋と向き合っていて、お父さんは椅子に座っていた。
「お母さん、貰ってきた!」
「では、クラトスさんに」
「うん」
はい、とお父さんに渡せば、お父さんは心得たように新聞紙を折っていく。
お父さんと対面するように座ってお父さんの手元を見る。
複雑な折り方だと思うのに、お父さんはさくさくと折っていく。
わわわ、
「出来たぞ」
「わあい、かぶとだ!」
かさ、と紙らしい音を立ててお父さんが俺の頭に出来たばかりの紙のかぶとを乗せた。
おぉう、凄いな、これ。
「お母さん、柏餅まだー」
「まだですよ」
「むむ。───じゃあ、俺、みんなに自慢してくる!」
そう言った後、食堂を飛び出して、今まだバンエルティア号に居る人たちにかぶとを自慢して歩いた。
ルカは良かったね、と笑ってくれて、カイルは羨ましい、と口を尖らせる。
あぁ、楽しいし、しあわせだ。
「カノンノ、」
「あ、ディーヴァ。格好良いの付けてるね」
「うん、お母さんに教わったお父さんが、作ってくれたんだ」
「じゃあ、大切にしなきゃ、だね」
「うん!」
これは防具じゃなくて、貴重品カテゴリーに入れなくっちゃ。
紙だから、壊れやすいしね。
えへへ、と笑うと、カノンノも嬉しそうに笑った。
「いいなぁ」
「ふへ、」
「私も作ってもらおうかな」
「………そうだね、お父さんに頼もう!」
「え?」
「うん、そう! 行こう」
カノンノの手を握って甲板から降りる。
ホールに向かえば、かぶとを抱えたすずと会った。
───あ、
「すずも貰ったの?」
「はい、クラトスさんに渡されました」
「じゃあ、カノンノも貰えるよ。行こう!」
「うん!」
バンっと勢い良く扉を開ければ、せっせとお母さんが餅を葉っぱにくるませていた。
あぁ、美味しそう。
「葉っぱ、巻かなきゃ駄目?」
「駄目ですよ。カノンノさんも、もう少し待って下さいね」
「うん!」
「お父さん、カノンノにもかぶと!」
言えば、お父さんはぱちりと目を瞬かせてから、新聞紙に手を伸ばした。
えへへへへ。
カノンノとお揃いお揃い。
「出来たぞ」
「ありがとう!」
「俺もカノンノも、大切にするからね」
「紙の兜だぞ?」
「だから、だよ。これ装備してクエストに行くわけにはいかないじゃん」
いくら俺でもそれぐらいわかる。
いや、本音を言うなら、装備したいけど。
「はい、出来ましたよ」
「柏餅!」
夢で見たように、でん、とお母さんが柏餅を置いた。
おおお美味しそう!
「頂きます!」
「はい、頂いて下さい。──────これからもどうぞ、健やかに育って下さいね」
「? うん」
微笑むお母さんとお父さんに笑みを返した。
口に含んだ柏餅は、とてもとても甘いのだった。
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子どもの日ss。
前半は幼くなったディーヴァくんが見た現代パロ的な偽親子の夢。
後半は通常営業な偽親子でした。