ああなんてファンタジー



魔法。マナ。世界樹。剣。そして未知の生物。
───あぁ、うんつまり、

「これなんてファンタジー?」

誰もいない廊下でぽつりと呟いた。




   □■□




「依都? そんなところで何やってるんだ?」
「あ、ツァ、ツァイ、ツァイベルさん」
「………そんなに噛むならキールでいい」
「キールさん」

ぽつんと立ち尽くしていたわたしに見かねて声を掛けたのはショップ部屋から出て来たキールさんだった。
さっき挨拶周りをしたときに『学生』と聞いてた親近感わいたけど頭の良さのレベルが違いそうなので、その親近感も一気に萎んだのがなぜか懐かしい。

「で? 何をやっているんだ?」
「あ、いや、なにも。その、パニールさんにご挨拶を………」
「ああ」

そう。わたしの中で今一番問題なのはここがファンタジーな世界であることよりもパニールさんのことだった。
こう言ってはアレだけど、喋る動物なんて見たことない。エプロンしてる動物なんて見たことない。なんなんだ、あの可愛い生き物は………! うっかり抱き留めようと手が伸びた。
だけど初対面でそんな馴れ馴れしい真似できない、と自分を自重したけれど、次はうまくいくかしら。さてはて。

「キールさんは、お買い物ですか?」
「あぁ」
「船内でお買い物って楽でいいですねぇ」

船は港に止めるにもお金が掛かるらしく(チャット船長がぼやいていた)、今はあまりお金のないこのバンエルティア号は、専ら港よりダンジョンに船を止めることが多いらしい。
だから、船内のショップは凄く有効に使われているみたい。

「どうだ、この船は」
「あ、はい。広くて、歩くとなると大変です」
「………やっぱりか」
「はい?」
「お前も体力なさそうだからな」
「………『も』?」

首を傾げると、キールさんは無理矢理咳払いをして話題を変えようとした。
まぁ、体力無いことなんて続ける話題でもないからわたしはキールさんのそれに乗っかる。
すると、彼から一本の棒を渡された。

「………?」
「杖だ、杖」
「はぁ、」

でもなんで杖?

「お前も記憶喪失なんだろ? 見たところ術師のようだから渡しておく」
「え、」
「なんだ、違うのか?」
「いや、その、わたしの場合、記憶喪失と言うには語弊があるというか」

まごまごと戸惑ったように呟けば、キールさんはきゅっ、と眉を寄せた。
あああ、だって、わたしは記憶喪失なんかじゃないんだよ!
そんな呆れ気味な顔されたってわたしも困るの!

「わたしが居たとこはこんなにファンタジーじゃなかったんだよ」
「『ファンタジー』?」
「魔法なんて無かったし、世界樹もなかった」
「は?!」
「いや、そういうのが登場する物語はあったけれど、本当に人がそれを使えることはなかったんです」

説明するとキールさんは更に眉間に皺を寄せ、それから深いため息を吐いた。
う、うん………?

「どうしてそういう重要なことを言わないんだ」
「いや、初対面でしかも自己紹介の場でそこまで言うのは、」
「で、それは誰が知ってるんだ?」
「………キ、キールさん、だけ」

他の人に言うタイミングが掴めなくて、と言えば、キールさんはまたため息。

「あ、あの、キールさん」
「なんだよ」
「信じてくれるんですか? ディーヴァくんの記憶喪失とか、イマイチな反応してたって聞いてたんですが、」
「………信じてはない。でも、お前にとっては『真実』なんだろ?」
「はい」
「記憶喪失より厄介じゃないか」
「………?」
「戦闘に関して、ディーヴァは自分の感覚でやっていけてる。でも、お前はそうじゃないんだろ?」

戦闘。
普段聞かない物騒な単語にきゅっと口を閉じた。
え、誰と戦うの、何と戦うの。意味わかんない。

「………仕方ない」
「え、何が、ですか?」
「仕方ないからお前の戦術指南は僕がしてやる。僕は忙しいから、1回で覚えろよ」
「はい! ………ん?」

え、戦術指南?
元気良く返事をしたけれど、それはわたしの首を絞めることだったということをこの時はまだ気付いてなかった。



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