ユーリさん(ローウェルさんって呼んでたらデコピンされた)、エステルさんの親睦会のためついに話し合いが出来ず、クラトスさんやコレットとゴタゴタしていた例の一件の日がやってきてしまった。
ホールでおろおろとしていると、リフィル先生に名を呼ばれたので、力なく歩いて彼女の傍へ行くと、ぽんぽんと頭を叩かれる。
「リフィル先生?」
「クラトスから聞いたわ。ディーヴァに対しての配慮が足りなかったわね」
「え、あ、」
「そうね。今回の依頼は、ディーヴァの耳に入れるべきではないわ」
「ごめん、なさい」
わたしが勝手に気にしていることであって、そんなの、リフィル先生達が気に病むことじゃないのに。
「名実ともに立派な母親ね」
「リフィル先生、」
「あの子には、貴方ぐらい甘やかしてくれる存在が必要なのかもしれないわ」
「?」
「あの子───ディーヴァは、記憶がないのでしょう? でも、日常生活には支障がない。だからみんな、彼に配慮しない」
「………記憶がない人に、配慮はしなくちゃいけないんですか?」
「いけないことはないけれど、ディーヴァにとって貴方は『特別』でしょう?」
特、別………?
「記憶の無いあの子がどうして貴方とクラトスだけを特別視しているかはわからないけれど、彼にとってはそれが拠り所のようにも見えるでしょう?」
「ふぇ、」
「だったら、貴方だけはディーヴァのことを中心にしてあげて」
ぱちり、と目を瞬く。
え、えと、つまり?
「特別扱いするわけじゃないわ。だけど、ディーヴァは無茶をするようだから」
「………それって、ずっと重要任務を受けていること、ですか?」
「えぇ、それもそうね。───それ以上に、彼はよく働いているでしょう? だから、あの子には貴方が必要なのよ」
「わたしという、ストッパーが?」
そう、と笑ったリフィル先生は、またわたしの頭をぽふぽふと叩いた。
「じゃあ、ディーヴァが帰ってくる前に行ってくるわ」
「あ、はい。───行ってらっしゃい」
ディーヴァくんはクエスト中だ。
リフィル先生は機材と、クラトスさん、ロイド、コレットを伴ってバンエルティア号を出て行った。
□■□
「依都」
「うわぷ」
「回復術をまとめておいた。後は自力でどうにかするんだな」
じゃあ僕は忙しいから戻るぞ、とキールさんは少し分厚い冊子をわたしに投げたらまた居なくなった。
えぇ、なあに、これ。
回復術をまとめた………?
っ、いけないっ。
「まだ字が読めないこと伝えてない………!」
キールさんの優しさが詰まった冊子を抱えて固まる。
ど、どうしよう、どうしよう。
「依都? どうしたんだ?」
「っ、ルーク」
「………………」
「えぇ、なんで照れるの、ルーク」
「いやだって、改めて呼ばれると嬉しいなって思ってさ」
「? そう?」
首を傾げるとルークは納得したように大きく頷いた。
そ、そんなに珍しいかな、呼び捨て。
あ、いや、珍しいんだけど、でもなぁ。
「で、どうしたんだ?」
「これ、キールさんが回復術についてまとめてくれたらしいんだけれど、その、わたしはまだ読めないから、」
「読めないって、字をか?」
「うん、そうなの」
冊子をきゅう、と抱きしめていると、ルークがにんまりと笑った。
「俺が教えてやるよ」
「え?」
「だから、文字」
「ルークが? 本当?!」
任せろ、と言ったルークはきらっきらしい笑みをわたしに向けてくれる。
やった、嬉しい!
手放しで喜べば、ルークに甲板に上がろうと言われたのでルークの背に続いて甲板に上がった。
「えーと、中範囲中回復術、ハートレスサークルからだな」
「ハートレスサークル、」
「自分を中心に中範囲を回復する術だから、対象に近付く必要がある。だけど、前衛に近付くと言うのは敵に狙われる可能性もあるから気を付けること」
「うん」
きゅ、と急いで取りに行った杖を握りしめ、すうっと息を吸った。
───わたしを中心に、中範囲。
キールさんがまとめたそれを読み上げるルークの声を聞きつつ、集中力を高める。
ふわり、暖かい光が周りに集まった。
「ハートレス、」
「お母さん、ただいまー!!」
「わああ!」
集中力が切れたためにぱしゅり、と光が消える。
後ろからディーヴァくんに抱きつかれたからだ。
ぽかん、と口を開けて固まるルークを見つつ後ろを振り返れば、ディーヴァくんはむすりと口を尖らせている。
………?
「お母さん、クエスト行っちゃいけないのに魔法使ってる」
「え、あぁ、練習中ですよ」
「む、」
「ディーヴァくんとクエストに行くための準備ですからねぇ。許して下さいね」
えぇ、と不満を漏らしたディーヴァくんは何か思い立ったようにぱっとわたしから手を離した。
ん、なんだろう。
「チャットにお母さんとクエストに行っていいか、聞いてくる!」
「ディーヴァ、俺は?」
「いーよ、ルークも行こう」
そう言って甲板から中に入っていったディーヴァくんを見送って、ルークと顔を見合わせた。
「忙しねぇな、アイツ」
「あぁ、確かに」
「ま、らしいっちゃ『らしい』か」
そうだね、と苦笑するルークに笑みを返した。