大人って怖い



ふと目が覚めた。
やけに熱く感じる右手を見れば、黒い何かが視界に入る。
ラルヴァを浴びてから悪くなった体調からか引きつった声が上がるが、その黒い物体は微動だにしなかった。
よくよく目を凝らせば、その物体は黒髪の少女。至って普通の少女である。
───ここは、どこだ?
俺の手を握り締めたまま軽く顔を伏せて眠っていた少女は起きる気配もなく、現状が把握できなかった。

「───おや。起きましたか」
「っ、」
「私はジェイド・カーティス。グランマニエ皇国軍大佐を務めています。そして今眠っている彼女は依都」
「グランマニエ、」
「貴方の名前を伺っても?」
「………………アッシュだ」

名を呟くにも体力を使う。
はっ、と息を吐いて、身体を起こせば、ぴくりと少女───依都が動いた。
それでも依都は目を開けることなく、すぅ、と静かな寝息が聞こえる。

「さて、貴方がジャニスを追っている事情をお聞かせ願えますか?」

グランマニエ皇国軍大佐を名乗ったそいつは、きらりと眼鏡を反射させた。




   □■□




「起きなさい、依都」
「っ、」
「そんな体勢で眠っていたら、身体を壊します。ほら、医務室から出ましょう」
「ふぇ、大佐さん?」
「えぇ、私です。ほら、立って」

するり、と握っていた彼の手から手が離れる。
大佐さんに促されて立ち上がり、それこそ変な体勢で眠っていたためか、背中がバキバキと鳴った。

「彼の名はアッシュ。貴方より年下ですよ」
「へ、」
「さぁ、行きましょう」

アッシュさん………アッシュくん? に背を向けて医務室を出る。
背中に大佐さんの手があって、そのまま促されるままに廊下まで歩いた。

「あー、なんでジェイドとお母さんが一緒なの?」
「………本当にそう呼んでいるのだな、ディーヴァ」
「ん、うん。いけない?」
「いや、悪かねぇけど」

黒髪の美少女と若草色の少年の相槌にきょと、と目を丸くしたディーヴァくんは、そのままてててっとこちらに走ってきた。

「お母さん、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。えと、あ、はじめまして、依都です」
「私はクロエ・ヴァレンス。宜しく頼む」
「俺ぁ、スパーダ。スパーダ・ベルフォルマだ」

ヴァレンスさんとベルフォルマさん、ね。
よし、覚えた。覚えた。

「お母さん、2人とクエスト行ってくるね」
「はい、気を付けて下さいね」
「ん!」

元気良く頷いた彼は、にこにこ笑いながらバンエルティア号を出て行った。
若いっていいなぁ。

「1つ、面白いことがわかりました」
「え?」
「アッシュのことです。あの体調不良は、ラルヴァを浴びてから起こったそうですよ」
「っ?! それ、それって、」
「えぇ。簡単には認められませんが、ラルヴァが起因している、と言っても良いでしょう」
「………そこに、ディーヴァくんがラルヴァを怖がる理由もあるんでしょうか」

アッシュくんがあんなに苦しんで眠っていたのがラルヴァの所為であるのなら、それをディーヴァくんが肌で感じ取っていたとも考えられる。

「そこまではまだわかりません」
「そう、ですよね。すみません」
「もっと深く調べればわかるかもしれません」
「………はい」
「さて、ラルヴァの話よりも貴方の話ですよ、依都」

わたし?
思わず首を傾げる。
くす、と笑った大佐さんはゆっくりと口を開いた。

「貴方の体調不良もラルヴァの所為と?」
「わたしのこれは体調不良ではなく皆さんの過保護と心配性の所為です」
「なるほど、上手いですね」
「上手くありませんよ。皆さん本当に心配し過ぎなんですってば!」

思わず声を上げて言えば、大佐さんは笑みを噛み殺せなかったのか、くく、と、肩を震わせて笑った。

「も、もう、大佐さん!」
「それだけ元気でしたら心配ありませんね」
「はいっ」
「………ディーヴァが荒れる原因になりますから、くれぐれも自愛して下さいね」

赤い瞳が細められたので黙ってこくこくと頷いた。
うう、大佐さん怖い。

「しばらくは大人しくパニールさんのお手伝いしてます」
「えぇ、是非」

上に立つ人って怖い。
そんな言葉を飲み込んで、わたしは宣言通り食堂へと足を向けるのだった。



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