チキンですから



ぴた、と冷たい何かを口に添えられ、僅かに開いたそこから何か注がれた。

「苦ッ!」

カッと目を見開けば、ボトルを片手に持ったバークライトさんが視界に入った。
細い目を更に細くして笑ったバークライトさんに身体を支えられていることに気付いて自分でちゃんと身体を支えて座り直すと、アルベインさんが何かペンを走らせていて、ディーヴァくんは一番離れた場所でうんうんと唸っている。
………?

「許しまじ、ナディ! お母さんを傷付けるなんて………!!」

呪ってやるー!! なんて鬱憤をはらすような声で言われ、わたしはぽりぽりと頬を掻いた。
あぁ、そうだ。後ろからやられたんだっけ。
再びうんうんと唸りだしたディーヴァくんの後ろ姿を見て苦笑しながら、バークライトさんが持っているボトル───ライフボトルをじぃと睨んで少し前の時間に思いを馳せた。




   □■□




アメールの洞窟の最奥にやって来たはいいけれど、そこにはナディと思われる人たちが居た。
少しだけ物陰に隠れて、だけれど、いつまでもそうしているわけにもいかなくなり(だって資料が焼かれちゃう!)、ナディの前にアルベインさんとバークライトさんが立ちはだかる。
遅れて立ったディーヴァくんが、2人の間に立ってナディの人達と対峙した。
わたしは3人の後ろに立ち、緊張からなのか恐怖からなのかわからない震えを抑えようと、杖の柄を強く握る。

「おまえ達、ナディだな」
「ほう、我々を知っているとは!! 貴様ら、ジャニスの手下か?」
「違う。僕達はギルドの者だ」
「ふん。ギルドの者など用は無い」

ナディの人達が持っている剣を見ると、少しだけ背筋が凍った。
ううう、怖いよう。

「ここは焼き払う。さっさと去れ!」

や、焼き払われると困るっ
ラルヴァは、ディーヴァくんの『恐怖』の対象なんだから。
今回の重要任務はラルヴァの生成方法を探ること。つまり、ディーヴァくんの『恐怖』が何であるのか手掛かりが掴めるかもしれないのにっ!

「そうはいくか。おまえ達が集めてる資料に用があるからな」

そうだそうだ、と心の中でバークライトさんに続く。
残念ながら口にする度胸はない。

「まさか、おまえらはラルヴァを手に入れる為に来たんじゃないだろうな。………ラルヴァをこれ以上作らせてたまるか。あれは、あってはならないものだ」

それはその通りだと思う。

「既に軍事に利用しようと動いている国もある。このラルヴァを強く浴びて、体調の異変を訴える者だっているんだ」
「ラルヴァなんか興味ねえが、おまえ達のやり方も気に食わねえ。───とにかく、その資料を手に入れるのが、俺達の仕事だからな」
「そうか。ならば、始末するまでだ!」

え、なんで?
どうしてそこで、『始末すること』にまで話が飛んじゃうの?
そう思っていると、ナディの1人が口笛を吹いた。
その刹那、後ろから魔物が現れる。

「っ!」
「スペクタクルズー!」

ちょ、ディーヴァくん、その調べ方気が抜けますから!
即座にスペクタクルズを使ったディーヴァくんにほっとしつつ、魔物───ネガティブファングから距離を取る。
ディーヴァくんとアルベインさんが走り込んだのを見、バークライトさんが弓を構えたのでわたしも震えを抑えるよう杖を構えた。
平常心、平常心。
そう言いながら杖先にマナを集める。
───しかし、

「お母さん、後ろっ!」

ディーヴァくんの声に反応して後ろを振り向いたけれど、それは遅くて、わたしはネガティブファングに後ろから不意を衝かれて意識を失ったのだった。
ライフボトルは所謂気付け薬。
いや、匂いがキツいとかじゃなくて、味が苦いだけなんだけれども。
バークライトさんの手の内のライフボトルにはまだ中身が残っている。
だけど、あれを飲み干す勇気も、わたしにはなかった。

「ディーヴァくん」
「ん?」
「せっかく声を出して警告してくれたのに、反応しきれなくてごめんなさい」
「………お母さん、怪我は?」
「大丈夫ですよ」

ライフボトルから目を逸らしつつ、何やら云々唱えていたディーヴァくんはてててー、とこちらに走ってきた。

「ところでアルベインさんは何を?」
「生成方法を書き写してんだ」
「はぁ」

理由は、資料をそのまま持って帰ったら泥棒だから、らしい。
………え、えーと、この際、著作権は無視すべき?
学会に発表しなければ盗作にはならないって感じ?

「終わったよ。さぁ、帰ろうか」

そう言ったアルベインさんは書き写したばかりの資料のコピーをバークライトさんに渡して、わたしに背を向けてしゃがみ込んだ。
………?

「依都は病み上がりだからね。僕が負ぶって帰ろうって話しになったんだ」
「えぇ?!」
「お母さんに向かってきた敵は俺が倒すから、お母さんは安心して俺の背を見ててね!」
「ちょ、ディーヴァくん?!」
「じゃ、俺はディーヴァのサポートに入るか」
「バークライトさん!」
「さ、依都。乗って」

3人の計画にわたしが逆らえるはずもなく、アルベインさんに負ぶわれてバンエルティア号に帰った。
───うぅ、リフィル先生に怒られそう。
実際には『怒られる』で済まないなんて、今のわたしには知らないことだった。




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