いつの間にやら



さらりと頬を撫でられる。
それは、人の手ではなく、なにやら堅くて、でも柔らかいようにも感じるちょっとよくわからないもので、だ。
ふるりと睫を震わすと、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
かさ、と耳元で聞こえたので、右側に視線を向けると、緑が見える。
───葉っぱ?
そこに手を持って行けば、木の枝を一本、ぽきりと手折ったものが置いてあった。
………こんなもの、一体、誰が。
身体を起こして枝を手に取る。すると、何やら光の玉がふわふわと枝から飛び出てきた。
それはわたしの周りにまで飛んで、ぱちんぱちん、と音を鳴らしながら弾けていく。
そしてそれはわたしの中に入ってきて、心身ともに暖めた。
え、え? 何なんだろう、これ。
光の玉はもう出ない。枝はただ葉を付けた手折られた姿を保っている。
する、とその葉を撫でてみたところで、何も変わらなかった。

「なんだろ、これ」

枝をついと持ち上げて眺めていると、しゅ、とスライドしたドアの音に視線を向けると、クラトスさんがそこに立っていた。

「起きたか」
「クラトスさん?」
「………どうにかしてくれ」

そう言ってクラトスさんが指したのは己の腰。
そこにはひしりとディーヴァくんが引っ付いていた。




   □■□




起きているわたしの姿を見て、ディーヴァくんは満足したのかにっこり笑って走り去っていってしまった。
あれ、あれ?
なんかちょっと拍子抜け。抱き付かれるか何かするかと思ったけど。
………はっ!
ちょ、ちょっと待とうか、わたし。
それってつまり、名実ともに『お母さん』になってきたってこと?!
いやいや、あれは単なる呼称であって………とか言い聞かせてる時点で末期か。こりゃ駄目だ。

「身体はもう大丈夫か?」
「あ、はい。すっかり元気、です」
「そうか」

唯一部屋に残ったクラトスさんは、壁に背を預けるように立っていた。
うう、なんか視線が鋭いような気がする。

「………その枝は」
「え、あ、起きた時には枕元に置いてあったんですが、えと、」
「………………貸してみろ」
「あ、はい」

かつん、と床を蹴った音が室内に響く。
両手で枝を持ち上げてクラトスさんに渡せば、クラトスさんの視線はより一層厳しいものとなる。
え、なん、え?
誰かが持ってきた枝じゃない、の………?

「クラトスさん………?」
「やはりそうか」
「?」
「───依都」
「はい」

きしり、とベッドが軋んで声を上げる。
クラトスさんがベッドに座ったからだ。
ふと、視線が近くなる。
何事かと首を傾げれば、枝を渡し返された。

「え、と」
「大切に持っていろ」
「え、」
「いや、部屋に飾るだけで充分か」
「え、え?」
「それが何の枝か、わかるか?」

ふるふると首を横に振る。
そんなの、1つの枝を見ただけでわかったら苦労しない。

「クラトスさんは、わかるんですか?」
「あぁ」
「………教えては、くれないんですか?」
「何れわかる」
「何れって、」

いつですか、なんて聞けなかった。
きゅっと口を閉じて黙していると、ドアがノックされる。
この場合、わたしが返事するの? クラトスさんがするの?
え、あ、どっち?

「開いている」
「失礼する」

木の枝片手にオロオロしていたわたしを見かねたクラトスさんが応えると、しゅん、とドアが開いた。
そこに居たのは、白髪の少年。
あれ、だれ………?

「ディーヴァから目が覚めたと聞いたので挨拶に来た。俺はセネル・クーリッジ。グランマニエ皇国海軍から業務委託された民間のマリントルーパーだ」

ま、まりんとるーぱー?

「海上活動の専門家が必要だと言われてこのギルドに派遣されたんだ。宜しく頼む」
「うぇ、あ、はい。依都です。こちらこそ、宜しくお願いします」
「………ディーヴァの両親だと聞いたんだが、」
「誰ですかそんな嘘言ったの」
「やっぱり嘘か。………イリアが言いふらしていたぞ」
「あぁ、やっぱり、アニーミさん!」
「後、アニス」
「アニスちゃんまで………!」

あああもう、頭痛い!
百歩譲ってわたしがディーヴァくんの『母親』であることは良い。いや、良いとしよう。
───だけど。
だけど、クラトスさんにとっては本当は迷惑なのかもしれない。
ちらりと隣に座るクラトスさんを見上げると、クラトスさんは相変わらずの無表情だった。
ううん、これは判断しにくい。
………あれ?

「ちょ、ちょっと待って下さい。アニーミさんとアニスちゃん、一体『誰』に言っているんですか?」

クーリッジさんだけなら『言いふらす』なんて言わない。
じゃあ、一体誰に───?

「依都」
「はい?」
「………ギルドに人が増えた」
「ふぇ?」
「そうだな、俺を含め7人ほど」
「え」

クーリッジさんを含めて7人………?

「ちょ、ちょっと待って下さい。わたし一体何日寝てたんですか?!」

くんとクラトスさんのマントらしきそれを引っ張る。
するとクラトスさんは長く深いため息を吐いた。

「ク、クラトスさぁん」
「5日だ」
「いつ、」

いつか。いつか? 5日!
眠るにはあまりにも長い日数日数、わたしは頭が痛くなった。
そりゃあ、人も増えるわけだよ。

「1人1人誤解を解いていくのは骨が折れそうです………」
「手伝おうか?」
「ありがとうございます、クーリッジさん」

どうやらわたしの前線復帰はまだ先らしい。



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