息子くん、暴走しました



バンエルティア号の改装が終わった。
今まで行けなかったような遠い場所も行けるだって。
うわぁ、すごいすごいっ!
甲板でぴょこぴょこ跳ねると、隣にいたディーヴァくんもぴょこぴょこ跳ねた。
そうしてわたし達の後ろに居たアウリオンさんに深いため息を吐かれるのである。
あう、確かに子供っぽいか、この反応は。
でも、船が良くなるのって喜ばしいことだよね。

「お母さん、お父さんが感動してない」
「面に表してないからって必ずしもそうとは限りませんよ?」
「………そうなの?」

ちら、とディーヴァくんがアウリオンさんを見上げる。
それでもアウリオンさんは黙したまま答えない。
そんなアウリオンさんにご立腹したのは当然ディーヴァくんで、ぷく、と頬を膨らませて、懐から紙を取り出した。

「そう言うわけで」
「どういうわけだ」
「いーのっ。お父さんと仲良くなるために、3人でクエストに行こう!」

………ん?

「ディーヴァくん、『3人』でって?」

恐る恐る聞いた。
まさか、この流れは。
いやでも、それが絶対なわけじゃないし。
いやだけど、この子だからなぁ。

「俺とお父さんとお母さんの3人!」

ですよね。




   □■□




ディーヴァくんが持っていたクエストは、ゲコゲコを倒すというものだった。
8体倒せばいいものを、未だサンゴの森をうろうろさ迷っているのにはわけがある。
───ディーヴァくんが納得してないから。
そう、ディーヴァくんの中でこのクエストは『偽親子、仲良くなろう大作戦』なのだけれど、ダンジョンに入ってから、ほとんど会話がないのだ。
これでは仲良くなったとは言えない。それはわかる。
だけど、

(わたしは2人ほど体力がないって理解してもらえてるかな?)

いや、この様子じゃあないんだろうな、と思う。
今はまだ大丈夫だけれど、この早さで戦っていたら、確実にバテるだろう。
ふ、と静かに息を吐いて足に力を入れると、すっと頭上に影が出来た。

「あ、えと、何か?」

ほぼ真上から、アウリオンさんがわたしを見下ろしていた。
その不機嫌にも見える瞳に射抜かれて、きゅう、と肝が冷える。
え、あれ、あれ、なあに。わたし、何かした?!

「あ、あの、アウリオンさん………?」
「───ディーヴァ」
「なに、お父さん」
「ペースを落とせ。依都がついてこれなくなるぞ」
「それは困る。お母さん、おにぎり食べる?」
「いや、なんでおにぎり。すみませんね、ディーヴァくん。わたし、体力無いんですよ」

先を歩いていたディーヴァくんはもっぎゅもっぎゅとおにぎりを頬張りながら首を傾げた。
口の周りに米粒付けたディーヴァくんに苦笑しつつ、頭上に視線を上げる。
アウリオンさんはまだこちらに視線を向けていた。

「あの、助言ありがとうございます」
「礼を言われることではない」
「あ、でも、」
「お父さんはおにぎりは?」
「要らん」
「えぇ、せっかく俺が作ったのに………」

もぎゅもぎゅと3つ目のおにぎりを頬張るディーヴァくんに、すっと身体を動かしたアウリオンさんが静かにため息を吐いた。
これじゃあディーヴァくんだけが休息してるみたい。
いや、わたしとして足を止めてくれただけでも有り難いんだけど。

「でもなんでディーヴァくん、おにぎり食べてるんです?」
「お母さんの負担を減らすため」
「え?」
「おにぎりは確か、体力回復だったな」
「どこか怪我したんですか?!」

慌てて聞けば、ディーヴァくんはのんびり首を横に振って答えてくれた。
え、じゃあなんで『おにぎり』………?

「まだ料理はそれしかできんと言うことか」
「へ?」
「あ、お父さん、バラしちゃ駄目!!」
「あの………?」

話が見えないんですけど、と言えば、ディーヴァくんはほんのりと頬を赤くして、つんと口を尖らせた。

「いつかお母さんが作るぐらい美味しい料理が作れるように、練習してて作りすぎたのっ!」

え………?
言われた言葉をゆっくりと噛み締める。
誉められた、憧れられた、そんな対象になることなんて今までなかった。
あ、と思った時には遅く、頬も耳も首も赤く染まる。
あつい、あつい!

「お母さん?」

やめてやめて呼ばないで、恥ずかしい………!!
トマトを思わせるぐらい真っ赤になったわたしを、ディーヴァくんが首を傾げてじっと見てきた。

「お父さん、お母さんどうしちゃったの」
「照れているだけだ」
「お母さん、照れてるの?」

もきゅう、と赤くなって逃げたくなる。
アウリオンさん、現状把握し過ぎ………!
そしてディーヴァくんは空気読もうか………!!

「ねーえー、お母さん、なんで照れてるの?」
「………聞いちゃいけないことも有るんですよ、ディーヴァくん」
「えー、よくわかんない」
「ディーヴァくん………」
「あ、そうだ。これなら聞いていい?」
「へ?」

ぱち、と目を瞬くと、ずいっと顔を近付けてきたディーヴァくんはにっこりと笑って爆弾を落とす。

「お母さんはなんでお父さんのこと名前で呼ばないの?」
「────………」
「呼ばないの?」
「あ、」

え、と二の句が継げずに固まる。
え、え?

「ゼロスだって名前で呼ぶのに、なんでお父さんのことは呼ばないの?」
「そ、れは、」
「………依都」
「ふぁ?! え、なん、何ですか?」

低い声で名前を呼ばれる。
聞き返したところでアウリオンさんはそのまま黙ってしまった。
だけれど、わたしをじっと見るその目には、諦めの色が見える。
───そう、諦めの。

「ディーヴァくん、」
「なあに?」
「心配しなくても仲良しだから大丈夫ですよ。ね、アウ………クラトスさん」
「………ああ」
「へへ、そっか。そっかー!! じゃあ今日の作戦は大成功だね!」

いや、名前呼びするだけで大成功なら船の中でも良かったんじゃないの………?
そう思ったのはわたしだけじゃなく、クラトスさんもそうだったらしく、斧を片手にぴょこぴょこと跳ねるディーヴァくんを見て、それから視線を合わせると、ふぅう、と深いため息を吐くのだった。



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