悪気はないんです



お母さんサンゴー、とまるでわたしがサンゴみたいな言い方をしたディーヴァくんに苦笑すると、後ろから肩にズシッと体重を掛けられた。
すこし振り返れば、見えたのは赤い髪で、だけれどそれはこの間クエストに行ったルークのものとは別のもの。

「依都ちゃんも大変だねぇ、あんな息───いでっ!!」
「お母さんが汚れる」
「あいた!!」
「………ディーヴァくん、採取したサンゴは投げちゃいけません」

ワイルダーさんの顔面に赤サンゴを、その反動で背を向けたのでそれを狙って桃サンゴを投げつけたディーヴァくんに、わたしはそう突っ込むしか出来なかった。

「お母さん、ウルフ来たよ」
「あ、はい」
「ちょ、俺様を放置しないでよ」
「じゃあ働きなよ、ゼロス」

冷たい声と冷たい視線をワイルダーさんに向けたディーヴァくんはしゅっ、と鞘から剣を抜いた。
今日はどうやら剣士な気分らしい。
いてて、と大袈裟に言うワイルダーさんも鞘から剣を抜いて、ウルフに切っ先を向けた。
………なんでわたし、この2人とクエストしに来たんだっけ………?
ぽりぽりと頭をかきながら、数時間前に思いを馳せた。




   □■□




ルーク達とのクエストが終わった後、早速ティアに状態異常と回復の両方を兼ねている術を教えてもらうことにした。
術の名称は「メディテーション」。
詠唱も短くてしかも中回復、そして状態異常解除という使い勝手が良すぎる術。
ティアが懇切丁寧に教えてくれたので、わりと早く習得できた。
それを近くで見ていたのが1人。言わずもがな、ディーヴァくんだ。
うっすら頬を赤く染めたディーヴァくんは、「お母さん、すごォい。素敵ー。格好良いー」と誉めてくれるので、思わずこっちまで赤くなる。

「ティアの教え方が良いんですよ、ディーヴァくん」
「あら。教わり手がしっかりしてなきゃこんなに早く習得出来ないわ」
「ティア………」

社交辞令だとしても、ティアみたいな美人さんに言われたら恥ずかしいし照れ入ってしまう。
さらに頬を赤く染めててれてれしていると、こつこつと靴の音がした。
ふと視線を向ければ、見たことのない長髪赤髪さんがこっちに向かって歩いてきている。
ギルドの人、かな。それとも依頼者?

「ゼロス、なに?」
「いやぁ、お前がクエストやる同行者を捜してるって聞いたから、な。俺様もちょうど身体動かしたかったし?」
「………? ギルドの人、ですか?」

思わず呟くと、赤髪の人の視線がこっちに向いた。
う、なんか嫌な予感がする。
その視線から逃げるようにティアの背に隠れれば、その刹那、がしりと腕を掴まれた。

「っ、」
「まだ何もしてねぇって」
「お母さんから離れろ!」
「はぁ、その呼称は本当なんだな」
「あの、」
「ゼロス、その手を離してくれるかしら」
「やだなぁ、ティアちゃ───って刃物厳禁、刃物は!」

………刃物?
あれ、ティアって術師だよね? なのになんで刃物?
ふと思考の渦に意識を持って行くと、掴まれた腕をそのままぐいっと引かれた。

「俺の名はゼロス・ワイルダー。君を守るために遣わされた魔剣士さ」

ぐっと顔を近付けられてそう言われた。
あれ、あれ………?
なんか変だ。
ガイさんの時はむず痒さが身体を走ったのに、ワイルダーさんの今この時は、悪寒しか走らない。

「………………、」
「? 依都ちゃん?」
「あー、ティア。ワイルダーさんって、」
「生粋の女好きよ」

なるほど。
ぞわぞわと背中に走る悪寒に少しだけ顔をしかめた。

「ご存知の通り、依都と言います」
「お母さん、クエスト行こっ!」
「だから俺様も行くって、ディーヴァ。2人で行くよりは3人で、でしょ。そこはティアちゃんも納得するっしょー?」
「確かに、依都の盾をゼロスに任せるのなら安全かもしれないわ」
「そっか。お母さんに触らずにお母さんの盾になれよ、ゼロス」
「ちょ、俺様の安全は?!」
「え、え、え?」

と、取り残されている間に話は進んで冒頭に至るんだったなぁ、と柄を握り締める。
実は、メディテーションを使ってみたくて状態異常にならないか待ってるなんて内緒の話。

「お母さん、終わったよ!」
「はい、お疲れ様です。ファーストエイド」
「ありがと」

にへ、と笑うディーヴァくんの頭を背伸びして撫でれば、ワイルダーさんがそろそろと寄ってきた。

「依都ちゃん、俺様にも回復魔法掛けてくれる?」
「ゼロス自分でファーストエイド使えるじゃん」
「え、そうなんですか? 剣───物理攻撃も魔法攻撃も、さらには回復魔法まで出来るなんて(実は)格好良いですね、ワイルダーさん」

そう思ったことを口にすると、ワイルダーさんはみるみるうちに顔を赤く染めていく。
? え、あれ、なんか変なこと言った………?

「照れんな、キモい」

そんなワイルダーさんにディーヴァくんがずぱっと斬ってしまった。
あああ、

「ディーヴァくん、そういうのは思ってても言っちゃいけません………! じゃなくてどこで覚えてきたんですか!!」
「イリア」
「アニーミさん………!」
「ってか、依都ちゃんまで俺様のこと『キモい』とか思ったんだ………」
「あああ、すみません、ワイルダーさぁぁあんっ!」

しょんぼりとしたワイルダーさんの機嫌は、名前を呼ぶという行為で簡単に浮上した。
軽い、なんか軽いよ、ゼロスさんっ。
そしてあまりにもくだらないやり取りを長くやってしまったために帰りが遅くなり、パニールさんに怒られたのはまた別のお話。



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