今更な話だけれど、バンエルティア号の食堂は本当に学食みたいで、それぞれお盆に乗せられている。ワンプレートの時もあるから、給食みたいだ。
本来ならパニールさん直々にお盆を渡してもらって、それから席に着くのだけれど、わたしは何も持たずに席に居た。
否、居させられている。
左隣の角席には、ディーヴァくんがぷぅ、と頬を膨らませて座っていて、その正面にはカノンノさん、その隣にティア(と呼ぶように言われた)、そしてティアの左隣には顔を歪ませたファ、ファブレさん(ファブレ様?)が座っていた。
それぞれ徐に食事を始めていたけれど、わたしの前にまだそれはない。
───なぜなら、
「はい、依都。待たせてすまない」
わたしの分と自身の分をセシルさんが持って来、わたしの右隣に座る。
どうやらわたしの世話をすることが、セシルさんなりの償いなのだとわかったのは、大佐さんに告げ口をされてからだった。
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「ガイは生粋の使用人気質ですから、本人が満足するまで好きにやらせておけば良いんですよ」なんて大佐さんは言ったけれど、一般庶民なわたしにはぶっちゃけて言うならセシルさんの行動は理解不能。
怪我してても自分で出来るよ、と思うのであって、セシルさんの償いは大変むず痒いのだ。
出来れば辞めてほしい。一般庶民に『使用人』は居ない。つまり違和感だらけ。
今日で3日目だけれど、もう我慢出来ない。
「あのですね、セシルさん」
「なんだい」
「あの、その、」
正直迷惑です、なんて本人目の前で言えるはずのないチキンな日本人であるわたしは、結局今日もセシルさんの行為を止められないでいる。
あああ、どうしよう。どうしたら良いのっ。
「お母さん、大丈夫」
「あ、はい、大丈夫です。………あぁ、ディーヴァくん、口の周りが大変悲惨なことに」
見せて下さい、と言えば、フォークを口にしたままディーヴァくんが首を傾げた。
今日は懐かしい味がするナポリタン。あぁ、口の周りがケチャップだらけ。
何か拭くもの、と周りを探すと、あらあら、とパニールさんが飛んできて、ディーヴァくんの顔をきれいに拭いてしまった。
いや、全然悪いことではないけれど!
「パニール、ありがと」
「いえいえ。どういたしまして」
ふにゃ、と笑うディーヴァくんはいつも通りで、思わず安堵する。
うん、ディーヴァくんはこうじゃなきゃ。
いつまでもセシルさんを睨んでるわけにはいかないし。
「依都、食べないの?」
「あ、食べ、るよ」
「!!」
正面のティアに聞かれ、敬語も止めてと言われたのでタメ口にすれば、反応したのはファブレさんだった。
………? なにかな?
「依都………」
「え、なに、なんでティア、感動してるの?」
「!!!」
「依都、どうしてティアだけ呼び捨てで敬語じゃないの?」
「え、だって、ティアがわたしより年下だから………?」
首を傾げると、カノンノさんはぱちっと目を瞬いた。
それからまずティアを見て、わたしを見てくる。
「依都、いくつ?」
「18、だけど」
「俺より年上?!」
「え、年下、なんですか?」
最近の子はこれだからもう、って感じ。
素っ頓狂な声を上げたファブレさんはむすっとしてフォークを噛んだ。
あぁなんて行儀悪い、じゃなくて。
「え、と、何か問題がありますか………?」
「じゃあ、俺のことも『ルーク』な。んで敬語止めろ」
「ルーク、それじゃあ、命令じゃないか」
「う、いや、違ぇし! 命令じゃねぇからな、依都!」
「あ、えと、」
「お母さんはいいの、呼ばなくてっ」
返答に困るわたしに助け舟を出したのはまたむすりと膨れたディーヴァくんだった。
思わず視線を泳がす。
え、え、わたしにどうしろと?
「カノンノは『カノンノ』、ティアは『ティア』! でも、ルークとガイのことは呼ばなくていいの!」
「ディーヴァくん、」
「ご馳走さま、俺、カイウス達とクエストしてくる」
「あぁ、うん、行ってらっしゃい」
「待って、ディーヴァ。私も行くよ!!」
お盆を持って立ち上がったディーヴァくんを追うようにカノンノさんも立ち上がって、パニールさんにお盆を渡して食堂を出て行ってしまった。
ちょ、ここでわたしを置いていくの?!
あああ、でも全然食べきってないから2人を追いかけられないしっ。
「え、えーと、その、」
「いいのよ、依都。無理しなくても」
「う、」
無理はしないけれど、無理もしてないけれど、ファブレさんを呼び捨てにするのは如何かと思うんだよね。
だって、『やんごとなき』でしょ?
「依都」
「セシルさん?」
「出来れば俺のことも『ガイ』って呼んでくれると有り難いんだが」
「え、」
「駄目かい?」
かすかに首を傾げて微笑むセシルさんのイケメンっぷりに二の句が告げないんだけどどうしよう。
あ、いかん。頬が熱い。
「あ、えと、」
「うん?」
「ガ、ガイさんとルークさんで勘弁して下さい!!」
これ以上は心臓に負担が! と言えば、ガイさんもルークさんもティアもゆっくりと微笑んだ。