「馬鹿リンク! 死ぬかと思ったじゃない」
 飛び降りてすぐに、リンクが私を抱え込み、ちゃんと鳥を呼んでしっかりその背の上に乗ったおかげで死ぬようなことはなかったが、落下中の恐怖は筆舌に尽くし難いほどだった。
 なので当然、腕の中に私を抱えながら鳥を操るリンクを涙目になりながら私は罵った。
「結構怖がりなんだな、フィアは」
 鳥のいない私にとって空へ向かってダイブすることは自殺行為に等しい。よって、高所から身を投げ出すような行為に不慣れだ。怖くて当然だろう。
 そんなことは勿論リンクだって分かっているだろうに、反省した素振りもなく、それどころか嬉しそうに笑みさえ浮かべてみせる。これでは暖簾に腕押しだ。私は怒らせた肩をがっくりと落とした。
「もう……変わらないわね、リンクは。大人しくなったと思ったけど、本質は小さい頃の腕白小僧のままよ」
 昔のリンクは今以上に活発で、よく悪戯をしたりしては大人に怒られていた。いわゆる悪がきだったのだ。気付いたらすっかり好青年になっていたがまだまだ幼少の名残は多いようだ。
「そうかな?」
「そうよ」
「でもフィアは変わったよね」
 今度はリンクにそんなことを言われて、私は首を傾げた。
「そうかしら……」
「そうだよ。とっても表情豊かになった。出会った時、僕はフィアのことを人形かと思ったくらいだったのに」
 正直なところ、過去の自分については結構曖昧な記憶しかないのだが、言われてみれば、確かに昔はあまり感情の起伏が少なかった気がする。多分そんな感じだったから当時の自分のこともあまりよく覚えていないのだろう。
 でも、だからといって、いくらなんでも。
「人形はひどいわ」
「ごめん。でも本当にそんな感じだったから、どうしても笑って欲しくて、僕は君に色んなちょっかいをかけたんだ」
「そういえば散々あなたに振り回されてたわね、私」
 しかもそれについては現在進行形なのだが、その辺りのことは分かっているんだろうか。
「だからさ、君が今こうやって笑ったり怒ったりしてくれるようになったのが嬉しいんだ」
 もしかして、それでいちいち私が感情を大きく露わにするたびに嬉しそうに笑ったりしていたんだろうか。さっきのこととか。今までのことにしても、思い返すと心当たりがあるときがちらほら。
「……馬鹿」
 急に気恥ずかしくなって、憎まれ口を叩きながら私はリンクの顔が見えないように彼の腕の中でもぞもぞと身じろいで前へと向き直った。
 照れ隠しなのが丸分かりだったのだろう。リンクが耳元でふと笑う気配がして、私は赤面せざるを得なかった。
 まったく、人の気も知らないで……。

 おかげで頬に当たる風がやけに冷たく感じたのだった。



***



 リンク曰く『練習』を終える頃には、すっかり顔の火照りも冷めていた。
「フィア、付き合ってくれてありがとう」
 光の塔の上に降り立つなり、リンクはそう言った。
「うん。でもあれって、練習って言えるの……? ただの遊覧飛行だったような……」
 やったことといえば、ゆっくり旋回して、周囲の島々をぐるりと周ってきただけである。そもそもが練習に私の存在はいらなかっただろうに。
 私の最もな疑問に、しかし返ってきたリンクの答えは肩を竦める行為だけだった。実は練習に飽きたリンクのただの退屈しのぎだったのかもしれない。考えてみれば、そんな気がしてきた。
「さて、僕は部屋に戻って一眠りするかな」
 てっきりまだ練習をするのかと思ったら、寝るらしい。空に飛び交う鳥たちの数を見る限り、今日の儀式に参加する若者はみんな練習しているというのに、それいいのだろうかとリンクとの付き合いが長い私もさすがに思ってしまう。
「一眠りって、今からじゃそんなに寝る時間もないでしょう。別にこのまま起きてればいいじゃない」
「実は最近あんまり眠れなくて寝不足なんだ。まだ時間はあるし、少しでも寝ておきたいんだよ。儀式中に居眠りでもしたら大変だろ」
 そう言ってリンクは欠伸をする。
「今から寝たら絶対寝坊するわよ、あなたのことだから」私は確信を持って断言した。それにしても「あんまり眠れないだなんて、もしかして儀式に緊張してるの?」
 儀式当日だというのに、今から一眠りしようなどと言う人間にそんな可愛げがあるわけがないだろうと思いつつ尋ねると、案の定リンクは首を横に振り、眠たげな顔をかすかに顰めた。
「夢見が悪いんだ。同じような夢ばかり見てさ」
 その言葉に、私の鼓動が小さく跳ね上がった。私にも身に覚えがあったからだ。
「夢……」
「そう。だから少し寝てくるよ。フィア、また後で!」
 ただの相槌だと思ったのか、私のその呟きに篭められた意味に気付くことなく、リンクは梯子を伝って塔を降りると、騎士学校の方へと走り去っていった。
 それを見送る私の顔は、傍から見ればとても苦々しいものだったに違いない。



 最近になって見るようになった私の夢は、いつも誰かに何かを呼びかける夢だった。
 目覚めの時が来たのだと、大いなる運命があなたのもとを訪れるだのと――。
 悪夢でも何でもない、ただそれだけの夢。
 しかし私はたったそれだけの夢にいつも言い様のない悲しみと切なさを覚える。そのせいか、目が覚めたとき、何故か私の目元は涙で濡れているのだ。
 何が悲しいのか、切ないのか。それは分からない。
 もしこの夢に何らかの意味があるとするならば、はっきりと分かるのはただひとつだけ。
 夢はこれから何かが起きる兆候であり、その何かはもう直ぐ起きるということ――。
 
 私は不思議なことに、それを心から確信しているのだった。

 逃れられない運命の足音が近付いてくる。
 これは凶兆なのか吉兆なのか――私は寒気を感じて、自分の身体を抱きしめるように腕を組み、そっと目を伏せた。


  

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