澄んだ朝の空気に、どこまでも透き通る蒼穹。
 そんな空を鳥たちが大きく鳴き声を上げながら伸び伸びと舞う。その背には鳥と出会うべくして出会った対となる存在である人間の姿があり、みな巧みに鳥を操りながら上空を飛んでいく。
 色とりどりの鳥たちが飛び交う姿は幻想的で美しいが、この街――スカイロフトではそれは見慣れた光景であり、欠かせない日常の姿のひとつだ。

 だからそんなありふれたものを羨ましげに見上げる人間など、恐らくこの街には私ひとりくらいだろう。

 何故なら、私はスカイロフトの住民ならば誰もが出会うはずの守護鳥、ロフトバードを持たない唯一の人間なのだ。全くもって嬉しくない希少性である。
 そんなわけで空を自由に飛びまわる術を持たない私は、学校も始まらないような早朝に、私にとっては空に一番近い場所である光の塔の上で、スカイロフトの人々が鳥に乗る姿を憧憬と羨望の眼差しで見上げるのが日課となっていた。

 それにしても最近は早朝から飛んでいる鳥の数がいつもより多い。とりわけ今日は格段にだ。
 何かあったのかと首を傾げる私のいる場所に向かって、鮮やかな紅色の鳥が恐ろしくも凄まじい速度で滑空してくる。
 そのままこちらに突っ込むような勢いのそれに身の危険を感じて、私は慌ててその場にしゃがみ込むが、鳥はこちらに接触する直前に急停止して、地面につくすれすれのところでホバリング、そしてゆっくりと地面に降り立つ。
 呆れるほど見事な鳥の操縦だ。稀有な紅色の鳥に乗り、こんな真似をやってのける人物の心当たりは1人しかいない。
「おはよう、フィア」
 案の定、青空によく映える美しい紅色の鳥の背から聞こえてくる暢気な声に、私は溜め息混じりに当然の不満を告げる。
「リンク……! 危ないじゃない」
 咄嗟にしゃがみ込んだせいで地面についてしまったスカートの裾を払って立ち上がると、鳥の背から身軽に降り立ったリンクが、頭を掻いて誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべた。その後ろではリンクを乗せていた紅色の鳥が大きく羽ばたいて上空へと消え去っていく。
「ごめん。フィアの姿が見えたから、つい」
 つい、でこんなことをされては堪ったものじゃないのだが、リンクだから仕方ない、とすぐに諦める。最近ではすっかりなりを潜めたと思った彼の幼少の頃の腕白さは、こういう時に垣間見える。リンクらしいといえばリンクらしいのだが。
「仕方ないわね」結局、私は肩を竦める程度で許してしまう。どうにも私は昔からこの幼馴染には甘い傾向がある。そして理由の心当たりは多分にあるのだが、私はその理由を深く考えてしまう前にリンクへと疑問を呈する。「それにしても、寝ぼすけのリンクがこんなに早く起きてるなんて珍しいわね。何かあったの?」
 騎士学校では成績優秀なリンクだが、しょっちゅう寝坊するせいで悪い意味でも先生たちの覚えがめでたく、私やゼルダに叩き起こされるのがもはや習慣となっている。そんな彼がこんな早朝に起き出すなんて、明日は雨だろうか。つい天気が気になって空を見上げると、リンクは私の考えるところを察したのか、むっと仏頂面になる。
「フィア、失礼なこと考えてるだろ。僕だってたまには早起きくらいのひとつやふたつするさ」
「ひとつやふたつじゃなくて、毎日早起きして欲しいものね」
 じと目になって言うと、
「う……」いつも起こされている身であるリンクは反論出来ずに言葉に詰まった。「ほ、ほら……今日は鳥乗りの儀があるだろ? だから練習しようかと思ってさ」
 しどろもどろになってリンクは目を泳がせる。……誤魔化したわね。
 しかし深く追求したところでどうせこの筋金入りの寝坊癖が治るわけでもないだろう。素直にリンクの話に乗ってあげることにする。
「そういえば今日だったわね、鳥乗りの儀」
 道理でいつもより空を飛んでいる鳥の数が多いわけだと今更ながらに納得する。みんな朝早くから鳥乗りの儀の練習していたのだ。鳥乗りの儀は若い青年が行う儀式だし、鳥に乗れない自分にはあまり関係のない出来事だったのですっかり忘れていた。
「応援してくれるって言ってたのに、忘れてたの?」
 ちょっと非難するような目から逃げるように私は少しばかり目を逸らす。……そういえばそんな約束をしたような気もする。
「リンクがあんまりにものんびりしてるから、まだ先のことだとばかり思ってたわ」
「変に息張るよりいつも通りにしていた方が緊張しなくていいかなと思って。でもゼルダには口酸っぱく練習しろって怒られてさ」
 本人よりゼルダの方が気合入ってて参ったよ、なんてあっけらかんとのたまうリンクの鈍感さに私は呆れた。
 確かにリンクの鳥乗りの技術は卓越してるし、いつも通りにしていれば優勝だって目じゃないだろうが、そんな態度でいたら、いくら優しいゼルダでも怒るだろう。何せゼルダは今年の鳥乗りの儀の女神役。リンクのことを想いながら、優勝者に授けることになっているショールを一生懸命編んでいた姿を私は知っている。
 リンクだってゼルダのことは少なからず想っているのだろうから、少しくらいは察してあげればいいのに。まあリンクには言っても無駄だろうと本日何度目かの諦め。
「それで当日になって慌てて練習し始めたってわけね……」
「まあ、そんなところ」
「で、コンディションはどうなの?」
「いつも通りかな」
 リンクのいつも通りはつまりばっちりってところだろう。いつも通りにやれるならば、きっとリンクは優勝するだろうという確信を私は抱きつつ、不公平なものだな、とも思う。
 優勝しようと何日も前から必死に練習していた人もいるだろうに、リンクはそんな人たちの努力よりも上を平然と行ってしまう才能を持っている。
 決してリンクが不努力家というわけではないし、むしろ逆なのだが、人が3倍くらい努力しないと出来ないことを彼はその半分くらいの努力で成し遂げてしまう。要領がいいのもあるだろうが、これがいわゆる生まれ持った才能、天才というやつだろうか。
 学業にしろ剣の腕にしろ鳥乗りの技術にしろ、私はリンクほど『出来る』人間を見たことがない。それに付け加え顔立ちも幼さを残しつつも端整、相棒の鳥は幻とまで言われる稀有な紅族。これだけ見ると、なんという完璧なステータスだろうか。
 そんな恐ろしいほど嫌味な人間なのだが、お人好しでちょっと抜けているという愛嬌のある性格のおかげで他人に好かれやすい。あえて完璧すぎない部分があるというのがあざとい。矛盾するけどもう色んな意味で完璧だ。その上、幼馴染にはスカイロフト一の美少女であろうゼルダがいるという。
 これはやたらリンクに突っかかるバドの気持ちも分からなくはない。とはいっても、彼が一番気に喰わないのはゼルダと一緒にいることだろうけど。
「不公平というかもはや理不尽の域よね……」
「何が?」
 しかも本人は何も分かってない。
「……何でもないわ。それよりもこんなところで油を売ってていいの? 練習中だったんでしょう」
「それはそうなんだけど、……あ、せっかくだから練習に付き合ってよ」
「……リンク。鳥のいない私がどうやってあなたの練習に付き合うのよ」
 鳥のいない私――。
 いつか絶対に出会えると励ましてくれる人もいるが、もう仕方ないことだという諦めの境地に達している私は、卑下するわけでもなくごく自然にそう言った。
 リンクもそんな私を理解しているからか、私の言葉を特に気にした様子もなく、それどころかにっこりと笑ってみせる。
「どうやって、だって?」
 気のせいだと思いたい、不穏な笑顔。
「え?」
 がしりと腕を掴まれ、戸惑う私。
「こうやって、だよ!」
 リンクは私の腕を掴んだまま、勢い良く走り出す。
 光の塔のすぐ後ろは、崖になっている。崖の下にあるのは広大な空と分厚い雲だ。このまま走ればどうなるかなんて、結果は見えているだろう。
 運動神経も腕力も並でしかない私はリンクの腕を振り払うことも出来ず、そのままリンクに引っ張られ、そのまま2人揃って塔の上から、雲海へと飛び降りる派目になった。
「リンクの、馬鹿ぁあああ!」
 落ちる間際、顔を真っ青にしてそう叫んだ私を責められる人間は、きっと誰もいないだろう。


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