「本当にゼルダはこの神殿の中にいるのか……?」
 森の奥にある神殿に足を踏み入れたリンクが、ついそう漏らしてしまったのも仕方が無いだろう。
 盗掘防止なのか、数々の仕掛けが施されている上に、魔物が我が物顔で闊歩している。
 こんな場所にゼルダがひとりで入り込んだとは、にわかに信じがたい。
「魔物の気配が濃すぎてゼルダがどこにいるかは正確には分からないけど、間違いなくこの神殿の中にはいるはずよ」
 ほとんど独り言のようなものに過ぎなかったリンクの呟きに、フィアはわざわざ律儀にも剣の中から出てきて応えた。実はいちいち実体化せずとも声だけでサポートすることは出来るのだが、フィアは戦いの最中でもない限りはこうやって出てくる。
「その言葉を疑うわけじゃないけど、人が通った形跡なんて全然ないよ。誰かとすれ違う気配もないし、別の通路でも通っていったかな」
 と、そうは言ったものの、しらみつぶしに仕掛けや隠し通路などの見落としがないように慎重に進んできたが、別の通路なんて特には見当たらなかったし、人が通っていない証拠のようにクモの巣があちこちに張っていた。
 キュイ族の証言や正確性のあるフィアの助言からするに、まず間違いなくこの神殿にゼルダが来たはずだが、もしかしたらもう外に出て行った可能性も無きにしも非ずだ。
「この天望の神殿は女神様に所縁のある場所。そしてゼルダは女神の加護を受けた巫女。彼女だけが通れる通路があるのかもしれないわ」
「結局、何も分からず手がかりはなしか。フィアのダウジングもここだと当てにならないし、とにかく神殿の中を隈なく歩き回るしかないな」
 魔物の気配が濃すぎて、その中からゼルダを捜し出すことは困難な状況なのだ。ダウジングが使えるならあてにさせてもらうところだが、使えないなら仕方ない。そこにフィアを責めるような意図は無く、軽い気持ちでリンクは言った。
「――そうね」
 たった一言の素っ気無い相槌は、必要以上に冷たい響きを孕んでいて、逆にやけに感情的なものに聞こえた。リンクはその意外な反応に目を瞬かせて、フィアへと視線を向けたが、何も言わずにそそくさと剣の中へと消えていってしまった。
 もしかして怒った、のか?
 いや、まさか。咄嗟に浮かんだ考えを、即行で否定する。
 剣の精霊として契約をすませた瞬間、直前まで微笑んでいたはずの彼女の顔から表情が抜け落ちていった様子は今でも鮮明に覚えている。
 リンクを映しながらもガラスのように無感情なその目は、まるで出会ったばかりの頃のように、何も感じはしないのだと雄弁に告げていた。
 本当にそうなのかと疑う気持ちは勿論ずっとあった。でも、そうだとしたらフィアがわざわざそんな演技をする理由が分からない。サポート役をするなら別に今まで通りに接したって問題はなかったはずだ。
 ならばやはり、フィアは感情を失ってしまったのだと、次第に思うようになっていった。
 それでも、もしかしたら、とフィアと会話するときには、まるで粗探しをするように神経を尖らせているせいでそんな風に聞こえたのだろうと、結論付ける。
 つまりは願望が生み出した幻聴のようなものだ。
 そう思うと途端に虚しくなって、リンクは深く息を吐き出すと、ゆるくかぶりを振った。



 運良く神殿内――フィア曰く天望の神殿と言うらしい――の地図を手に入れたおかげで、宛てもなく彷徨うこともなくなり、順調に神殿の中を周っていくことが出来た。
 そして地図を見るに、今リンクの目の前にある大きな扉の奥が、神殿の最深部となっているはずだ。
 ここまで来るのに一体どれだけの時間を費やしたことかと、手に握り締めた金色の彫刻へと目を落とす。
 神殿内部は老朽化と魔物が住み着いているせいか崩れている場所も多かったが、仕掛けの類は大変残念なことに全てが正常に作動していた。大した広さもないのに時間が掛かったのは10割がそのせいだ。
 外の様子がどうなっているのかは分からないないが、ここに入る前は天高くあった太陽も恐らくは今頃沈んでいく時間になっているに違いない。
「その彫刻を扉に嵌めこむと開く仕組みになってるみたい。早く行きましょう」
「うん」
 実体化せずに剣の中から急かす声に頷きながらも、心のどこかでは躊躇いを覚える自分をリンクは自覚していた。
 ゼルダを捜し出す。ゼルダを助ける。ゼルダに会いたい。
 それらの気持ちはすべからく真実だ。嘘はないと誓える。生半可な覚悟で、大地まで降りてこれるはずがない。
 それなのに、この扉を開いてしまうのが怖いと感じる。
 もしゼルダとこのまま再会してしまったら――。
 リンクにとってゼルダは何がなんでも助けたいと思える大切な幼馴染だが、このままあっさりと再会してしまったら、予言に記された災いを晴らすという抽象的な言葉よりもずっと具体的で切羽詰った目的がなくなってしまう。そうなったら、現状に耐えられる自信がない。今のリンクには精神的な余裕ほどいらないものはない。余計なことを考えずにいたいのだ。
 フィアは全てが終わったら何もかもが元通りになると言っていた。
 そもそもその全てとは一体何だ?
 予言通りに災いをどうにかするということならば、ゼルダと再会したところで何も終わりはしない。だとしたら、フィアは『このまま』だ。まるで人形のように、笑いも泣きもせず、他人行儀にリンクを見る。かつてはあったはずの温かみが、そこにはない。そんな状態のままずっと旅を続けろとでも言うのだろうか。
 一体これは何の悪夢だ。
 そう言って何もかも笑い飛ばしたくなるが、笑ったところで覚めてくれるような夢ではない。これは紛れもなく現実だった。
「リンク」
「……分かってるよ」
 人の気も知らずに冷たく促す声にリンクは無性に何もかも投げ出して叫びたくなる衝動に駆られながら、それをぐっと堪えて、手中の彫刻を扉に彫られたくぼみにはめ込んだ。

 そうして開かれた扉の先に待ち受けていたのは、望んだ少女ではなかった。


  

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