スカイロフトにはなかった深い自然を堪能する暇もなく、せっせと逃げ出したキュイに追いつくと、ビクリと身を震わせて怯え出した。
「赤いやつの次は緑のが追いかけてきたキュ!」
 本当に喋った、と感心するよりも、緑のが、と言われてリンクは苦笑した。
 鳥乗りの儀に優勝し、進級も果たしたリンクは学校から騎士団服を贈与されたのだが、正直どうかと思ったと言われるほど鮮やかな緑色である。動きやすくてありがたいのは確かだし、口々によく似合っていると言われるのだが、その評価には少し複雑だったりする――と、そんな微妙な心境はともかく、聞き出さなくてはならないことがあった。
「あのさ、君……」
「命ばかりはお助けを〜!」
 手を伸ばして話かけるものの、キュイはその挙動にすらビクビクと怯えて、その場にばたりとうつ伏せに倒れこんでしまう。同時に丸い尻尾のような部分がぱかりと開き、まるで背中に草が生えたかのようになる。
 恐らくは死んだ振りか擬態のつもりなのだろうが、目の前でやられても正直意味がなかった。
「…………えーと……」
 反応に困り、伸ばした手をわきわきと引っ込め、どうしたものかとリンクは後ろ首を掻いた。
 それから間の抜けた沈黙が三拍ほど続くと、何も起こらないことを不思議に思ったキュイが背中の草を仕舞い、しゅたっと身を起こした。
「……あれ? 何もしてこないキュ? そういえばさっき赤いのをやっつけてくれたのって……」
「はは……」
 ようやく害する者ではないことを理解してくれたらしく、ちょこんとしたつぶらな目でじっと見上げられて、リンクは出来るだけ友好的に見えるように笑った。最も、その笑みには少々乾いたものが混じっていたのも否めない。
「オイラはキュイ族のマチャー。兄ちゃん見た目によらずいいヤツで助かったキュ〜」
「心外だな。僕はそんなに悪そうなヤツに見えたかい?」
「あんまり見たことのない姿形だから驚いたキュ。あっ、でも、そういえば、ちょっと前に兄ちゃんと似たようなお姉ちゃんがいたキュ」
「それってもしかして……。その子、金色の髪をしていなかったかな?」
 尋ねつつ、十中八九ゼルダだろうとリンクは確信していた。
 この森に住むキュイ族であるマチャーがリンクの姿を見て驚くくらいだ。ここら辺にいる人間は恐らくリンクとあの老婆、そしてゼルダしかいない。リンクは今ここにいるし、老婆はあの遺跡の中。ならば森の方へと行ったというゼルダと考えるのが妥当。
「うーん、確かそうだったかもしれないキュ? 慌てて逃げてきたからあんまり細かいことは覚えてないキュ〜。でもいきなりあの赤いヤツらが襲ってきて長老さまと一緒に逃げて行ったのは覚えてるキュ」
 マチャーの言葉を鵜呑みにするならば、ゼルダは危ない状況に置かれている。リンクは目を鋭く細めた。
「長老たちがどっちに逃げたかは分かる?」
「みんなバラバラに逃げたから分からないキュ〜」
 逸る気持ちを抑えて問いかけるものの、返ってきたのは芳しくない答え。リンクは危うく舌打ちしそうになったが、マチャーが悪いわけではないので寸でのところで堪えた。いくらゼルダのことが心配とはいえ目の前の誰かを蔑ろにしていいわけがない。
「……森の中を探し回るしかないか」
 フィアのダウジングでゼルダの気配を追うことは出来るが、マチャーがダウジングに反応したところを見ると、一緒にいたせいでゼルダの気配が移ったようだ。移り香みたいなものでも反応してしまうのは厄介だ。みんなバラバラに逃げたという言葉からキュイ族は他にも複数いるのだろう。つまり森の四方八方にゼルダの気配が散っていったわけだ。
 それらを全て追えというのか? ゼルダの状況を考えれば、そんな悠長なことをしている時間はないだろうに。
 まるでこちらを陥れる罠のように思えてきて、リンクは溜め息を吐きたくなったが、そこでフィアの声がかかった。
「リンク、キュイ族の気配なら覚えたわ。ゼルダと長老が一緒に逃げたなら、一番ゼルダの気配が濃いキュイ族の反応を追えばいいはずよ」
 唐突に現れたフィアに驚きのあまり飛び退いて震えるマチャーを尻目に、リンクは若干の皮肉を篭めて相棒をたたえた。
「フィアが優秀で助かるよ」



***



 長老のギョクローは、マチャーと同じで小動物のように可愛らしい大きさなのかと思いきや、見上げなければならないほどの巨体の持ち主だった。
 そのおかげか、すぐに見つけることが出来たのだが、しかしリンクは長老を見るなり落胆せざるを得なかった。
 ゼルダがすでにその場にいなかったのだ。
 だが、手がかりが全くないわけでもなかった。
「頭の毛が黄色の娘とは確かに一緒におったぞ」
 もごもごと口元に蓄えた長い髭を揺らしながら、ゆったりとした声で長老は言った。
 マチャーのように可愛らしいという感じではないが、妙に気が抜けるという部分では似ているかもしれない。しかし今はそんな雰囲気に癒されるような余裕がリンクにはなかった。
「間違いない、ゼルダだ」口の中で呟いて、長老の顔を見上げる。「その娘がどこに行ったか分かりますか?」
「ふーむ、どうだったかのう。魔物たちに襲われて一緒に逃げたのは確かじゃが……。その後は……」
 すっとぼけた顔をして長い髭を指でゆっくりと撫で付ける姿に、どうしようもない苛立ちを感じる。気が急いている。
 大切な幼馴染の危機だ。当たり前のことかもしれない。だが、こんなにも自分は気が短かっただろうかという疑問も覚える。それに愛情、責任感、それだけでは説明がつかないような――まるで強迫観念に駆られたかのように、ゼルダを捜すことに固執している
 一体何故?
 そう思いつつ、本当は心の中のどこかではその理由をリンクは知っていた。しかしその理由についてはあえて深く考えないようにしていた。
 ひたすら考えないように、別のことを考え、そんな風に同じことを繰り返してばかりいる。まるで蟻地獄のように、抜け出せない思考の無限ループにもがいている。ただしそれは決して出口を求めているわけではない。むしろそのループに留まっていたいのだ。
「おお、そうじゃった」
 明朗な長老の声に、物思いに沈んでいたリンクの思考が現実へと引き戻される。
「何か思い出せたんですか?」
「確かその娘は何やら森の奥にある神殿に行かねばならんと言っててのう……。危ないから止めとけと制止するワシを振り切って、森の奥へと向かったのじゃ」
「……そう、ですか」
 最悪な状況だけは免れていたらしいことに、ほっと一息を吐くと、少しだけ肩の力が抜けた。
「神殿に行く道にも魔物はおるからのう。今も無事かどうかは、分からんぞ」
「でしょうね。僕も彼女を追ってその神殿に行ってみます」
 次の目的がはっきりすると、途端に先ほどまで感じていた苛立ちと焦燥がうっすらと引いていくのが分かった。
 ゼルダの安全が完全に確保されたわけでもないのに、それどころか新たな危険が迫っているかもしれないというのに、平静を取り戻すことが出来たのは、目的がより明確になったからだ。
 ゼルダを捜し出すことだけを考えていれば、余計なことは何も考えなくてすむ。それは紛れもなく卑怯者の言い分だった。


  

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