次々と無骨な剣を振りかぶりひっきりなしに襲い掛かってくる魔物たちに、リンクは内心舌打ちをしながら盾で攻撃を弾き返し、相手が怯んだ隙に素早い身のこなしで間合いを取った。
 魔物の攻撃に冷静な対処を取ってはいるものの、内心では全くの平静というわけにはいかなかった。
 訓練は散々受けてきたし、実戦の経験もないわけではないが、ここまで多勢に無勢かつ緊迫した戦闘は初めてだった。
 正直なところ、この状況から尻尾を巻いて今にも逃げ出したくなる。しかし戦わなければこの先ゼルダを探す旅を続けていけるわけがないことも分かっていた。
 あの老婆も己を信じて進めと言った。ならばリンクは今よりもずっと強くならなければならない。
 それなのに、こんな始まったばかりの旅の序盤で頓挫するわけにはいかない。
 とにかく落ち着け。
 リンクは己に言い聞かせると、じっとりと汗が滲んだ右手で剣を強く握り締め、敵に向かって反撃にかかった。

 対峙している敵はボコブリンという人に似た姿かたちをしている魔物だ。
 といっても細部は似ても似つかず、顔は鬼のような顔をしているが、2本足で立ち、2本腕で武器を持って戦う程度の知能は持ち合わせている、中々面倒な敵だった。
 さらに厄介なことに角笛で新しい仲間を呼ぶ。
 角笛の持ち主がどうやら群れのリーダーらしく、それを倒さなくては延々と仲間たちが何処からともなく湧き出るように駆けつけてくる。
 そのせいで遭遇したが最後、リンクは長々と戦い続ける派目になっていた。
 皮肉なことにそのおかげでこの魔物への対処には次第に慣れてきたのだが、やはり多勢に無勢では体力が厳しい。
 早く倒さなくては――。
 元々同士討ちを恐れてか同時に掛かってくることもないし、細道に誘い込んだおかげで基本は1対1になっている。おかげでこんな現状でもリンクは決して不利ではないが、有利でもない。さらにこのまま長引けば分が悪い。
 焦りが募るが、がむしゃらに戦ううちにリーダーを倒していたらしい。気付けば新しい仲間がやってくる気配はなくなっており、倒せばその数だけ脅威は減っていった。
 やがて襲いかかってきていた最後の一匹に止めを刺すと、先ほどまでの喧騒が嘘のように周囲は静けさに包まれた。
「っはぁ、これで、倒しきった、か……?」
 肩で息をしながら、リンクはぐるりと周囲を見渡した。
 すると見計らったように手に握った剣が淡く輝きを放ち、剣の中から少女――フィアがふわりと現れるが、リンクはその宙に浮く姿を見て咄嗟に顔を顰めそうになる自分を何とか諌めた。
 フィアはそんなリンクの微妙な努力を知ってか知らずか、淡々と口を開く。
「今のボコブリンの群れは全て倒しきったみたいよ」
 女神ハイリアによって創造された剣の精霊だということを『思い出した』フィアは、あらゆる知識を有しており、旅に不慣れなリンクを様々な分野でサポートしてくれている。
 大地に疎いリンクへの知識の提供、敵の解説と分析、そしてダウジングという力で探し物の場所を探り当てる力――思えば昔から妙に探し物が得意だった――を応用して、魔物の気配を鋭く察知してくれるのだ。ゼルダの行方もこの力を頼りに追いかけている。
「さすがにしんどかったな」
 フィアの言葉にほっと一息を吐き、リンクは剣を一振りして露払いをすると、背中にかけた鞘へと収めようとするが、制止の一声がかかった。
「待って。近くで誰かが襲われてる」
「!」リンクはさっと顔色を変えた。「まさかゼルダ?」
 リンクが現在足を踏み入れているのは、フィローネの森と呼ばれる場所だ。
 老婆にゼルダがこの森へと向かったことを教わり、ここまで追いかけてきたのだ。
 その追いかけてきた先で『誰か』と聞けば、真っ先に思い浮かぶのはゼルダのことだった。
「確かにゼルダの気配もするけど――」
「くそっ、間に合えっ!」
 リンクは険しい顔で、先ほどの戦闘の疲れも忘れたように、剣を握ったまま風の如く駆け出した。



***



 フィアの追跡の力を頼りに慣れない森の木々の間を掻い潜りながら、ようやく辿り着いた現場で、リンクは緊迫した状況を目の当たりにした。
 しかし。
「ゼルダ……じゃない?」
 頭の中で描いていた最悪の事態とはまるで違う様子に、拍子抜けした。
 いや、全く違うというわけではなかった。予想通り、そこにいたのは数匹のボコブリンだったし、奴らは今にも獲物へと襲いかかろう取り囲んでいた。
 違ったのは奴らの獲物、その対象だった。
 ボコブリンに取り囲まれている小動物のような『それ』は、背中の部分からは草のようなものが――恐らくは擬態のためのものなのだろうが――生えており、うつ伏せになってびくびくと震えていた。
 ――あれは何だろう?
 空から大地に降りてきてからというものの、次から次へと新しいものに対する驚きが連続で襲いかかってきていた。しかし魔物に襲われるという緊張感もあり、ゆっくりと驚いている余裕は最初のときはあったにせよ、今ではすっかりなくなっていた――はずなのだが、襲われている対象がゼルダではなかったことと、確かに緊迫した状況なのだが絵面的に妙に気が抜ける光景のせいか、つい状況も忘れて、好奇心でつぶさに奇妙な小動物を観察してしまう。
「リンク。助けてあげないの?」
 ぼうっと立ち尽くして事の成り行きを見ているリンクを、剣の中からフィアが現れて、行動を急かした。
「……そうだった」
 はっと我に返り、リンクはボコブリンを倒すべく剣を構えた。



 あっさりと戦いは終わった。
 真っ先に角笛を持つリーダーを倒しにかかったおかげで、仲間を呼ばれずにすんだのが大きい。余計な労力を使うこともなく片がついた。
 しかしボコブリンを倒して危機的状況から助け出したのはいいが、当の小動物はリンクに怯えて逃げ出してしまった。
「一体、あれは何だったんだ……?」
「あれは恐らくこの森に住む温厚な部族、キュイね」
 脱兎の如く逃げ出した生物を呆けた顔で見送ると、戦闘の間は引っ込んでいたフィアがふっと現れて、冷静に解説する。
 その感情の乗らない義務的な声にざわめくものを感じながらもそれを押し隠し、リンクは首を捻る。
「キュイ……? 鳴き声もそういえばそんな感じだったよな……」
 恐らくはそれが由来でついた部族名なのだろう。名前といい鳴き声といい、妙に可愛らしい生物だったなとその姿かたちを脳裏に思い描く。
「知能が高いから、会話をすることも可能よ」
「喋るんだ、あれ」
 あの小動物にそんな高い知能が備わっているようには見えないのだが。
 この森に踏み入れる前に出会ったゴロン族といい、大地には本当に多様な生物がいるようだ。出来れば大いなる災いだとか、それを晴らす運命とか、そんなものではなく、もっと別の理由で大地に来たかったと今更ながらに思ってしまう。
 それならばこの状況も純粋に楽しめただろう。
「それよりも、あのキュイから僅かにゼルダの気配がしたから、追った方がいいと思うわ」
 澄ました顔で大事なことをさらりと告げる幼馴染を、リンクは恨めげに見やった。
「そういうことは早く言ってくれよ」


  

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