扉を開いて踏み入れた遺跡の中は、神秘的な静けさに包まれていた。
 周囲を見渡しながら、老朽化でひびが入り緑苔の生えた石畳の上をゆっくりと歩いていくと、遺跡の奥にある一際大きな扉の前に人影を見つけて、あっと目を瞠った。
 一瞬、ゼルダかと思い、リンクは弾かれたように駆け出したが、すぐに別人であることに気付く。
 背中を丸めて扉の前にひっそりと座り込む姿は、ゼルダにしてはあまりにも小さかった。
 布に覆われていて顔ははっきりと見えないが、口元に刻まれた皺の深さで老人だと察する。男か女なのかは分からない。
 それにしても、大地にも人間がいるのかとリンクは少なからず驚きを覚えた。あながちあの伝承も本当のことなのかもしれない。
「おお……よう来なすった。雲海を越え、空より降りし運命の子よ」
 その発せられた声で老婆だと判断するよりも先に、掛けられた言葉の内容に意識を奪われた。
「僕のことを知っているんですか?」
 リンクの率直な質問に、老婆は答えなかった。
「名はなんという?」
「……リンク」
「……リンク? そうか、リンクか」
 確かめるように呟き、その響きを噛み締めるように老婆はかすかに頷く。感慨を受けているような口振りを、リンクは不思議に思った。
 まるでどこかで会ったことがあるような、そう思わせるような印象を受ける。そして心なしか、その皺だらけの口元にはうっすらと笑みが浮かんでいるように見えた。
「天にかかげることで満ちる聖なる力、スカイウォードを見事に使いこなしておるようじゃの。その背に負う女神の剣にふさわしい者のようじゃ」
「……あなたは何者ですか? 僕があなたと会うのは初めてだと思いますが……」
 スカイロフトの人間で地上に降りることが出来たのは今のところゼルダとリンクだけのはずだが、この老婆は事情に詳しすぎる。
 そして今、リンクの事情に一番詳しい第三者は、ここに来るまでにも色々と計らってくれたゲポラだが、その縁者か何かだろうか。
 しかしその予想は、全く見当違いのものだった。
「わしは永きにわたりここに座して、そなたが来るのを待っておった導きの使者……」
「導きの使者……?」
「ここは悠久の昔、女神が造られた封印の神殿。そなたがここに来ることは、遥か昔より決まっておった……」
「また予言、なのか」
 つまりどこかリンクを見知ったかのような老婆の言動の理由は、そういうことなのだろう。
 どこかうんざりしたように呟いたリンクに、老婆はふと笑った。
「そなたの捜す巫女も今よりわずか前に、光と共にこの神殿に舞い降りておる」
「ゼルダ……!」
 はっと息を呑む。やはりゼルダもここに降りてきていたのだ。
「これは運命なのじゃ……。しかし巫女は本来の定めとは大きく外れた形でこの大地に降りることとなってしまった……。悪しき力がそなたらの運命を変えようとうごめいておる……」
「運命を、変える……? 予言は絶対ではないのですか?」
「予言はあくまで未来の道筋のひとつを示すものに過ぎぬ。これからの行いのひとつで良いようにも、悪いようにも変えられるだろう」
 それはつまり、リンクが大いなる災いを晴らすことが出来ない可能性もあるということに気付く。
 予言の全てを信じていたわけではないが、心のどこかでその通りになるのなら大丈夫だろうと高を括っている部分もあったのだろう。リンクは少なからず動揺を覚えた。
 封印の地で見てしまったあの邪悪な気配を思い出し、本当にあれをどうにか出来るのかと考えてしまう。
 そんなリンクの弱った心を見透かしたかのように、老婆は告げる。
「リンクよ……己を信じて進め。さすれば、おのずと道は開かれる。恐れるなとは言わぬ、今はただ前へ進め」
 そうすれば、おのずとそなたは知るだろう、と老婆は言った。
 一体何を知るというのだろうか。視線で問いかけても、老婆はそれには答えずに、ひとりで何もかも分かっているかのように笑い、 
「巫女は己が使命を知るため、ここからフィローネの森へと向かった。さあ、そなたも後を追って行くのじゃ」
 そう締めくくった。


  

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