リンクは退屈だった。
 よく遊んでいる幼馴染のゼルダは、最近ではロフトバードに乗る練習をする! と意気込んでいて、付き合いが悪い。何でも、リンクより上手く乗れるようになりたいそうだ。
 そのおかげで基本的にゼルダしか同じ年頃かつ仲の良い友達がいないリンクは、丁度いい遊び相手が他におらず、すっかり手持ち無沙汰になっていた。
 リンクは物心つく前に両親ともども亡くなっていたので、親同士の近所付き合いなんてものもなく、同年代の子供と仲良くなる機会に恵まれなかった。それでも時々広場に集った子供たちと一緒にちゃんばらごっこなんかで遊んだりはするが、毎日のように遊ぶほど仲が良いのは元々リンクの両親と親交があったらしく何かとリンクを気にかけてくれるゲポラの娘であるゼルダくらいである。
 そのゼルダも今ではすっかり鳥に夢中状態なので、ひとり寂しくスカイロフトをぶらついている最中だった。数日前にちゃんばらごっこで壷を割ってこっぴどく叱られたばかりなので、悪戯もちゃんばらもやる気が起きず、本当にやることがない。

 そんな調子で女神像の広場をふらりと訪れたのも、そこにぽつんとひとり立っていた女の子に興味を示し、話しかけようと思い立ったのも、言ってしまえばただの気紛れであり偶然だった。
 暇をもてあましていたところに興味の惹かれる対象がいた。いつもだったら通り過ぎるだけですませるところなのに何となく気になった。それだけのことだった。

「こんなところでなにしてるの?」
「…………」
 何が面白いのかぼーっと女神像を見上げる女の子の後ろ姿に声をかけてみたが、反応がない。
 もしかして声を掛けられているのが自分だということに気付いていないのかもしれない。リンクはもう一度話しかけてみることにした。
「なにか面白いものでも見えるの?」
「…………」
「……聞こえてるよね?」
「…………」
 微動だにしない背中。そのあまりの無反応ぶりに、リンクはムッとした。
 人がせっかく声をかけてるのに、この態度はあんまりだろう。そんな子供らしくも身勝手な考えが浮かんだ。
 ここで諦めて立ち去るという選択肢は選ばず、何がなんでも相手の反応を引き出そうとムキになってリンクは女の子の肩に手を置いた。
「ねえ、ぼくはリンクって言うんだ! きみの名前はなんて言うの?」
 そこで初めて女の子が振り返ったので、望んでいた反応だったはいえリンクは驚いた。それだけでなく、そのあまりにも無表情な顔にも。
 その目はどこを見ているのかも定かではない硝子のように空ろで、まるで人形のようだった。
 きっと笑ったら可愛いと思うのに――。
 ふとそんなことを考えたリンクの前で、女の子がにこりともせずに口を開く。
「フィア」
 抑揚の欠けた、それでいて澄んだ声だった。
 しかしそのあまりの言葉の短さに、一瞬女の子が何を言ったのか理解できなくて、何度か胸のうちで反芻して、名前のことかと納得する。
「ふーん、フィアって言うんだ。いい名前だね」
「名前に良いも悪いもあるのですか? ただの固体を表す記号でしかないと思いますが」
 結構喋るんだ。
 てっきり無口なのかと思ったリンクは、饒舌に語り出した女の子の意外さにぱちくりと目を瞬かせた。
 それにしても言っていることが何だか子供らしさにかける。どう見てもリンクと同じ年頃だろうに。
「なんか面倒なこと言うんだな、フィアは。ぼくがそう思ったんだからそれでいいじゃん」
「確かにあなたがそれでいいと言うのなら、私もそれで構いませんが」
「フィアってちょっと変わってるな」
 元々人付き合いの幅はそれほど広くないリンクだが、フィアみたいな女の子には出会ったことがなかった。同年代の女の子と聞けば真っ先に思い浮かぶのは幼馴染のゼルダだが、彼女はもっと活発で、表情だってころころ変わるし、よく笑う。
「基準が分かりませんが、それならば私にこうして話しかけているあなたも変わっているのではないですか?」
「なんできみに構うと変わってるってことになるんだ?」
「私とこうして対話していてもあなたが得をすることは何ひとつありません。時間を無駄にするだけです。人間の時間は有限ですから、別のことに時間を割いた方がよろしいかと」
「フィアが言うことは難しいからよくわかんないけど、ぼくがしたいことはぼくが決めるし、きみと話すのは楽しい。だから無駄だなんて思わないよ」
「……楽しい?」
 フィアは無表情のまま首を傾げる。
 表情は何ひとつ変わらないのに、その仕草は見た目相応の幼さを含んでいて、何となくリンクは嬉しくなった。
 どうせなら、もっと違う姿も見てみたい。
 自分でも理由は分からないが、そんな無垢で純粋な欲求がむくむくと首をもたげるのが分かった。
「うん。だからもっときみのことが知りたいな。そうだ、よかったら友達になってよ!」
「友達と言うものは確か対等な存在がなるものだと記憶しております。私とあなたでは無理だと思いますが」
 ああ言えばこう言う、とはこのことだろうか。
 リンクにはフィアが言っていることは半分も理解出来なかったが――まず最初から対等な存在ではないとでも言いたげな言動が意味不明だ――面白くないことだということだけはよく分かったので、ムスッとした顔で声を張り上げた。
「あー、もう! いいから、ぼくが友達になりたいと思ったら、もうそこから友達なんだよ! はい、もう友達! 決定!」
「あなたの意思で決まることなら私に尋ねる意味は無かったのでは?」
 フィアの言うことは最もだったが、それはそれ。
「ごちゃごちゃ言わない! これでぼくとフィアは友達だからね」
 実はリンクはこんな風に面と向かって誰かに友達になりたいと言ったことなど無かった。それだけこの女の子と仲良くなりたかったのだ。
「…………分かりました。あなたと私は友達、です」
 子供らしい理不尽な強引さを振りかざし、友達の座を無理やり勝ち取ったリンクは、満面の笑顔を浮かべて頷いた。

 時が経てば直ぐにでも色あせてしまいそうな一幕。
 しかしそれもまた、始まりのひとつだった。



12/02/19


  

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