「はぁっ!」
 剣の刀身をきらりと煌めかせ、勇猛果敢に魔物に斬りかかって行く姿は凛々しく、腕の方も良いので見ていてとても様になる。
 もしもロマンチックな思考を持った女性が魔物に襲われて、それをこんな風に助けられるようなことがあったら、ロマンスのひとつでも生まれそうだ。
 思い返せば、剣術の訓練の時間はいつも女子たちの目はリンクに釘付けだった気がする。
 あれはいつもは結構ぼんやりしているリンクがいつになくしゃきっとして見える時間でもあった。
 女子たちの黄色い声援を受けるリンクにバドたちがやっかんで突っかかっていたのも今思えば良い思い出のひとつだ――が、しかし、そんなことは今はどうでもいい。
 そんな話の流れに持っていったのは他ならぬ私自身だが、本当に私が言いたいのはそういうことではないのだ。
 つまり、私が言いたいのは、
「ふっ!」
 どうして、
「てやぁあっ!!」

 どうして、その手に握っているのは『練習用の剣』なのか、ということだ。



「戦いにも少しは慣れてきたかな」
 リンクはふぅ、と一息吐いて額から流れる汗を拭うと、手に握った剣を『腰から下げた鞘』へと仕舞いこむ。
 少しは慣れてきたかな、じゃない。ふぅ、でもない。
 何故わざわざ女神の剣よりも切れ味が格段に落ちる練習用の剣なんかを持ち歩き、それを戦いに使うのか。
 背中からかけてある鞘に収まっている女神の剣が泣いている。むしろ剣の精霊である私が泣きそうだ。
「リンク。どうして女神の剣を使わないの?」
 私は我慢出来ずに、呼ばれもしないのに剣の中から現れて、つい尋ねてしまった。
「どうしてって……決まってるだろ?」
 何故今更そんなことを聞くのかと、リンクは心底不思議そうな顔をする。
 決まってるだろ? とそんな顔をして言われても当然私には分かるわけがなかった。分かっていたら最初から聞いたりしない。
 もしかして剣の精霊であるフィアなんて認めない! 女神の剣も知ったこっちゃない! とかそんな理由で使わないとかそういうオチなのだろうか。未だに精霊となった私に慣れないのか、剣の中から現れたり宙に浮いたりしてる姿を見ると微妙に顔を顰めるし。
 正直、その度に私も胸が痛むのだが、一番辛いのはリンクだろうから顔には出さないようにしている。
 それに……女神の剣の精霊となった今、私に求められるのは過酷な運命を背負ったリンクを手助けする力。
 邪魔になる余計な感情は切り捨てて、いつも冷静でいなければならない――はずなのだが、外面は冷静に装っていても内面は結構ぐだぐだだったりする。
「分からないわ」
「少し考えれば分かることだと思うけどな……」
 悪かったわね、考えても分からなくて。これでも知識においては他の追随を許さない存在なんだからね。
 むっとする自分を抑え、私は努めて冷静に言った。
「言っては悪いけど、あくまでその剣は練習用の剣であって、剣としての出来はそんなに良くないわ。そんな剣に頼って、いざという時に折れたりでもしたら、困るのはあなたなのよ」
「その時はスカイロフトで別の剣を買ってくる」
「…………いざという時にはその別の剣を買いに行く余裕すらないわよ」
 あまりにも頓珍漢な答えに一瞬唖然としたが顔に出さなかった私は偉い。
 というか、そこまで? そこまで女神の剣を使いたくないの?
 そんなに私と女神の剣が嫌か。
 確かにこんな運命に追い立てた存在のひとつである私なんてもう嫌なのかもしれないが、背に腹は変えられないという言葉があるのだ。
 何としても女神の剣を使わせたい。このままスカイウォードの力を使うとき以外は鞘の中で錆び付いた状態にされるのはご免である。
「それでも、この剣だけは使いたくないんだ」
 リンクは頑なな態度でそう言って、ふいっと顔を逸らす。
「リンク……」溜め息のひとつやふたつ吐きたくなるのを我慢して、根気強く尋ねる。「どうしてなの? そんなに頑なになる理由が私には分からない」
「……だって、刃こぼれや傷なんかがついたら、痛いだろ」
「…………何ですって?」
「だから……、剣に何かあったら、フィアが痛い目にあうだろ?」
 もしかして。
 もしかしなくても。
 リンクは、女神の剣と私の痛覚が連動しているとでも思っているのだろうか。
 全く予想外のその理由に、私は一瞬、何て説明したらよいものかと心底苦悩し、言葉に詰まった。勿論、顔には出さないけれど。
「――リンク、女神の剣は特別製よ。幾ら斬っても刃こぼれなんかしたりしないし、滅多なことじゃ折れたりもしないから安心しなさい。ましてや女神の剣に傷がついたら私が痛がるなんてこともないから……」
 曲がりなりにも伝説の、それも神が創造した剣である。そう簡単に駄目になるような柔な出来をしているはずがない。
 それこそ少し考えれば分かるはずだろうに、リンクはぱちぱちと目を瞬かせた。
「……そうなのか?」
「そうなのよ」
「ふうん……」
 納得はしてもらえたらしく、リンクは背中から女神の剣を引き抜いて、まじまじとその輝かしい刀身を見つめた。
 それにしても……やっとスカイウォード利用以外の目的で抜刀してもらえたことに私は密かに感動する。
 しかし、そんな気持ちに水を差すリンクの一言。
「でも、フィアが宿る剣で敵を斬ったりするのは、やっぱりあんまりいい気がしないな……」
 幼馴染として私を大切に思ってくれる気持ちは嬉しいのだが、剣の精霊としてそれは許容出来ない。
「ちゃんと使ってくれないと鞘から抜けなくなるわよ。そうなったら私も出て来れなくなるからね」
 そんな事実は全く無いのだが、そうでも言わないと女神の剣縛りプレイをされそうなので私は淡々と嘘をついた。
「それは困るな。はあ……仕方ないな」
 こっちの台詞だ! と、そんな風に叫べたらどんなに良かっただろう。
 いつでも冷静に、そして理知的で有能な秘書みたいな感じのサポート役精霊を目指す私は、感情的になりそうな自分をぐっと抑え込んだのだった。

 ――ああ、目指すべき剣の精霊の道はかくも永く険しい。

 ちょっとばかし、人間的な感情を身につけるようにして育ってしまった自分を後悔する私がいたのであった。



 そして――。
 それ以降、リンクは女神の剣を使うようになったのだが、その代わり使用後には執拗に剣の掃除をするようになったので、止めさせる正当な理由が中々思いつかない私の頭を新たに悩ませるようになった。



12/01/28


  

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