「私、お父様にこの事を知らせてくるわね!」
 街の広場に戻ると、ゼルダはそう言ってぱたぱたと走り去って行った。空のランデブーで塞いだ気分はすっかり吹き飛んだらしく、その元気な後ろ姿に私は安堵した。

「……っくしゅん」
 濡れた服のまま空を飛んだせいか、すっかり身体は冷え切っていて、小さなくしゃみが出た。それを見たリンクが、顔を顰める。
「やっぱり、あの時入り口まで送ればよかった。早く身体を温めないと本格的に風邪を引くよ」
「過ぎたことを今更言わないでちょうだい。私、自室に戻って着替えてくる」最もなことを言いながら、この場を抜けるいい口実だと思った。「リンクは鳥乗りの儀、しっかりやるのよ。じゃないとまたゼルダにどやされるんだから」
「分かったよ」
「やるなら、ちゃんと優勝しなさいよね。応援してるから」
「うん」
 念を押されたリンクは、苦笑しながらもはっきりと頷いた。
 まあ、間違いなくリンクは優勝するだろう。女神役のゼルダと、女神像の手のひらの上で2人きりで儀式を行う姿が私にははっきりと脳裏に浮かぶ。
 リンクとゼルダほどその儀式が似合う者もいないだろうとすら思う。
「じゃあ、また後でね」
 笑いながら、私はくるりとリンクに背中を向けるように身を翻したが、歩き出そうとする私をリンクが呼び止めた。
「待って、フィア!」
「リンク?」
 何か言い忘れたことでもあったのかと怪訝に思いながら振り返れば、そこには意外なほど真剣な顔つきをしたリンクがいた。
「もし……もし、鳥乗りの儀に優勝したら、聞いて欲しいことがあるんだ」
「……それって、私にとっていい話? 悪い話?」
 聞き返しながら、意地悪な質問だと自分でも思った。リンクは困ったように頬を掻く。
「僕にとってはいい話だけど、フィアにとっては……どうなのかな。フィアにとってもいい話だったら、嬉しいんだけど」
「それって、ただのあなたの願望じゃないの」
 真面目な話なのだろうとは分かっていたが、リンクのその要領を得ない言葉に、つい失笑する。
「仕方ないだろ、そのときにならないと、分からないことなんだから」そう言ってリンクは肩を竦めたが、すぐに真剣な目をしてじっと私を見つめてくる。「それで、聞いてもらえる?」
 私は内心、その真摯な眼差しに高鳴る鼓動を抑えようと躍起になっていた。
 いけないと、私の中の何かが警鐘を鳴らしている。その何かは、いつも私を客観的に見ているもうひとりの私のようなもの。
 リンクと一緒にいるとき、ゼルダと一緒にいるとき、リンクとゼルダが一緒にいるとき――それは私に歯止めをかける。理性とはまた違う。むしろ本能に近いもの。
 それが、頷いては駄目だと訴えている。忘れてはいけない、取り違えてはいけない。そう言っている。
 それなのに、私は、
「……うん、分かった」
 泣きたくなるような切ない気持ちになりながら、頷いてしまった。

 冷静なもうひとりの私は、それは叶わないことだと言っていたのに。



***



 騎士学校の寄宿舎にある自室に戻った私は、濡れた衣服を脱ぎ捨てると、下着姿のままベットに倒れこんだ。
 もはや上がる気力も湧かず、私は胎児のように身体を丸めると、ぎゅっと痛みに耐えるように目を瞑った。

 リンクとの会話を終えて、寄宿舎に戻る道中に、あの時何でもないと思っていた頭痛がぶり返し、今度は一瞬だけではなく、断続的に痛みが襲うようになっていた。
 痛みを堪えながら何とか部屋までは辿り着くことが出来たものの、このまま外に出て行く気力は全くない。鳥乗りの儀を見に行くのは、止めたほうがいいだろう。
 無理を押して見に行って、リンクやゼルダの前でぼろを出せば、心配して儀式に身が入らなくなるに決まっている。あのお人好しの2人なら、儀式すら放り出しかねないということは幼馴染の私がよく知っている。
 それもいいかもしれない、なんて思う気持ちがあるのはきっとこの頭痛のせい。本当はちょっとだけ2人が儀式をする姿、見たくなかったよ、なんて思ってしまうのも。抜け出す口実が出来て、本当は少しほっとした、なんて考えるのも、全部頭痛のせい。
 だから。この頭痛が治るまで、ここで大人しくしていなければ――。

 しかし痛みは治まるどころか強まるばかりで、断続的だった痛みの波はやがて継続的になり、私は苦悶の声が零れ始めた己の唇を強く噛み締めた。

 頭の中で、声が聞こえる。
 その声は、鳴り止むことなく私に訴え続けている。



 時は満ちた。

 己の本分を思い出せ。

 そして使命を全うせよ――。



 眦から零れて頬を伝った涙は、痛みによるものだったのか、それとも。



 それから私は気を失うように深い眠りに落ちて、そして夢を見た。
 長い長い、夢を。


  

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