道中、魔物と遭遇するたびにリンクが惚れ惚れとするほど見事な剣捌きを見せてくれたおかげで、無事に洞窟の出口に辿り着くことが出来た。
 洞窟を抜けると、一気に視界が明るくなる。暗闇に慣れた目には明るい日差しが少しばかりしみたが、何度か瞬きをするうちに慣れた。
 なんとか鮮明になった視界で、改めて周囲を眺めた。
 そして崖沿いに出来た緑の生い茂った細い道が続いているのを見て、この先にリンクの鳥がいるに違いないと私もリンクもお互いに確信した。
 私の場合はいつもの勘で、リンクの場合は鳥との深い絆という、それぞれ違った理由で。
「行こう」
「うん」
 顔を見合わせて、頷きあった。そしてリンクに手を引かれ、歩き出し――はたりと気付く。
 洞窟を出たのだから、もう手を繋ぐ意味はないのでは。
 明るい日の光の下で手を繋いでいることを一度意識しだすと、すっかり慣れて忘れ去っていた羞恥心が甦る。慌てて私の手を握り締めるリンクの手をぱっと振り払った。
「……フィア?」
 唐突に手を引っ込めた私を、リンクは怪訝な顔をして振り返る。
「もう洞窟は抜けたんだから、必要ないでしょう」
 あえて抑揚を抑えた声で言えば、リンクは納得したように、ああ、と頷いた。
 どうやら普通に忘れていたらしい。かくいう私も、あまりにも自然に手を繋いでいたものだから違和感が無さ過ぎて途中まで気付かなかったのだが。
「……別に、洞窟の中だけじゃなくても良かったんだけどな」
「え?」
 それってどういう――。
 リンクの小さな呟きに、はっと顔を上げて意味を問い質そうとしたが、その直後、
「リンク! フィア!」
 ばさりと大きく羽ばたく音と共に見覚えのある青い鳥がこちらに向かって飛来してくる。美しい青色の鳥の持ち主は、私もリンクもよく知っている人物だ。
「ゼルダ!」
「やっぱりリンクとフィアだった。リンクが滝のあたりに行ったって聞いて、空から捜していたの」
「僕のロフトバード、どうもこの先にいるみたいらしいからさ。徒歩で洞窟を抜けてきたんだ」
 さっと鳥の背から地面に降り立ち駆け寄ってきたゼルダに、リンクが状況を説明する。
「そうだったの……。そういえば、この先はバドたちがよく遊んでいる場所だって聞いたわ」
「やっぱり、僕の鳥を隠したのはアイツらか……。最初から態度で丸分かりだったけど」
「どうしてバドはいつもリンクにひどいことをするのかしら。同じ騎士学校で学ぶ大切な仲間なのに……」
 原因が自分にあるとは全く気付いていないゼルダは、眩い金髪を揺らして首を傾げる。いつ見ても素晴らしい美少女ぶりだ。バドがリンクに嫉妬するのも分かる。
 それに――肩に羽織っている白いショールは、鳥乗りの儀のために一生懸命編んでいたあのパラショールだろう。鳥乗りの儀の優勝者は女神役の女の子が編んだパラショールを授かることが出来る。いつになくバドも必死になるわけだ。鳥乗りの儀を優勝してそれを切欠にお近づきになりたい、という心境なのだろう。
 しかし悲しいかな、ゼルダとバドの組み合わせよりも、この私の目の前で並び立った2人の方が美男美女でお似合いという言葉がぴったりだ。今のところ2人はただの幼馴染ではあるが。
 しかしゼルダの気持ちは一目瞭然だし、リンクの方も満更ではなさそうなので、くっつくのも時間の問題ではないかと私は睨んでいる。

 それにしても危うくゼルダに手を繋いでいるところを見られるところだった。妙な勘違いでもさせたら、ややこしいことになってしまう。この心優しいゼルダという少女をいたずらに傷つけるのは私の本意ではない。
 洞窟の中での件は、ちょっとした役得としてひっそり胸に秘めておこう。それくらいなら許される、はず。
 ……胸が少しばかり痛むのは気のせいだと思いたい。
「フィア!」
 ぼうっと物思いに耽っていた間に、2人はすでに少し先を歩き出していた。
 リンクに呼ばれて、私は慌てて2人の後を追いかけた。



***



 リンクの鳥は、道なりに進んで行き止まりになっている崖の横穴に閉じ込められていた。それも暴れても出られないようにご丁寧に、木の柵までつけて。嫌がらせのためにここまでするのかと呆れると同時に少しだけ感心もする。
 キィキィと憐憫を誘う鳴き声に、リンクとゼルダが穴を覆う木の柵を取り外しにかかる。紐で頑丈に吊り下げられているので、リンクは剣を使ってそれを断ち切った。
 私はというと、手持ち無沙汰にそれを見ているだけだ。刃物なんて持っていないし、出来ることなんてないのだから仕方ない。
 柵を取り除き終えると、横穴からひょっこりと飛び出して、嬉しそうに主の元へと擦り寄った。その様子がなんとも可愛らしい。鳥のいない私には羨ましい限りだ。
 リンクは鳥のくちばしを撫でてやりながら、その身体に異常がないか隈なく確かめる。あんな狭い場所に閉じ込められて暴れたのだから、当然といえば当然だ。
「怪我は……見たところないみたいだ」
「よかった」
 ほっと胸を撫で下ろす私たちの前で、大丈夫だとでも言いたげに紅い翼を大きく広げてみせて、バサリと羽ばたくと空へと飛び立っていった。
 周囲をぐるりと旋回して、伸び伸びと飛んでいる様子を見るに、本当に大丈夫そうだ。さすがロフトバードの中でも最も丈夫と謳われる幻の紅族。
「リンクのロフトバード、大丈夫みたいね」
「このまま鳥乗りの儀の会場に急ぎましょう。お父様が少しだけなら開始時間を遅らせてくれるって言ってたから、まだ間に合うわ」
 ゼルダの父親は騎士学校の校長だ。話の分かる良識人なので、リンクの事情を知っているのなら遅刻のせいで鳥乗りの儀に出れない、なんてこともないだろう。
「うん」
 ひとつ頷いて、リンクは鳥に乗るためのジャンプ台へと歩みを進めると、私に向かって手を差し出した。
 リンクの鳥に乗せてくれるという意味なのだろうけど――ゼルダの鳥に乗せてもらった方がいいような気がしたので、私はゼルダをちらりと見やる。
 しかしゼルダは何も気にした様子もなく、むしろ促すように、にこりと笑顔を浮かべた。
 ……ここはゼルダの寛大な心に甘えるとしよう。
 私は、差し出されたリンクの手のひらの上に、自分の手をそっと重ねようとしたが、
「……っ」
 ずきり。
 唐突に頭の中を鋭い痛みが襲って、リンクの手に触れる直前に、思わず手を引っ込めた。
「フィア?」
「……ううん、何でもない。大丈夫よ」
 心配そうに顔を覗き込んでくるリンクに、私は安心させるように笑みを浮かべ、かぶりを振った。痛みがあったのは一瞬だったので、本当に何でもなかった。
 むしろ異常があったのは私の方ではなく、ゼルダの方だった。
「――ねえ、2人とも……今の呼び声、聞こえた……?」
 ぎゅっと眉根を寄せ、不安そうな顔をしてゼルダが言った。
「別に、何も聞こえなかったけど……フィアは?」
「私も何も……」
 何かあったとすれば頭痛が走ったくらいだ。
「そう……」私とリンクの答えに、ゼルダは伏せ目がちに空の方へと視線を向けた。「最近、よくあるの。誰かが私を呼んだような気がすること……」
 気のせいだと言ってしまうにはあまりにも真剣で物憂げな眼差しだった。
「ゼルダ……」
「……2人とも、雲の下ってどんなだろうって考えたことある? みんなはこの下には何もない……虚無の世界だって言うけれど、私は違うんじゃないかって思う。お父様が持ってる古文書にはね……スカイロフトよりもずっと広い大地と呼ばれる場所のことが書かれているの。調べた人は誰もいない。ロフトバードだって、厚い雲に阻まれて抜けられない……。でも、私いつかあの雲の下を見てみたい」そう言ったゼルダの目は、雲海を見下ろしながらも、その実どこまでも遠くを見つめていた。きっとその目には彼女の想像上の『大地』が映っているに違いない。そう思わせる眼差しだったが、ゼルダははっと弾かれたように顔を上げ、かぶりを振った。「ごめんね、こんなときに変な話をして。さあ行きましょう!」
 気を取り直すように明るい笑顔を浮かべたゼルダを見つめながら、私は一抹の不安――否、ひとつの予感を抱いていた。

 時は満ちた、と。


  

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