金曜の夜は予定がある。と言われて、せっかく空けておいたのになんだよと思いながら、そっかーって言った。なんとなく金曜日はお互い空けといてどっか行ったり、寮で過ごしたりしているから珍しいなあなんて呑気に思ってた。
「臣クンと綴クン、合コン行ったらモテちゃう。」
「は?」
「え?カズクンどうしたの?」
「いや、合コン?」
「うん。金曜日。」
何気ない談話室での会話。モテについて語っていたたいっちゃんの一言でつづるんが合コンに行くことを知った。聞いてねえ…と思った。
「マジ?!激マブじゃん!!」
こういう時、うまいこと口が動いてくれて助かる。それ以降の話は上の空だった。

最近年末でバイトが忙しいし、レポートも何個も出たとか言ってつづるんは夜更かしばかりしている。オレはもちろん絵の課題もあるけど、忘年会とかクリパだとかにかこつけた合コンで忙しい。クリスマスイブは前日がファンミだし、つづるんは多分バイトするんだろうなと思う。今日もみんながお風呂に入り終わった頃に帰ってきたつづるんは急いでシャワーを浴びて部屋にこもってしまった。もやもやした気持ちはあるけど、がんばってるつづるんにコーヒーでもいれようと思って寝静まって静かなキッチンに立った。つづるんはいっつもブラックコーヒーを飲む。自分の分だけミルクを入れて、つづるんの部屋に向かった。
「おつピコ〜。」
「三好さん、寝てなかったんすか。」
「まあね〜。つづるんも起きてると思ってコーヒーいれてきた。」
「あ、ありがとうございます。」
暖房は、質素倹約節制のために24時で切ることになっていて(これでも寒がりのゆっきーと夜更かしのいたるんが食い下がった結果だ)寒いから、つづるんはパジャマにしてるジャージの上にいつも着てるダウンジャケットを着ていた。部屋着用のあったかい上着プレゼントしたいなとふと思う。オレはパジャマの上に厚手の裾が長いカーディガンを着てるけど、やっぱり寒い。
「寒いね。」
「ほんとそれ。」
ノートパソコンをそのままにして、つづるんはマグカップを両手で包み込むように持ってほうと息を吐いた。まっすーはぐっすり寝ているみたいで、デスクのスタンドライトだけの薄暗い部屋で、一瞬沈黙が落ちた。
「ねえ、金曜日さ。」
「はい?」
「合コンなの?」
「え、は?なんで?」
ちみちみコーヒーを啜っていたつづるんが大げさに驚いた。
「たいっちゃんから聞いた。」
「あー。なるほど。」
「なるほどじゃなくてさーなんで言ってくんなかったの?」
「いや、別に。」
なんだか気まずそうに見えるのはオレだけ?やっぱ隠してたっていうか、後ろめたいことがあんの?
「もー!言ってくれたら、カズナリミヨシの恋愛テクその34を伝授したのにー!つづるん合コンなんて行かないからお持ち帰りされちゃうかも?!的な?ヤバ!」
思ってることとうらはらな言葉がベラベラ出てくる。まっすーが起きないように小声だけど沈黙に耐えられない気がした。
「てゆか、女子大なんでしょ相手!つづるんの好みの女の子いて好きになっちゃうかも?合コンってちょーテンアゲ…。」
「三好さん…。」
「ん?」
座っていたつづるんが急に立ち上がって、肩を掴まれてぐいぐい押され、オレは部屋の外に追い出された。
「え、つづ…。」
「アンタのほうがいっつも女といる癖になんなんすか。むかつく。」
「え…?」
「俺、そんなに簡単にひとを好きになったりしないんで。三好さんと違って。」
「…っ!」
かなり、怒っていた。目の前でドアがバタンと閉められてオレはそこに立ち尽くした。要らないことをまた言ってしまった。つづるんのことになると失敗ばっかりだ。さっきオレが口走ったことがつづるんのプッツンポイントにヒットしてしまったみたい。しばらくつづるんの部屋の前で立っていたけど余りにも寒くて、ぬるくなったコーヒー片手に部屋に戻った。布団にもぐって、思い返してみたら悲しい気持ちより悔しい気持ちが大きくなってくる。肝心なところ聞けなかったし、そもそもオレがいるのに合コン行く意味わかんないし、百歩譲って合コン行くにしても隠してるし。一番ムカついたのはオレは簡単にひとを好きになる奴だって思ってたわけ?!はあ?ありえなくない?こっちは高校生の頃からずっと一途に好きだったつの。いや、彼女はいたこともあるけどそれはノーカンで。…ノーカンは無理か…。いらいらしてるせいでなかなか眠れず、朝起きるのがつらかった。
次の日からオレとつづるんの冷戦が勃発した。口なんかきいてやらねえと思って起きてきたらつづるんもそのつもりだったらしく、おはようすら無かった。中高生は登校した後で、後片付けをしてるおみみが不思議そうな顔でオレたちを見た。

「ツヅル、トナカイらしさが足りないヨ?」
「そうっスよ!もっとトナカイの気持ちになって!」
「んなこと言われても…。」
ファンミのためのシャッフル稽古はなかなか面白かった。各組で稽古の空気は違うらしく、凄く新鮮だ。これでつづるんと違うチームだったらよかったのに。稽古中は流石に無視なんかできないから、お互い最低限の会話でなんとかやり過ごしてる。
「一成くん、聞いているのかね?」
「あっ?なになにメンゴ!聞いてなかった!」
「イルミネーションの鼻の台詞のところを韻を踏むとどうかね?と聞いたのだが。」
「あっ?イルミネーション?おけまる!考えとく。」
「台詞の言い回しくらいなら綴くんに手伝ってもらってもいいっスよね?」
「えっ?俺?!」
脚本と演出には手を出せないつづるんはけっこうそれがストレスになっていて、暴走気味のオレらの話し合いを微妙な顔で聞いていた。だからといってふたりでなにかすることは避けたい。つづるんも乗り気じゃなさそうで少しいらっとした。結果的に話し合いなんかできなくて、韻を踏むという案はボツになった。

冷戦の戦況は最悪の様相を呈してきた。どちらも意地を張り合っていて膠着状態。きっかけがあれば話せるのに、もしかしたらごめんって言える可能性もあるのに。あっという間に金曜日は明日になってしまった。木曜日は遅い時間までシフトを入れているつづるんを待って、談話室でテンテンのドラマを見る会に参加した。テンテンの演技やドラマのストーリー、出てる俳優についてなどをわいわい話しながら、そろそろ帰ってくるかなとドアをちらちら気にしていたら予想通り鼻を赤くしたつづるんが帰ってきた。
「あ、綴さんお帰りなさい!」
「おかえり…っておい皆木、風邪ひくんじゃねえぞ。手洗いとうがいしてこい。」
「ただいまっす。…風呂いってくる。」
あーだめだ。全然無理。話しかけられる気がしない。ドラマが終わって、シャワー浴びてテーブルで晩ごはんを食べてるつづるんを横目に部屋に戻った。はあーどうしよう。合コンに行くくらい自由なのに、なんでオレはこんなに焦ってるんだろ。つづるんはオレが合コン行ったってなにも言わないし、ケロッとしてんのにな。さっさと寝ようとしたけど、合コンに行ったつづるんの妄想が止まらない。王様ゲームとかやんのかな。つづるんが王様とキース!とか。うわあないわ。絶対やだ。つづるんは未成年だからコールとかはないと思うけど…。女子大の女の子に食われちゃったりしないだろうか。もし合コンがめちゃくちゃ楽しかったらどうしよう。やっぱりオレより女の子のほうがいいとかおっぱいにもってかれたりとかしたら死んじゃう。おっぱいだけは勝てねえ。そもそもついてない。はっと我に返って自分の思考のアホらしさにため息が出た。ごめんねと、合コンいかないでが言えたらいいのに…。

つづるんとおみみの合コン当日は、家出る時間がズレててつづるんと顔を合わせることさえできなかった。


授業中も、つづるんのことを悶々と考えていたら全然頭に入ってこなかった。特になにかあったわけでもないのに、疲れた。今日は夜稽古で、あれ?つづるん合コンどうすんだろ…とレッスンルームに入ってからハッとした。まさか、休むとかありえないでしょ合コンで。なんて思ったらそのまさかだった。
「えっ?つづるんは?!」
「合コンっすよ〜?こないだ言ったじゃないっスか。」
「は?」
さすがのオレだって合コンより稽古優先なのに。たいっちゃんの話を聞くとどうやらその合コンがフルーチェさん公認の、演劇サークルの女の子達とのコネ作りも兼ねているということを聞いた。嘘だろ、演劇関係…。そんなのうちの脚本全部書いた天才皆木先生はモテるに決まってる。聞かなきゃよかった。めっちゃいやだ。微妙にテンションの下がったオレに気づいた人はいないことを祈りつつ、つづるんのいない稽古が始まった。
もうほとんど流れは決まってて、トナカイがトナ会を開くというとんちきな内容だ。アリリンのセンスと、ロンロンのノリの良さと、たいっちゃんの明るくて元気なとこが相乗効果で大爆発!なんてノリノリで考えたんだけど、実は呆れながらもみんなの話をまとめてくれるつづるんがいないとなんとなく寂しいっていうか、やりにくかった。集中できてないのはオレだけじゃなくて、たいっちゃんもそうで、稽古にスマホは持ち込まない(別に決まりじゃないけどだいたいみんなそうしてる)はずが、珍しくポッケに入れてちょいちょい触っている。
「ねね、たいっちゃん」
一旦休憩ってなって、ふと見たらたいっちゃんが鏡にもたれてしゃがみこんでいた。
「だいじょぶ?どったの?具合悪げな感じ?」
たいっちゃんはいつもよく喋るし、休憩だってみんなと話しつつ振り返りっぽいことまでやってるのを一緒に稽古するようになって気づいた。すごいなと思った。だからなんかちょっと心配になる。
「いや!へへ、ごめんッス!全然元気ッスよー!」
「そか〜!」
オレを見上げて笑ったたいっちゃんはやっぱりちょっとだけど元気が無い。
「なんかさ、大事な連絡してたり?もしあれだったら稽古場いったん抜ける?通話とかしてきてもだいじょぶだよん」
気にしいなところがあるから、なんかあるなら無理させるのはまずいなと思った。
「ううん、あのね、臣クンとLIMEしてたんス!合コンの実況中継してくれてて。俺っち合コン行ったことないからさ〜!どんなか教えてってお願いしたんだ!」
「おみみ?」
「うん。こんなしょーもないことでスマホ見ててごめんなさいッス。よっしゃー休憩終わり!」
思いもよらない返事に一瞬かたまる。ちょっと待って実況中継って!
「おみみ、なんて?」
あ、まずい。と思ったけど思わず、立とうとしたたいっちゃんを引き留めてしまって慌てて手を離す。不思議そうに首を傾げられてしまって焦る。
「あは、合コンの話題はやっぱりこのカズナリミヨシ、喰いつかないわけにはいかないっしょ〜」
「…。あはは、そーだよね!は〜俺っちも合コン行ってみたいッス!モテて〜!」
マジ気になる。どうなってんの合コン。なんとか誤魔化して笑ったらたいっちゃんもいつもの調子に戻ったからほっとした。モテてえのはわかるけど、つづるんがモテたら困るんだよくそ〜!その後の稽古はいつも通りで、たいっちゃんもスマホを見るのをやめてしまったから、オレは合コンについて聞くチャンスを逃してしまった。

稽古が終わって、お風呂も入って、どうしても落ち着かないオレは部屋じゃなくて談話室にいた。テンテンがつむつむに宿題をみてもらってたり、残業で疲れ切って帰ってきたいたるんがカレーを食べたりしていたけど、23時前にはみんな部屋に帰ってしまった。相変わらずスマホとにらめっこして大人しいたいっちゃんと、スマホは持ってるけどなんの音沙汰もないオレが残った。てゆか、帰って来ないんですけどどうなってんの。まさかの朝帰りですか。オレの妄想は最悪の方向に突っ走って、悲しくなってくる。たいっちゃんが大きなため息と一緒にスマホをテーブルに投げ出したので、ここぞとばかりに話しかけた。
「ね、おみみとまだLIMEしてる?」
「あんまり、返信来なくなったスけど…。」
「マジ?盛り上がってんのかな?」
意気消沈って感じのたいっちゃんはぽちぽちとスマホをいじってからオレに見せてきた。
「こんな感じっす。」
おみみグッジョブじゃない?と思える合コンの報告の中に、見逃せない一言を発見してしまった。
『綴がモテて大変そうにしてる(笑)』
ハァー?!かっこ笑いじゃないです。なにそれどういうことなの。オレはたいっちゃんのスマホを持ったままがっくり項垂れてため息を吐いた。
「マジねーわ!」
「!?え、ないんスか!?」
思わず言ったらたいっちゃんがびっくりして乗り出してきた。いや、これはないでしょ。モテたらダメでしょ。
「あ、ごめん。あはは。…ハァ〜。ないでしょこれ…。」
やばいやばい。本音が出ちゃう。それでもやっぱりこれはないと思う。
「…ない…。えと、こんなんじゃモテないって意味…??」
はてなマークをいっぱい浮かべたたいっちゃんは言った。
「逆、逆!モテるでしょ、これおみみ完全にモテてるの分かってない。」
「や…やっぱり…そうじゃないかとは…俺…薄々…思ってたッス……そーだよね臣クン…だって超かっこいいッスもんね…はぁ〜……」
何故か落ち込んだ様子のたいっちゃんはオレと同じように項垂れた。その深いため息の気持ち何故かすごくよく分かる気がするんだけど、たいっちゃんはおみみがモテたら困るんだろうか。たいっちゃんにスマホを返して、やっぱりオレには何も送ってこないつづるんに少しむかついた。
「あ。」
「ん?」
「……!カズクン見て!」
こっちに向けられたスマホには女の子ふたりに挟まれてピースしてるつづるんの背中がうつっていた。
「〜〜ッ?!」
見たくないのに、細かいところまでまじまじと見てしまう。近い。っていうかなんで腕組んでんの。つづるんの腕に絡みつくように女の子の細い腕がしっかり写っていた。いやいやだけどピースをしているつづるんは完全にモテていた。
「綴クンじゃなくてさぁ〜…!臣クンがどーなってんのか知りたいのに俺…もーやだ臣クン…」
ため息を吐いてたいっちゃんはLIMEの返信をし始める。正直それどころではないというか、控えめに言ってさっきの写メが衝撃すぎて言葉が出ない。
「…やっぱ合コン行かないでって言えばよかった…」
ぽつりと、呟いたたいっちゃんの横顔が悲しそうで、分かるよその気持ち…と思ってから、ん?って引っかかった。
「えっ?ごめん聞いてなかった…ん?」
なんでおみみが合コン行ったら悲しくなんの?
「おみみに合コン行ってほしくなかったの?」
「違う、今のは、なんでもないッス!!!」
慌てて喋り出したたいっちゃんは一生懸命誤魔化そうとしているように見えた。
「えと…あは、いや、なんか……」
噛み合わない会話がぎしぎしし始める。ふと、自分に余裕がこれっぽっちもないことに気づいてしまった。もっとこう、笑って、ふざけて、ポンポン話せるはずなのに、オレは沈みきってしまっていてたいっちゃんの言ってることちゃんと聞けてない。そもそも、つづるんと一週間はけんかしてて、もうダメかもしんないとか、別れるとかそんなことばっかり考えている。落ち込んでるたいっちゃんの真意がどうであれ、あーこれはもうダメだと思った。
ピコンとたいっちゃんのスマホが鳴って、一瞬沈黙していたオレらはガバッと顔を上げた。
スマホを見たたいっちゃんは小さく笑った。たいっちゃん、結構そーゆー顔すんだな。怒ってるように見えた。いらいらしてるっていうか。
「………」
「どうかした?」
「…具合悪い女の子がいるって」
「あー」
「これはもう返事来ないッスねー!実況中継、これにてジ・エンド!ッス!」
笑ってるけど、全然楽しそうじゃない。っていうか絶対怒ってる。珍しいなと思いつつ、その女の子が本当に具合が悪いわけではないのでは、と思った。
「おみみってさあ、天然タラシとお人好しのコンボだよね」
「あはは、万チャンも同じこと言ってたッス!俺っち今度臣クンにタラシのコツでも教えてもらおーかなー!そしたらモテるかなー!」
たいっちゃんその笑い方めっちゃ痛々しいよ…大丈夫?オレももう大丈夫じゃないんだけどさ。しんどいだろこんなの。
「つづるんもさ、面倒くさがりのくせにお人好しで、そのうえ鈍ちんなんだよね」
せめてひとことLIMEくれてもいいんじゃないのかなつづるん。夕方から黙ったままのスマホが忌々しかった。
「…むかつくね」
オレの気持ちを読まれたのかと思って慌てた。たいっちゃんは心底むかつくみたいな感じで言ったけど、どう見ても落ち込んでいて、それでもオレがむかついてんのに合わせてくれたのかなと思った。
「ね。お前ら妖精かっつーの」
「………」
鳴らないスマホをテーブルにほっぽり出して、オレらはどちらともなく黙り込んだ。ああもう、本当に今日は帰ってこないのかもしれない。可愛い女の子に好きって言われて、帰らないでとか言われたらつづるんは流されて、オレなんかと付き合うのがめんどくさいことに気づいてしまって、フラれるのかも。
「………。」
沈黙は苦手なんだけど、なにか言ったら泣きそうで、たいっちゃんとふたり黙り込んだ。カチカチ談話室の時計の音がやけに響く。最悪だった。みじめだし、悲しいし。けんかなんかしたくないのに、なんでいつもこうなっちゃうんだろう。
どれくらい時間が過ぎたのかわかんないけど、玄関がガチャって開いた音でオレとたいっちゃんはハッとした。おみみとつづるんの声がする。帰ってきた?なんで?合コンは?談話室に入ってきたふたりはオレらをみてびっくりしたみたいだった。
「おっ臣クン!!」
おみみを見た途端すっ飛んでいったたいっちゃんと対照的にオレはとっさに俯いていた。
「太一ただいま。一成も。二人してこんな時間までどうした?」
「三好さん…。」
どうしよう。ごめんねっていったら許してもらえるんだろうか。ていうかもう別れるのかオレたち。いやだ。いやすぎる。
「三好さんなんで起きて…。」
「〜っ。」
つづるんの気配が近づいてきて、見上げたらつづるんはギョッとした顔でかたまった。
「…ああ〜もう!アンタなんで…。」
おかしいなと思うより先につづるんの冷たい手がオレの手首をがっしり掴んだ。痛かった。
「伏見さんお疲れ様でした!太一おやすみ!!」
ずるずる引きずられてオレは談話室から出た。中庭の木にはささやかだけどイルミネーションが施されていてじんわり明るい。その電飾が滲んで見えたところで、オレは泣いていたのだということに気づいた。マジか。
「なんで泣いてんの。」
「いや。ハハ。ウケる。」
「全然ウケねえから。」
いつもはあったかいんだけど、帰ってきたばっかりのつづるんの手のひらは冷たくて、涙は止まってくれない。さっきみた写メが脳裏に浮かんで、思わずつづるんの手を掴んだオレの手は写真の女の子みたいに可愛くもなんともない男の手で、絶望した。
「あの、話さなきゃいけないことがあって。」
「いい。聞きたくない。」
心の底から聞きたくなかった。それにしても最悪の想像がその通り起こるとか悲しすぎる。
「聞けよ。」
震えた。寒いからじゃない。怖すぎる。肩を掴まれて逃げ場もなかった。つづるんは怒ってるんだ。ぶっきらぼうな言い方は普段のつづるんと全然違う。大人げない自覚はあるけど、嫌すぎて暴れ出したい気持ちだった。怯えてるつもりはないんだけど、つづるんが大きなため息を吐いたのに大げさに体がかたまってしまった。こういうところだ。めんどくさいんだ。分かってるけど死ぬほど聞きたくない!
「ごめん。」
抱きしめられている。というのを理解するのに時間がかかった。冷たいなとぼんやり思うくらいに。
「…えっ?」
「ごめん。三好さん。」
久しぶりにくっついたつづるんは力いっぱいって感じにぎゅうぎゅう抱きついてきて、ほっぺに当たった耳がめちゃくちゃ冷たい。
「泣くほど嫌だった?」
「っえ?!なに?」
「俺が合コン行くの。」
なんでわかんの?混乱した頭で考える。
「思い上がってんのはわかってるけど。そんなに愛されてるとかわかんなかったし。」
「…えぇ?」
「そもそもけんかしたのも俺がガキだったからで。」
そうだったけんかしてたんだオレら。くっついたところからじんわりあったかくなってきて、つづるんが帰ってきたことがうれしくて何故だかますます泣けてきた。
「ごめんね三好さん。」
「えっ、いいよ。全然。」
「なんだそりゃ。」
呆然と泣いてるオレの顔を見て笑ったつづるんがすげえカッコよかったから、今までの不安とか悲しい気持ちとか怒ってる気持ちが消えた。
「つづるん、オレのことめんどくさくないの?」
「はあ?」
「別れない?」
「アンタ本気で言ってんの?」
「え…。」
呆れ果てたって感じのつづるんが今度は優しくぎゅーってしてきた。うわあ。めちゃくちゃ好きなんですけどどうしたらいいの。
「別れたくないから謝ってんすけど。」
「んえ…。」
「っていうか別れるってなんだよ。そりゃアンタわかりにくいし、めんどくせえとこもあるけどさあ。」
なんかすごいことを言われている気がする。心臓がドキドキうるさい。
「そういうの全部好きになっちゃったんだからしょうがないでしょうが。」
あ、オレもう死ぬかも。
「…つづるん。」
「めちゃくちゃ恥ずかしい。」
「つづるん〜っ!!」
今度はオレが抱きしめる番だった。いててって笑うつづるんのことが好きすぎて、うわー!オレもう幸せすぎてヤバイー!!心も頭もパンクしそうだ。
「ごめんね。ごめん。つづるん。ごめんね。」
「いや、ハイ。もう、いいっす。けんかは。」
「うん。オレももうやだ。」
久しぶりにオレを見たつづるんが、なんで突然こんなにデレたのかわかんないけど、結構余裕なさそうな顔してて、胸がいっぱいになった。

「で、合コンどだった?!楽しかった?」
「疲れましたよ。」
「ええ…めっちゃモテてたじゃん。」
あまりにも寒くて、つづるんの部屋に入れてもらった。まっすーいつもうるさくてごめん。今日も爆睡してるけど。
「三好さんはいつもこんなことして遊んでんのかと思ったら面白くなかったっつーか。」
「ええ?」
今日は妙に素直なつづるんはとてもかわいかった。
「でも、なんか。うーん。うまく言えないけど俺はもう合コンはいいっす。」
行かないでってはやっぱり言えないけど、つづるんはもう行かないって言った。
「そーか。残念。」
「残念って思ってねえだろ!」
「あ、バレた。」
けらけら笑って、楽しくて、声を殺していたら、ふっとまじめな顔をしたつづるんが
「三好さんは合コン行っていいっすからね。」
とぽつりと言った。
「えっ?!いいの?」
「行くなって言ったらアンタほんとに行かないでしょう。」
「そ、それはそうでしょ。っていうか彼氏がいるのに合コンってダメ男じゃんって思ったし。」
「ずっと嫌だったんすよ。これでも。」
こういう風にちゃんと話をするのが、オレたちは苦手だ。つづるんが言い淀む気持ちは痛いくらい分かる。
「でも、三好さんは束縛したら逃げるでしょ。」
「はあ?」
「絶対逃げる。もういいんすよ。最終的にこっち見ててくれれば。合コン行っただけで泣くほど思い詰める程度には愛されてるって分かったし。」
ねえつづるんそれさあ。それって。
「合コンで掻っ攫われる程軽い付き合いじゃないし。」
合コン行かないでって言ってくれないのはどうでもいいのかなとか、本当は行かないでって言ってくれたらいいのにとかずっと思っていたけど、つづるんはもうその段階は超えていたんだって衝撃を受ける。
「そのかわり浮気したら即別れるからな。」
「は、はい。」
心が痛いくらいにきみのことが好きなんだけどね。同じくらい、好きでいてくれてるんだって分かったら息ができないくらい苦しいくらいにうれしかった。浮気なんかするわけないだろ。ずっとずっと大好きなんだから。



彼氏が妖精でこまっています。



「ていうかあの時なんで太一も一緒だったんすか?」
「あ〜。あれは、なんていうか。」
妙にお互いが共感してて、話噛み合ってないのに噛み合ってて、なにより「合コンに行かないでって言えばよかった。」って悲しそうにしたたいっちゃんの様子から導き出せる答えは、少しありえないとは思うけど、ひとつしかなかった。
「ワンワンコンビのお留守番的な?!」
「いや、わけわかんねえからそれ。」
「忠犬はつらいよねん。」
「どの口が忠犬だと…?!」
「いででで!つづるん!痛いっ!」
かっこいい彼氏がいると心配は尽きないんだよね。見せてもらったLIMEのことを思い出すと、おみみはたいっちゃんにぞっこんって感じだったけど。これは、多分、オレらのこともたいっちゃんにはバレてんだろーな。だったらもう開けっぴろげに彼氏の愚痴とか聞いてもらおうかな…。いいこと思いついてにやっとしたら
「またなんか変なこと考えてるだろ三好〜っ!」
とほっぺをつねられた。