狂戦士シリーズ | ナノ
03



結局、その後セッツァーの離床が叶ったのは、三日どころか一週間が経過した後であった。それも、ようやっと立ち上がりが可能になった程度のもので、歩行についてはまるで話にならない状態だった。
壁に片手を付き、もう片方で松葉杖を持ち、一歩、二歩、三歩と歩いてリタイア。
何となく、歩いてみる気になっただけで、どうせすぐに休むつもりではいたのだが、倉庫の整理で離れていたミユは、床に座り込んでいるセッツァーを見てみるみる顔を青くした。
その後三十分ほど休憩して、今度は介添付きでまた同じ距離を戻って、リタイア。
なけなしの矜恃が少しばかり傷付いた。

元々体力のある方では無いのだ。が、しかし、自分で『三日あれば立てるだろ』と計算していた手前、予想以上に自分が虚弱になっていることにうんざりと辟易した。
どうにも医学には明るくないミユが、治癒状況の基準を決め兼ねて、執拗にセッツァーを怪我人扱いしたがることも要因のひとつとなっているはずだ。

兎角、寝たきり生活には飽きた。

睡眠は足りているはずなのに、目の下のクマを更に濃くさせて、大層死んだ目をしているセッツァーを見兼ねたミユが考案した打開策は、意外といえば意外、妥当といえば妥当な代物であった。


「フルハウス」

「……」

「何だ、またハイカードか?」

「……セッツァー、イカサマしてるでしょう」

「してねーよ」


ギャンブルとあらばイカサマなどしなくとも地味に普通に強い男、セッツァー・ギャッビアーニ。そして、そんな勝負運を味方に付けたカジノのオーナーの対面で、ギリリと眉間に皺を寄せたるは、人生に置いて不幸という不幸のベールを幾重にも重ねて心眼を曇らせまくったアンラッキーガール。気まぐれにトランプ遊びなど始めてみたところで、結果はハナから見えているも同然であった。
以前にロックやセリスとババ抜きをしたときには、セリスのあまりの表情のわかり易さに多少は混戦となったものの、結局は最下位の座に落ち着いたのである。
兎にも角にもミユには運が無い。
ゲームというものに、てんで弱い。


「ここまでブタが続くと、却って奇跡的だな」

「……勝負師に運が吸われてる……」

「人のせいにするな」


そう言いつつ、片手でパサりと繰り出された次の役はストレートフラッシュ。
対するミユは、やっとのことでツーペアが出たというのに、それを更に上回るセッツァーの強運にくたりと項垂れた。
これで0勝10敗、先に十回勝った方が勝ちというルールは、長続きせずあっさりと決着が着いた。


「で。何でもひとつ言うことを聞く、だったか」

「か、可能な範囲で!一個人に可能な範囲で、お願いします」

「安易に直球な賭けに出るからこうなるんだ。反省しろ」

「だって……こんなに自分が弱いだなんて、思わなかったんだもの」


予め、本当の本当にイカサマはナシだと頼み込んだ上で、この惨敗。もう少し健闘すると思っていただけに、悔しさも羞恥も割増であった。
項垂れるミユをよそに、セッツァーは結果を見据えていたように淡々とした風で、退屈しのぎを目論んだはずが、寧ろ退屈させてしまったのではないかと不安になるほどである。

と、ミユが対戦相手の機嫌を窺いながら身を縮こませていたところであった。


「……なんてな」


セッツァーが徐ろに挙げた右手の袖口から、パサパサと、上位のカードがシーツの上へ舞落ちたのを、見た。


「あー!」


酷い!と、それらを目の当たりにしたミユは短く叫び声を上げた。あれほどイカサマはしないでと懇願したというのに、このギャンブラーは息を吸うように、さも当然の如くに、袖にスペアを仕込んでいたというのである。憤るなと言う方が無理があるというもので、途端に眉がキッと釣り上がって、セッツァーを睨みつけた。


「イカサマしないでって言ったのに!」

「……。そもそも、それはゲームに於いて当たり前ルールだろ」

「そうだけど!でもセッツァー、やっているじゃない」

「悪い、賭博師の性って奴だ。イカサマもギャンブルの内ってな」


何だその理屈は。
そんな道理が通ってなるものか。
ミユはみるみる臍を曲げた。

ドヤ顔で種明かしをしたセッツァーは、そうしている間にも慣れた手付きでカードを繰り、シーツの上で角を揃えて束に纏め上げた。片腕が折れているというのに、器用なことである。ミユがぶすっと頬を膨らませていることなど、まるで気にした様子もない。寧ろ、何故だか清々としたような表情で、当然のように言い放つのである。


「まあ、今回はイカサマなしのギャンブルが前提条件だから、今のゲームは無効だな」

「!」


さらっと。
さらっと、そういうスマートなことする。
ずるい。

何処かの国王様のことを、セッツァーはよく、食えないだの、腹黒だの、小憎らしいだのと言っていたが、しかしミユに言わせてみれば、それは同族嫌悪というものであり、寧ろわかりやすく小粋である分エドガーの方が好感が持てるといっても過言ではない。この男は、どちらかと言うと、そのときの気分に合わせて自由にスマートさを演出しているものだから、掌の上で踊らされたような感覚が否めないミユは悶々とした気持ちになるのである。
が、これは好機であった。
そのとき脳裏に浮かんだのは、『再戦』の二文字。


「やめとけ。懲りたろ」


しかしあっさりと制されて、ミユはまたも、がくりと項垂れた。


「どうしても俺に勝ちたきゃ、お前自身がテクニックを身に付けることだな」

「……イカサマするの?」

「ああ。精々上手く騙せよ」


片手でカードを箱へと収納しながら、こうするんだ、と、一枚を抜き取って握る動作。次の瞬間にはカードがミユの視界から消え失せて、軽く腕を上下に動かす仕草の途中、また出現する。現れたカードは、よく見ると数字は同じでありながら、違うスートのものへとすり替わっていた。
上手く騙せ、なんて、セッツァーはケロリと言ってのけるが、百戦錬磨のギャンブラーの目を誤魔化そうなどと、とても無理な話であろう。
世界を股に掛けるトレジャーハンターから『動体視力が大変良い』と太鼓判を押されたミユだが、それに関係なく目眩くカードを手先で自在に変えていくのを見せつけられて、消沈せざるを得なかった。


「……セッツァーって、手品師に鞍替えした方が堅実だと思う」

「ハ、『堅実』と来たか。この上なく柄じゃねえな」


何かがツボにハマったらしい。
くつくつと笑う。
しかしながら、冗談などではなく、そこそこ本気で口にしたミユにとっては、その反応はやや心外であった。

だって、セッツァーは手先が器用だし。
頭も良いし。
顔も怖い。

この上なくマジシャン向きであると言える。昔に手品師を謳った存在は、大層怖い顔の厚化粧をして、人間一人を滅多刺しにした後、元に戻して見せたのだった。それの印象が強く残っているミユには、テーブルマジックの心得などは知る由もないが、しかし、セッツァーならばどんな内容の手品でも素知らぬ顔で熟してしまいそうである。


「マジックなんてのは、単なる視点の騙し合いだ」

「……。ギャンブルは違うの?」

「違うな。思考の騙し合いだ。金も絡む」


厭に、力強い口調である。
心做しか目も冴々、加えて、燦々といった様子だ。ここ最近で彼のデフォルトになりつつあった気怠げな面影がまるで見当たらず、妙に活気付いているように思える。
突然の変貌にミユは唖然とし、語る内容の微細な違いがわからずにコテンと首を横に傾げた。
しかし、セッツァーは構うことなく講釈を続けた。

朗々と。
詳細に。
ほぼ、一息で。


「カジノには常にロマンとリアルが併合している。たかがダイス一つとっても、握る人間次第で道楽にも死活にも変動する。遊戯が稼業だなんて、そんな最高のジョークが成立するのがギャンブルだ」

「へ、へえ……」

「マジックなんて仮想魔術とは訳が違う。全てがロジックの上にあるから面白いんだよ、ミユ」

「そうなんだー……」


なんだ、なんだ。
急に、饒舌になるではないか。
よもやこの男、そんなにイカサマを手品呼ばわりされたことが心外だったのか。だとするならば、そんな感情をおくびにも出さないで、よくもこうまで語れるものである。
何処かのひょうきんな国王陛下なら、勢い余って、拍手喝采を送っていたかもしれない。

セッツァーがこんなに熱の篭った瞳で何かを話す姿など、空と飛空挺の絡む事柄でしか見られないと思っていたが……思いの外、ギャンブルというものにも真剣に愛情を注いでいたようで、ミユはつい尻込みしてしまった。語りに合わせるには双方の認識のベクトルが違い過ぎて、別次元の言語を聞いているようにしか思えなかったからである。
とはいえ、何かを熱心に語ることが出来るというのは、身体の状態も落ち着いている証拠でもあるので、よいよいと頷いて、飲み水を手渡した。
やはり一気に話して喉が乾いたらしい彼は、何も言わず、大人しくカップに口を付けた。


「ほんとに、好きなんだね」


そう言うと、セッツァーは微妙そうな顔をしたのだった。
語った内容が本当にミユに伝わっているのかどうか、疑わしいようである。

正直、伝わっていない。

が、言葉の通り、セッツァーは物凄くギャンブルが好きなんだなあ、という事だけはしっかりと理解したので、ミユは、今後は不用意な発言は慎もうと胸に刻んだのであった。


「……ま、世界がこんなじゃ、ギャンブルもマジックも、やっている余裕なんざねえだろうがな……」

「そう、かな。ジドールに行ってみたら、もしかしたら、まだカジノも栄えているかもしれないよ」

「ああ……街が崩落していなければ、あの馬鹿貴族共は、好き勝手にやっているだろう」

「あ、えっと……」

「――金が有っても、資材が無いと気が付くまでに、どれほど時間が掛かるやら知れたもんじゃない」

「……」

「……。俺とお前の賭けも、破綻したな」

「……」


賭け。
セッツァーと、ミユの。

内容自体は、中身のあるものではなかった。
賭けているものは、脅しに近いものだった。
ミユが仲間から距離を置こうとしたから、勝手に離脱しようとしたから、察したセッツァーが、それを止めさせるために持ち掛けたギャンブル……の、はずだった。

あの時と今では、状況が激変している。

反帝国を掲げてはいたが、リターナーは、こうも分かりやすく世界が崩壊してしまう事態を想定していなかった。そこまで直に世の害悪となるような存在が、帝国の軍事政権を隠れ蓑にしていたとは、誰も、微塵も考えていなかった。

一人の将校が命を落とした。
名を、レオ・クリストフという。
忠誠心に溢れ、正義感が強く、兵士からの人望が厚い男であった。
命の尊さを理解し、戦いには正々堂々を心得て、ひとたび仲間と認め合えば、元が敵対していようと、分け隔てなく開襟した。
セッツァーは、その男を、自分とは真逆の道を行く人間であったと認識している。
今生きている自分よりもよっぽど世界に必要とされるはずの人間であったと、そう、認識している。

そんな人間でさえ、帝国は切り捨てた。
そうして、寝首を掻かれて壊滅までもした。

それを思えば、あの時ミユに賭けを持ち掛けた選択は正しかったのだろう。彼女は帝国に追われ続けていて、巡り巡って反帝国組織に身を置くことになっていた。折角落ち着いた場所から半端な心得で飛び出すのを、もし何もせず見送っていたら、捕まって、従えられて、操りの輪などを嵌められる事態になっていた可能性すら有り得る。レオの末路を思い返し、その可能性の先を考えるだけで、嫌な汗が頬を伝った。


「続けても、良いかな」


ぽつり、ミユが呟いた。


「……。趣味が悪いな」


セッツァーもまた、呟くようにして返す。

『セッツァーの出した問題の答えを当てる』。
ミユが勝てばセッツァーを『従える』ことができ、セッツァーが勝てばミユは法外な額で『買われる』ことになる。今の主たるゲレオン・バロックが、この状況で存命かは知れたものではないが、劣等感よりも人間扱いをされたいと願う気持ちを燻られた奴隷は、仲間からそれを否定される条件を純粋に嫌だと感じたのであった。
解答回数に限りはなく、ミユが匙を投げたらセッツァーの勝利、諦めずに正答を導き出せばミユの勝利、という極めて一方的なルール。
その問題というものもまた、抽象的で、何が正解なのかさっぱり検討も付かないようなもの。
『セッツァー・ギャッビアーニの最も恐れるものを答えよ』。
これの正答は、セッツァーの頭の中ですら、未だに決まっていない。

故に、そもそもゲームとして成立していない。

解のない問題を出して時間も回数も無制限、何を言われてもミユが諦めない限りはやり取りが続く。
セッツァーは、何故だかそのとき、ミユを目の届かない範囲へ行かせてしまうことを良く思えずに、半ば必死になっていた。謂わば時間稼ぎに過ぎず、納得させた瞬間に役目を終えたゲームに、存外ミユが真剣に取り組んでいたのを、面白おかしく思ったものだ。

まだ続けたいというのならば、その遊びに付き合ってやるのも悪くはない。
言い出しっぺは自分である。どうにかして決着を付けるべきも、また自分なのであろう。


「で、何を賭けるんだ?」


茶化すように問い掛けると、ミユはパッと顔を明るくした。






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