狂戦士シリーズ | ナノ
05



さあ仕事、仕事、と勝手口まで戻ってきたとき、表の方から騒がしい音がするのが耳に入った。
セッツァーは、うん?と片眉を上げる。何事かは判別が付かないが、十中八九、ミユが何やら騒いでいるのだろう。この家に住人は居候の自分以外に一人しか居ないのである。
騒音は、バタバタ、ガタンガシャン、と走り回ったり壁にぶつかったりといったオノマトペに加え、キャー!とか、止まってー!とか、そんな叫び声が混ざっている。片足を引き摺っているセッツァーはすぐに駆け付けることができないのだが、音から察するに、危機というのとは掛け離れているような賑やかさであるので、まあ、苦手な虫でも迷い込んで来たのだろうと勝手に決めつけて、ゆっくりと様子を見に表に近付いた。
しかし、玄関を抜けた先で、汗だくのミユが相手にしていたものを目にして。
セッツァーは固まった。


「あ、セッツァー!見て、見て!すごいの!」


既に見ている。
そして、すごいのも良くわかる。

庭で駆け回ったと推測できる彼女は、苦手な虫から逃げ回るなどという可愛げのある様子などまるで見せず、その腕の中にとんでもないものを抱えて、満面の笑みで振り返ったのであった。
首、である。
鳥の。
別に生首というわけではなく。
地面に引き倒して、首を抑えて絶賛捕獲中の、チョコボ。
雛であればまだ可愛いものだが、そんなことはなく。
立派な成鳥を、渾身の寝技で抑えつけて、ご満悦である。


「はぐれチョコボ!庭に迷い込んで来たの!」

「お前……虐めてやるなよ。可哀想だろ」

「ち、違います!羽を怪我しているのに、暴れるから!」

「赤目で言っても説得力ねえぞ。取り敢えず首は勘弁してやれ」

「それも、違います!チョコボ類の捕獲は首って相場が決まってるの!」


それは知らなかった。
流石は天性のサバイバル根性の持ち主、偏っていながらも色んな知識を持っているものだ。
そんなことより裏庭からロープを持ってきて!と興奮気味のミユに指示を出されて、セッツァーはたった今来た道を、また片足を引き摺りながら、えっちらおっちらと戻っていく。
手頃なロープを片手に再び玄関前を訪れた頃には、寝技の体力勝負に根負けしたらしいチョコボはすっかり疲れ切っていて、クェ、と線の細い声で鳴いていた。











「で、どうすんだよ、あのチョコボ。食うのか?」


ミユのバーサクを解除したセッツァーは、即席の鳥小屋を作りながら、深く魔石の存在に感謝していた。もし、この段階でデスペルが無かったら、ミユの赤目は本人が気絶するまで続いていたことだろうし、その間に暴走状態が悪化すれば、修理箇所が扉どころでは済まなくなる可能性すらあったのだ。想像すると、デスペルを覚えていて本当に良かったと身に染みて思う。
基本的に、ミユのバーサク解除担当はティナであることが多かった。
が、以前、封魔壁でケフカに殺され掛けてから、そのケフカ本人の魔法トラップを元にセッツァーなりに魔法の研究を重ねていたのである。こんなところで役に立つとは思ってもみなかったが、複合魔法の開発のために色々と積極的に手を出していて本当に良かった。世界が崩壊したと言えども、その辺りの個性や扱い方というものは変わらないのである。こうして暮らしている以上は、問題は起こらないに越したことはない。
そんな懸案事項を抱えたままの当人だが、セッツァーの発言に対して顔を青くさせていた。


「食べないよ!?」

「なんだ、違うのか」

「チョコボが居なくちゃ、遠出できないじゃない!」

「……。『遠出』?」


遠出。
セッツァーは脳内で二文字を懸命に反芻した。


「遠出する場所なんざ、残ってねえだろ」

「それを確かめに行くの。北に向かえばコーリンゲンだし、もっと走れば……ほら、あの、ジドールにも行けるから」

「……。ジドールは無理だ。大陸が分断されているのを見た」

「……見た?」

「ブラックジャックから落ちるときに」


それを聞いて、ミユが絶句するのがわかった。
吐息の音さえも静かになって、セッツァーは言ってしまったことを後悔する。

落ちるときに見えた大陸の有り様は絶望的で、最期なのにも関わらず、神というものはロクな風景も見せてはくれないものだと、内心毒づいたのを覚えている。その所為か酷く強烈に印象に残り、くっきりと頭に焼き付いて離れないのだが、それを彼女に共有させてどうするのだ、と嘆息した。
気遣わしげにオロオロし始めるミユから目線を逸らす。
どうにも世界が終わってからというものの、自分は彼女に醜態を晒し過ぎている気がした。


「じゃあ、その、取り敢えずチョコボで大陸は渡れないってことで!一先ず向かってみるのはコーリンゲンかな」

「……まあ、そうだな。何処まで行けて、何があるのかは、把握しとく必要があるか」

「任せて。フィールドワークは得意だから」

「あ?」


微妙な空気を取り成すようにドンと胸を叩いて宣ったミユを、思わず瞬いて二度見する。
そして、振り下ろした金槌の座標を狂わせ、製作中の木材を思い切り叩き割った。


「――はあ!?」

「ひゃっ!?」


ミユは飛び上がって慄き、瞳に怯えの色を浮かべる。
が、セッツァーは構わずに捲し立てた。


「馬鹿かお前!一人で行く気じゃねえだろうな!?」

「ひっ!?だ、だってセッツァー怪我してるし、チョコボちょっと小さいし、一人しか、」

「そういう話をしているんじゃねえ!今の状態考えろ!」

「だ、大丈夫だよ。ほら、私弱くはないし、旅も慣れたし。セッツァーも、もう一人でも包帯の取り替えとかできるし。平気、平気」

「駄目だ!俺が同行できるようになってからにしろ。時期も時期だ、早過ぎる」

「そ、そんなことないよ!遅いくらいだもん!」


話しているうちに冷静になって、徐々に声量は収まっていく。久々に大声を出した所為で、やや腹筋に痛みが走ったが、しかしセッツァーはミユの上腕を掴んで、真正面から睨みつけた。
この、世間知らずの女は、何も知らない癖に思い込みだけで突っ走っていくきらいがある。冒険者としての素質はあれど、危機管理能力の方は今ひとつ育ち切っていないのだ。
ジドールの闇オークションに賭けられるような、世界でも指折りの危険人物の癖に、変なところでポジティブで、肝心なところでポンコツだから、毎度毎度、守る側の人間が手を焼くのである。

今、こうしてセッツァーの怒鳴り声に怯んで、震え上がっているような状態で、たった一人外に出すなんて、有り得ない。
今の世界がどうなっているのか、本を読む人間ならばある程度の想像は着くものだ。しかし、ミユはそんな知識に触れる機会を尽く奪われて生きてきた。
であれば、わかる人間が教えなければならないのは道理である。


「想像してみろ。例え、お前一人でコーリンゲンに着いたとして」

「うん」

「ロクに知りもしない男とマトモに話せんのかよ」

「!それは、あの、……が、頑張れば、」

「違う。俺と喋ってて未だにビビってるような奴が、この飢饉の世界で血肉に飢えてるような連中相手に、マトモに話せんのか――って話だ」


告げると、彼女の目が丸くなる。
今まで考えもしなかった……というよりは、その言葉の意味を正しく計り兼ねる、と言った風に。
嘆息が零れるのを自制して、セッツァーは続ける。


「コーリンゲンに女が足りてる確証なんざねぇぞ。街の人間が飢えていれば、チョコボだって奪われるかもしれないし、最悪、身ぐるみ全部剥がされて良いようにされる。非常時に余所者を排斥するなんて、小さい村では良くある話だ」

「ひ……」

「考えが甘ぇんだよバカ。世の中の国や集落が全てゾゾみたく無法地帯になったと思え。飢饉舐めんなよ」

「う……でも」


ミユは悔しそうに下唇を噛んでギュッと目を閉じている。名案と思った発言を叱られたことと、セッツァーの顔が怖いこととで、二重に精神へダメージが入ったため、思い切り歪んだ顔になっていて、思わず額へ指を弾いた。
デコピンを受けて、ミユは更に渋面になる。両手で額を抑えて涙目になっていた。
しかしながら、言われたことは飲み下したようで、そろりと目を開いてこちらの機嫌を窺っている。
よくよく考えて見れば、こうも判りやすく怒ったのも久々である。いつ以来だろうか、と考えて、親友亡き後では初めてではないかと気が付き、少々きまりが悪くなった。

と、その双方の空気感に乱れが生じたタイミングで、狙ったかのように、先程捕獲したばかりのチョコボが「クェー」と間の抜けた鳴き声を上げた。

二人揃って、チョコボを見やる。


「……」

「……」


現状、物資が足りず、鳥小屋が完成するまでは荒縄で繋いでおくという雑な方法を取っている。ティナが目にすれば激おこ必至と思われるが、しかし、チョコボ自身は存外にこの家の空気を気に入ったようで、荒縄も気に留めずのんびりと翼を伸ばしていた。
両翼をバサバサと振り回したり、毛繕いをしたり。その度に羽根が散らばるので、鳥小屋の完成は急務と言えよう。


「……なんか、勢いで繋いだけど……慣れるの早いね?この子」

「気に入ったから迷い込んで来たんじゃねえのか」

「なるほど……よし。折角だし名前決めよう」

「脈絡ねえな」


話題を変えて説教を誤魔化すのが目的であろう。
幼い男子のようなことを企み実行したミユは、既にチョコボの方へ駆け寄って目的を完遂せんと動き始めていた。


「じゃ、じゃあ、チョコボの名前案出し大会!セッツァーからどうぞ」

「……。構わねーが、コイツ、性別は?」

「女の子だよ」

「メスか……それならヒルダガルデ……いや、レッドローズも捨て難いな。次点でベイルージュもアリか……」

「……。ねえ、セッツァー。それ、チョコボの話だよね?」

「あ?そのつもりだが」

「……」


どんなネーミングセンスだ。
明らかに違う奴であろう。それ。


「よし。後ろに『号』って付きそうなのはやめよう」

「なんだよ。要撃戦闘機インターセプターよりマシだろ」

「引き合いに出すとこ間違ってると思う……」


それに、そこを引き合いに出したということは、少なくともそれらのネーミングに関する問題点は理解しているということである。尚のことタチが悪い。


「文句ばっか言ってるが、お前はどうなんだよ」

「私?」


ぱたり、ミユの思考が一瞬止まる。
そう言えば、文句ばっかり言っていて代替案を提示していない。まさか問い返されるとは思っていなかったが、よく良く考えればこれは『チョコボの名前案出し大会』なのであった。ミユは頭を捻った。

自分なら、どんな名前を付けるだろう。
この家を出る前、まだ母とリタが生きていた頃にも移動用のチョコボはいた。しかし、特に名前は決まっておらずただ『チョコボ』とだけ呼んでいたのである。それでは参考にはならない。

何かないだろうか。
そう考えて、浮かんできたものは。


「……ポチ、とか?」

「……」

「あの、じゃあ、タマとか……どう?」

「チョコボの話だな?」

「そ、そのつもりです」

「……」

「……」


セッツァーの長い溜息。
わかる。
これは酷い。
自分のネーミングセンスの無さを呪った。しかし、呪ったところで良案が浮かぶはずもなし。
すると、セッツァーが仕方がないとばかりにズボンのポケットに手を入れた。
お、なんだなんだ。


「表でヒルダガルデ号、裏でポチ」


取り出したるは一枚のコイン。
両表とかではない、普通の。

――賭けるのか。このラインナップで。


「恨みっこなし。イカサマもしない」

「あ!じゃあ私がトスする!」


セッツァーの「イカサマしない」は信用ならない。
拒否される前に、彼の手からコインを引ったくって弾いた。あまりギャンブル慣れしていないミユでも手軽にできるコイントス、上方へ放物線を描いて小気味よい音を立てたそれを、タイミングを見計らってキャッチした。

手の上に現れた面は――表。


「決まりだ」


斯くして、当家の騎乗用チョコボの名は、高潔なる『ヒルダガルデ号』と相成った。
ポチよりはマシだろう。多分。きっと。











「あのね……セッツァー」


日も沈み始めた夕暮れ時。扉の修繕を終え、鳥小屋作りに勤しむセッツァーに、夕飯ができた旨を伝えたミユは、そのまま彼の仕事のキリが良くなるまで、ヒルダガルデ号と戯れながら玄関先に座り込んでいた。
そんな中、トン、カン、と工事の小気味よい音だけが響く庭で、心ここに在らずといった風にミユが語り掛ける。
作業の手を止めずに、短く返事をすると、彼女は続けた。


「ゲレオンのこと、なんだけど」

「……」

「もう、生きてないんじゃないかな。……生きていても、こんな世界で、こんな状況だし、一生会うこともないんじゃないかな……って」

「……だろうな。奴が未だジドールに根を張っているなら、大陸を渡るのは難儀だ。そこまでしてお前に執着する以前に、やることは山積みだろうよ」

「うん。その、つまり、それってね……だから……私って、もしかして」

「……」

「もう、奴隷じゃ……ない、ってことじゃ、ないかな……なんて」


それは、そうだろう。
作業の手が止まる。セッツァーは僅かに目を伏せて、それからミユを見た。
ヒルダガルデ号の毛繕いをしていたのだろう。ブラシが握られているその手は、しかし、既に地面に投げ出されて、彼女はチョコボの腹に顔を埋めていた。

もう、ミユは奴隷ではなくなったのか。
それについてはイエスだろうと、セッツァーは考える。世界が崩壊したから、ゲレオンの安否が不明だから、帝国が崩落したからと、理由は幾つもあるのだ。
が、そのどれもに当てはまらない理由で、セッツァーは結論を出している。

――そもそも最初から、成立するはずのない契約だったのだと。


「隷制なんざ廃止されて久しい。元々違法な取り引きだ、それを認める法的効力は無い。……認められてたまるか」

「……」


闇オークションの存在は、セッツァーにとって目障りでしかなかった。煌びやかなネオン色に包まれた表の顔と、それらの抱える薄汚い裏の顔を、そのまま体現しているのが競売場だ。価値あるものを駆け引きするだけではなく、人道的でないものまで取り扱って、ミユのような被害者を出す。
セッツァーはそれを好まない。
法が効力を成さないことなど知っている。隷制の廃止が表向きでしかないことも知っている。国がそれらを全く駆逐する気がないのは、ひとつでも粛清してしまったら経済が回らなくなるからだ。ひとつでも廃止してしまったら、セッツァーのカジノにも規制が掛かっていたことだろう。最も、それで立ち行かなくなるような悪徳的な商法を取った覚えは更々ないのだが。

今でも、おそらくは。
世界が終わった今でも、競売場はきっと薄汚いネオン色だ。例え形がなくなっていたとしても、そこに根付く風潮がいつまでも残り続ける。完全に消え去るために必要な時間は、おそらくミユの寿命よりも遥かに永い。
だから、ロスチャイルドが本当に死んだことを確認でもできない限りは、ミユは奴隷のままであろう。ジドールが変わることなどそうそうありはしないのだから、ミユの見出した一縷の希望も泡沫の如くに弾けて消えよう。

けれど、セッツァーの考えは。
セッツァーの描く理想は、その限りではない。
ジドールなど知ったことではない。あそこは自分の庭ともいえるが、だからこそ『染める』つもりではあっても『染まる』つもりは毛頭ない。


「お前は最初から人間だよ」


それ以外の答えを、認めるつもりはなかった。


「……うん」


チョコボの腹に押し付けた顔面から、くぐもった声が聞こえる。
泣いているのか、と尋ねると、ミユはへらりと笑い声を聞かせた。しかし、肩は震えていて、何一つ取り繕えていない。


「わたし、セッツァーのそういうところ、好き」

「……そりゃどーも」


初めの頃とはえらい態度の違いだ。
指摘する前に、ミユ自身も同じことを思ったらしい。

あはは、なんて言って笑って。

涙声を隠しもしないで、それでも、口元は愉快げに持ち上がっていた。






prev / next

戻る


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -