見渡せば君 | ナノ


夏服・1  







夏を象徴する花というものは幾つかあるが、その中でも特に『夏といえば』と激しく存在を主張するものと言えばヒマワリに相違ない。花に詳しくない俺でも知っているし、花に詳しい貴崎にとっても真っ先に頭に浮かぶ花だった。
6月も中旬に差し掛かり、夏だから、というわかりやすい理由と、『植えてしまえば楽』という園芸部ならではの理由により、貴崎はガザニアの追肥を行った直後に、目を輝かせてヒマワリの種蒔きを行っていた。


「今くらいの暖かい時期に植えるとね、すぐ芽が出るの。10日くらい」

「へー」

「一年草だから、植え替えも要らないし、そんなに手を掛けなくても育ってくれる良い子なの」

「ほー」


因みに貴崎の『良い子』の基準だが、手を掛けなくても良い楽な奴が良い子、難易度高めの、端から見れば世話の面倒くさい奴が『可愛い子』なのだそうだ。部活動の一環での庭弄りを、子育てが何かだと勘違いしているのではないだろうか。

しかし、まあ。

俺の目からしてみれば、まだ種蒔きの段階で発芽すらしていないヒマワリよりも、この時期になって学園全体が納涼の効果を生み出している服装の方が、よりこれからの季節を感じさせる材料となっているわけなのであった。
即ち、『夏服』である。


「……匡君?」

「あ?」

「えっと……私、何か変?」

「……。いや、何も」


Dか。
ひょっとしたらEは有るかもしれない。

夏服を着衣して身体のラインが冬服よりもハッキリ見えるようになった今、貴崎の微妙に隠れた胸の寸法も以前よりわかりやすく目測可能であるわけだ。Eにしてはやはり少し控えめだろうかと思ったりもしたが、それでも日本の女の持つ胸の平均値より上であることには違いない。
……なるほどな。
実際のところどうなんだ、と聞くことは当然憚られるが、貴崎のそれは、男から好まれやすいサイズであることは明確だった。

それにしても。

以前、貴崎の身長は155だと何気ない会話の中で聞いたことが有ったが……その身長にD及びEの重さを含むと、体育祭のときに担ぎ上げた際に発覚したあの体重の軽さは、相当不健康とされる数値になるのだろう。やはり何か手を打たなければ、コイツは病弱体質にしろ、幾ら何でも痩せ細り過ぎている。

夏服になった途端、その胸のサイズとともに腕や腹回りの華奢さまで露呈することになっていた。それがまた絶妙にアンバランスで……『心配』の感情が、少し、蟠る感覚を遠くに感じながら、腰掛けた花壇から種蒔きの様子を見つめていた。

貴崎はやはり、常に向けられ続けた一点からの視線に、居心地悪そうにはしていたが……そこは面白いので、まあ良し。


「ねえ、匡君。やっぱり何かおかしいとこ、」

「細いな、お前」

「え。あ、ありがと……?」


千や小鈴と一緒に居る時は、嫌でも何か食わされることにはなるだろうが……あいつらは他校の人間でそう会う機会が有るわけでもない。雪村は最近何かと忙しそうなので、予定を合わせるのは難しいだろう。
夏休みに入れば多少はマシにもなるとは思うが……今は、俺くらいしかマトモに連れ出せる奴が居ないのは確かだ。

……振り出しに戻ってるな、と嘆息した。


「褒めてねえよ。……部活終わったら、ちょっと付き合え」

「?」


買い食いする程度なら、婆さんに連絡を入れるほどでもないだろう。
俺は、惚けた間抜け顔の貴崎の額に軽く指を弾いて、若干強引気味に約束を取り付けた。











別に、ちょっと軽めの間食のような、その辺の屋台で売ってるたこ焼きやらでも奢ってやるつもりだった、というだけの話なのだ。カロリー高めなら尚良し、といったつもりで。
学校帰りに買い食いくらい、いつもしていることなので、連れが居ようと居まいと大して変わらない。しかし貴崎からしてみればこれは新しい世界に足を踏み入れる大いなる第一歩となるわけだ。
進言した時は遠慮していた貴崎だが、押し切って実際に街を歩いてみたところ、戸惑いがちに商店街の右や左やと目を泳がせる不審者と相成っていた。いつもはちゃんと隣を陣取っている癖に、今日に限っては斜め後ろから、俺のしかも裾の端を摘んで歩くものだから、こちらとしては進み辛いことこの上ない。
以前、絶賛買い食い中の千と遭遇したときは、別にこれといったリアクションは見せなかったが、どうやら自分のことになると話は別らしい。……婆さんのことを気にしているのかもしれない。

ともあれ、放課後の街を歩くこと数分。
その間ずっと不審者であった貴崎が、何か思い立ったようにふと足を止めた。

何か食いたいモンでも有るのかと振り返ってみれば――如何にも女子高生の好みそうなクレープの食品サンプルがズラリと並んだ屋台に、釘付けになっていやがる。
カロリー高めなら尚良しなどと言ったものの。
些か甘すぎやしないだろうか、そいつは。


「……甘そう、だね」

「甘そうだな」

「ちょっと……食べたいかも」

「……マジか」


甘そうだね、などと言いつつ興味津々なのは明白であった。
俺ならとても手を出せる代物ではないが、やはりその勇姿は、女という生き物の特質か何かと思っておけば良いのだろうか。好意的に『甘そう』と評したようには見えなかったが、それはさて置き。
もうちょっと、それこそ、たこ焼きとか、ドーナツ程度だと思っていたのだが……まあ、最初にしてはハードルが高過ぎるようなそれを、早速『どれが良いかな』なんて選び始めてしまっている貴崎を、今更止める筋合いは無い。消極的に歩いていたコイツが興味持ったんなら、奢ってやるのもやぶさかではないというものである。
それは、良い。
それは良いのだが。

貴崎が自分の財布を既に構えていることは、看過できない現状だ。
男が隣に居るのに、況してこっちが勝手に連れ出してんのに、何自分で払う気になってんだお前。


「……悉く、だな。本当によ」

「へっ、何が?」


悉く予想を外れていく。
見ていて飽きないが、これは少し面白くない。


「どれが良いんだ」

「えっと、この、イチゴと生クリームの、」

「わかった。俺が出すから、財布しまえ」

「え。でも、結構高い、」

「出店ならフツーだ。良いから、こっちにも見栄張らせろ」

「……。見栄」

「ああ」


以前、千から甲斐性云々を指摘されたことが有ったが、たかが平均六百円程度で並んでいるクレープひとつを惜しむほど、ケチ臭くはない。
まだ何か言いたげにしている貴崎を制して、番号制の注文システムでさっさとイチゴと生クリームの云々を店員に言い渡し、野口英世一枚を出す。貴崎はその間あわあわと落ち着かない様子だったが、俺が釣り銭を財布にしまい込んだ辺りで、諦めがついたらしく、小声で謝礼を口にしていた。
おそらく、唐突に連れ出されたこともそうだが、こうして俺が世話を焼くような真似をしていることそのものに、何か物申したい気分なのだろう。だがしかし、それを問うタイミングを逃しているように見えるし、俺の方も問われたところでマトモな答えが返せる気がしないのだ。

何でこんなに気に掛かるんだろーな。
と。

出来上がったクレープの皮が思っていたより熱かったことに動揺しながら、貴崎に手渡した。


「……ほら、熱いから気をつけろ」

「あ、ありがとう」


おずおず、と言った風に受け取った貴崎は、その後適当に腰掛けたベンチにて、何処にでも有るようなただのクレープひとつを、まるでこの世にただ一つしかない希少なものであるかのように慎重に口に運んでいた。










夏服





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