見渡せば君 | ナノ


それでも重圧は消えない  







貴崎の歌だが、まあ、下手ではなかった。上手くもなかったが、しかしたまに歌詞を間違える辺りは流石『微・ドジっ子(沖田談)』の称号を冠しているだけのことはある。機械で減点されるのに対して俺の中には好ポイントが加算される一方だった。……というのは冗談だが。
意外にも貴崎は、マイクを回している間にドリンク飲んで休憩して、無理そうなときにはそれとなく次の奴に順を繰り上げ、と上手いこと調整しながら無理なく歌っていたのだ。沖田のフォローも有ったが、無事に三曲ほど歌いきった。


「えっと、一人620円ね!」

「……割り勘の概念が備わってたのか、千」

「あら、じゃあ不知火が奢ってくれるの?」

「ねーよ」


お嬢様の計算により(そもそもレシートに一人当たりの金額が明記されてるから、敢えて計算するまでもないのだが……まあ、突っ込まない)、それぞれ財布から小銭を出し合い千に手渡す。これを以て本日は一応、解散となった。……一応、だが。
千と小鈴は帰る道が反対方向ということでその場で別れ、雪村は藤堂&沖田と方面が同じ。唯一誰とも方角の合わない俺と貴崎は、必然的に俺が貴崎を送るという話になって決着がついた。元よりそのつもりでは有ったが、何というか、沖田のニヤけ面が気に入らなくて鳩尾に軽く肘を入れてみたところ、爪先を踏まれて同ポイントとなる。

雪村に窘められて、残りの五人も解散した。


「匡君、駅の方だっけ」

「ん?ああ」

「方向、真逆だね」

「まーな」


前にもどっかで似たような対話を展開したような気がする。

帰路を辿ろうと足を踏み出したとき、突然貴崎が足を止めた。キョロキョロと周囲を見渡し、そして今しがた出てきたばかりのカラオケの店先をじっと見つめた後、ぐっと鞄を握る手に力を込めて居る。なんだか知らねえが、何かを噛み締めるように数秒間そこから動かなかった。
顔色が悪いようには見えない。しかし、何処かしら疲れているようには見えた。
同時に……高揚と落胆を合わせたような哀愁を。

見たことのある景色に少し動揺する。


「貴崎、帰るぞ」

「うん……」

「……おい、貴崎、」

「匡君」


既に日は西へ傾いている。
ザワザワと家路を行く人混みの中でただ一人、騒音がどうでも良くなる程の焦燥に駆られている俺は……一体、何を恐れて、コイツの側に居るのだろう。
死か。
違う、そんな安直なモンじゃねえ。

呆然と俺の名を呼び振り返った貴崎は――いつもと変わらない笑みを浮かべて佇んでいた。
そのことに少しだけ、安堵する。


「匡君」

「……あ、ああ。どうした」

「寄り道して、帰ろ」

「……」

「……」

「……アホかお前」


今に始まった事ではないが。
俺は貴崎の頭を両手のひらで鷲掴みにして叫んだ。


「体、調、悪いんだろうがッ」

「ひゃあ!?痛い!痛いよ匡君!あと髪が乱れ、」

「知るか阿保娘!」

「あいたっ!」


ぐりぐりと拳を米神に押し付ける。
まあ、貴崎が体調管理の出来る奴だというのは、今日一日の行動を見ていてればわかることだ。今も無茶を言って寄り道を提案したわけではないのだということは、理解できないでもない。
涙目でわーわーと抗議しているコイツは、長年付き合ってきた己の体質に関しては、それほど馬鹿じゃないらしい。しかし、今朝見た辛そうな足取りが脳裏から離れず、俺の方が融通を利かせられないのが正直なところだ。
……。

……チッ。


「で、何処行くんだよ」

「ん?……え?」

「寄り道すんだろ。……言っとくが、仮に何か起きても俺は責任取らねえぜ。飽くまで自己責任だ」

「!」

「念のため婆さんに連絡入れとけ」

「う、うんっ」









それでも重圧は消えない



「……」

「匡君?」

「……いや」


言いたいことは色々と有るが、ごちゃごちゃと考えていた人間特有の複雑な思考回路は大体幾つかに集約されてきている。
『何処かで見た光景』。
そして貴崎から目が離せない理由。
前々から思っては居たが、俺は貴崎を案じているわけではなく、もっと別の何かを恐れているらしい、ということ。
あとは……


「匡君、行こっ」


俺の意思に反し、コイツがあまりに不安定にゆらめいていること、か。


「おい待て。行き先は」

「学校。今日の水遣り、先生に任せっきりなのも悪いから」

「……なんだ」

「?」


フッと肩の力が抜けて、このときようやく俺は自分の身が強張っていた事に気付いた。
そんなことかよ。
……そんなことで、これほど動揺する俺は一体何なんだ。

学校に、園芸部として花の世話をしに寄るだけ。
まだ部活中のクラブも有るだろうこの時間帯なら、別段、教師に対し話が通らないほどおかしな内容ではない。

但し、今現在俺たちが制服ではなく完全な休日スタイルであることを除けば、だが。





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