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腐食していくナイトメア



「アーン!10時の方向にマグル!」

若い2人組の男女が公共の、しかも通り道の真ん中でイチャついている。危機一髪のところで避けたが俺は一瞬、引いちまってもよかったのにと不謹慎なことを考えながら帽子癖のついた髪をかきむしってまた窓の外に目を戻す…

「アーン!14時の方向に、



吊革に伸ばした手も虚しく宙を舞い、俺は盛大によろけて尻餅をついた
それとバスが急ブレーキをかけて止まるのは殆ど同時だったように思われる
急いで身を起こし、脱げた帽子もそのままにして慌てて外に出た

あぁ、遅かったか。と思った

こちらに背を向けて女の子が屈み込んでいる。

「すまねぇ。申し訳ねぇ。お前さん大丈…」

その肩に手を触れようとした瞬間、分かった
…泣いている。
小さな肩が激しく上下しているのがその証拠だ


「許さないわ!」


こっちを振り返った顔は予想通り涙で濡れていた
俺を見て、バスが見えるっつーことは魔法界の人間だ。
俺はひとまず安心したが彼女の方は到底そうはいかないようだ。
彼女は両腕いっぱいに何かを抱えている
俺はそれが最初、何なのか分からなかった
何か白い、ぬいぐるみのように見えたそれを抱きかかえ揺さぶりながら立ち上がり、俺の胸に押し付けた

「ねぇ!生き返らせてよ!この子を生き返らせて!」


俺は声も出せずにそのままそれを受け取った
真っ白なぬいぐるみのような猫は濡れていた。
多分彼女の涙だろう
血では濡れていない
だって真っ白なのだから

「何を笑ってるの!?」


彼女は信じられないという風に俺を見上げ、声を張り上げたがその歪んだ顔はひどく魅力的だと思った。


「安心しな。死んじゃいねぇよ。だってほら、真っ白なままだろ?きっとアーンがギリギリのとこで避けて、気絶したんだ」


バスのクラクションが鳴った。
ヘッドライトに照らされた彼女の顔は涙で光って、美しかった。


「さぁ、バスん中へ入んな。猫はアーンが見てくれる。その間にココアでも飲もう」











(その無色透明な涙を、染めたい。)












title:by「アダムの溜息」





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