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有明の月



もうすっかり冷たくなった秋風が、中途半端に肩まで伸びた私の髪を奪っていく
大きなブナの木の下で私はただ、はらりと風に舞う木の葉を眺めていた
普段はきっちりと上まで締めたYシャツのボタンを2つ外して、素足のままで。どのくらいこうしていたかは分からないけどもう随分長い時間こうしている気がする
頬が、指先が、裸足のままの足元が、もうほとんど血の流れを感じない
凍ってしまったみたいだ



「シャンプー」


そんな秋風とは反対に暖かい、大好きな声が私を呼んだ


「何してるんだ、こんな所で」

そう言って近づいてきた彼が、ぎゅっと私の腕を掴んだ
すると彼は驚いたように目を見開いて、今度は私の頬に手を触れた
冷えきってもう何も感じることができないんじゃないかと思っていたのに、あなたの指先が私に触れると、血の気のない私の頬は熱を取り戻す。

「こんなに冷たくなるまで、何してたんだ」

真っ直ぐ私を覗き込んだ彼の口調は怒ったようだったけど、声とは裏腹に、まるで壊れ物を扱うように優しく、私の髪を撫でる

「月と、話してたの」

私はリーマスを見ないままでそう言った
私はただずっと遠くを、冷たいままの風を見ていた
だって、私が今彼の目を見てしまったら、涙が溢れそうだったから。

「月と?」

まだ私を覗き込んだまま、だってまだ月なんて出ていないじゃないか、と言って笑った


「だから、これからもずーっと出て来ないで下さいってお願いしたの。」

意味を理解したのか彼はやっと私から目を離して、まだ白い暁の空を見上げた

「ありがとう、シャンプー。」


そう言われて、私はそのとき初めてリーマスを見た
彼も真っ直ぐ私を見つめていてた。
鷲色の髪が秋風に弄られて乱れていたけど、久しぶりに近くで見た彼があまりにも優しく微笑んでいるものだから、私はたまらなくなってリーマスの胸に抱きついた
ボロボロのローブが破れそうなほど強く握りしめた


「どうして…」

行かないでよ。
もしあなたが行ってしまったら、私は一生月を恨んで生きることになるわ。

ずっと堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出す
頬を伝う涙で、私の中にまだこんな熱いものがあったのかと知った

リーマスはそっと私の唇にキスをして、

「涙は見せないで」


そう言って、もう一度、今度はさっきよりも長いキスをした

多分これで私の体は完全に熱を取り戻しただろう。


「またすぐ会えるさ。それに、」

月を恨むんじゃなくて、月を僕だと思って欲しいな。満月の日には僕を思い出して欲しい。

そう言って彼はまた優しく笑った

私も笑った
不思議と涙は止まっていた



極限まで水で薄めたような空色に、ブナの木立から有明の月が、覗いていたことを2人は知らない。



(ずるいよ。涙は見せないで、って私に言った癖に、あなただって泣いてたじゃない。唇が触れたとき、分かったの。あなたの唇も、濡れてたこと。)







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