真夜中だというのに、道路には絶え間なく車が走っていて、少し離れた繁華街からは、色とりどりのライトが光を放っていた。
「はぁ…。」
ぶっちゃけ、今の気分は最悪と言っていい程に悪かった。
冷たい夜風が、妙に心地よかった。
「…ふざけんな。」
半ば投げやりに言い捨てて、ベンチに座ったまま暗い空を仰いだ。脚とかもうぐわッて開いちゃってるけどこの体勢楽だからいーや。
「あり得ない、マジあり得ない。星ウザイ、超輝いてる、羨まし〜。」
「…お前、さっきから何言ってんだよ。」
「はあ?」
突如として聞こえてきた、あたし以外の声。独り言に返事なんか返って来るはずないって思ってたから、呆気にとられてしまった。頭を声のした方にやると、そこにはラフなスーツに身を包んだ、眼帯の男がいた。褐色の肌と薄い水色の髪が、綺麗なコントラストになっていた。
「見ず知らずの貴方になんか関係ないでしょうが。」
「正論だが、女がこんな時間に一人は危ないだろ。」
「いいんです、ナンパ待ちナンパ待ち〜。」
頬を膨らましてそう言った。別にマジでナンパ待ちをしていたってわけじゃなかったんだけど、あながち間違ってもないかもな…。
「お兄さん、ちょっと愚痴聞いてくれる?」
期待なんかしてたわけじゃない、ちょっとした冗談だった。なのに、名前も知らない彼は、何も言わずにあたしの隣に腰を下ろした。
「彼氏と別れちゃったの。」
「へー。…つーかとりあえず脚閉じろ、オヤジかお前は。」
「はいよ…。…でね、酷いんだよ?3年も同棲して、結婚とかも考えちゃったりして?あたし達は倦怠期のけの字も知らないキャッキャウフフなラブラブカップル…」
「"だった"んだろ。」
「そのとーりだよ!あいつ浮気したの!!しかも同時に3人!!!魔がさしたのかなとま思ったよ!?最初は水に流そうとは思ったよ!?けど無理だった!!何故だ!!」
「いや、キレる気持ちは分かるけど、だからって俺に当たるなよ。」
「おまけに、二人で一緒に飼ってたトイプーが何故かあたしよりあいつに好いちゃって!メスだからかな!?ココアちゃんメスだから男好きなのかな!!?そんで家飛び出して、友達の家に泊めてもらったんだけど…」
「荷物取りに行きたいが戻るのは気まずいとか?」
「お兄さん鋭いね、その通りだよ。だからなんとなくこのベンチに落ち着いて、彼氏…いや、"元"彼氏があたしを探しに来てくれるのを待ってちゃったりするわけ。」
「…可能性は0に等しいだろうな。」
「返す言葉もございません。」
あたしはがっくりと肩を落とした。
そうだ、その気があるなら、彼の方からあたしの携帯に何らかの連絡を入れるはずだ。しかし、見事に着信は0件。こーゆー時に限って女友達からの連絡さえ来ないんだから…。寂しいじゃないのよ!
「んなとこで座ってたって、盛った下衆に犯されて終わりだぞ。」
「モロ語…お兄さんストレートだなあ。そんなんじゃモテない、って言いたいところだけど、そうでもないみたいだね。」
「何で分かるんだ。」
「だぁってお兄さんすんごい美形なんだもん。高そうなスーツに時計…ホストでしょ?」
「まあな。」
お兄さん…といっても多分年齢はさほど変わらないんだろうけど、彼は褒められたのが嬉しかったのか、少しだけ笑った。
「あ。」
「どうかしたか?」
あたしが見つけたのは、彼のスーツのポケットからはみ出たペンギンのストラップ。黒くて大きなソレは、確か、他県の某有名水族館の開館15年記念の限定品だったはずだ。
「お兄さん、ストラップ、ほら!」
「あ」
あたしは自分の携帯に付いている色違いの桜色のペンギンを見せた。
「ピンク!」
な、何か予想以上の食い付き様…。
「お兄さん、よかたっらあげるよ。」
「…マジで?」
「ぅ、うん、何かお兄さんすごい物欲しそうに見てるから…。まあ愚痴聞いてもらったお礼もかねて、みたいな。」
あたしはストラップの紐部分を携帯から取り外してお兄さんに渡した。
彼はそれをまるで本物の雛鳥を受け取るかの様に両手で包むと、少しだけ首を傾けて、もう一度あたしに本当にもらっていいのか?と聞いたら。
「気にしないでよ、あたし基本的に海洋生物好きでさ、お決まりデートスポットは水族館なわけで、そういったグッズ結構持ってるんだ。」
「そうか。」
うわぁ、今度は満面の笑みだ、お兄さんのテンション急上昇だ。
そして一体何を思ったのか、
「そうだ、市外に新しくできた動物園あるだろ?今度一緒に行かないか?ペンギン達が園内を散歩するイベントやってるらしくて、一緒に歩きたいと思ってたんだよな!!」
「ぉ、おにーさん…。」
アンタ、会ってまだ十数分の女にデートのお誘いですか?騙してるようには見えないけど、ちょっと抵抗が…。
「嫌ってわけじゃないけどね、そういえば、その、お兄さんこんなところでふらふらしてていいの?」
「あ、まずい。鬼道さんの遣いで外出てたんだっけな。」
「じゃあ、急いで戻らないとね?」
立ち上がるお兄さんの姿を、あたしは少し名残惜しい気持ちで見つめていた。だってきっとお話するのはこれが最初で最後だし。いやぁ、いい目の保養になりました。
「何黙って座ってるんだよ。」
「え?」
「来いよ、店。」
「いや、だってあたしそんなお金持って…」
「一回位奢ってやるさ。」
「わお、お兄さん太っ腹。」
「それに、まだ連絡先聞いてないしな。」
…ホストに期待するのもどうかと思うけど、これってもしかして脈ありな感じですか?
「…そういえば、まだお兄さんの名前聞いてないね。」
「ああ、佐久間次郎。」
「次郎さん…古風な名前ですなぁ。それ源氏名とかじゃなくて?」
「本名だ、悪かったな。それより、お前の名前は?」
「みょうじなまえ。」
お店に着いたら、次郎さんの奢りで思いっきり高いお酒飲んで、とびっきりかっこつけて、「今夜の出会いに乾杯」って言ってやろう。
―――――――――――