「なまえちゃん、メロンのカット、あと二つほどやっといてくれる?」

「はーい。」


調理場だというのに、この空間はほんのりとお酒の匂いで溢れている。
料理の質に影響があるのではと思うが、ここが"ホストクラブ"なのだと言われれば、微弱な酒の香りも納得せざるをえない。


上京してきたはいいものの、夢ばかりを目で追って、働く先さえ決まっていなかったあたしに手を差し伸べてくれたのは、高校の先輩であるとも先輩だった。とも先輩も知り合いのツテで2年前からこのお店で働いているらしく、あたしも運良くここに置いてもらうこととなった。
"夜"の世界に最初こそ慣れなかったものの、ここでの私の仕事といえば、主にフルーツを切ったり、簡単なスイーツを作るだけ。とも先輩も一緒だし、今ではすっかり慣れた。
職場の人達とも仲良くなれたし、あたしは元々夜型だし、そして何より時給がいい。


メロンを取りに冷蔵庫へ向かったところ…


「あ、いた…。」

「またか。」


あたしを探していたのは、薄い水色の髪をした男。ここで働くホストの一人だ。


「…無いんだけど。」

「え〜、奥の方にあったでしょう!?」


"涼野風介"というこの男は、早く出せと言わんばかりに右手を差し出し、もう片方の手で髪を引っ張っていた。


あたしは短いため息をつき、冷凍庫の奥から一本60円ちょいのアイスキャンディーを取り出して彼に手渡した。


「…指名入ってんじゃないの?」

「関係ないよ。」


袋を破って中身を口に咥えると、涼野はあたしに用済みとなったゴミを手渡した。
あたしはそれを文句一つ言わずに受け取ると、近くにあったゴミ袋の中に入れた。


…涼野はちょくちょくホールを抜け出し、調理場にやって来てはこうして安いアイスキャンディーをかじっている。

性格がコレでも、顔はかなり綺麗な方なので、涼野を指名するお姉様方はたくさんいる。あんまり興味はなかったけど、No.10以内をキープし続けてると聞いた時は驚いた。
あまりに信じられなかったから本人に直接確認したんだけど、小馬鹿にしたように鼻で笑われたので、とりあえずマジらしい。
…だからアイスなんて、涼野を好いてくれている客に頼めば、お店にある高級ジェラートをいくらでも注文してくれるんじゃないかと思った。

それを指摘したところ、今度は
「フッ…棒とガリガリの無いアイスなんて、甘ったるいキムチの様なものさ」
とかいう、まったくもって意味不な返事が返って来てしまった。
電波?この子電波なの??とか思ったけど、結果的に、あぁ、この人見かけによらず庶民派か。とかいう答えに落ち着いた。


「よくお腹壊さないね?」

「私が冷気にやられるわけがないだろう。まったく…貴様馬鹿か。」


ガリガリとアイスをかじってそう言い放つこの男の、一体どこがいいのか分からなかった。あたしだったら絶対に指名なんかしてやんない。むしろ南雲の方が断然好みだ。


「なまえ、今ものすごく失礼なこと考えなかった?」

「全然。」

「…君は真面目に仕事に努めている私を見た事が無いからそう思うんだよ。」

「いや、だってあたし裏方ですもん。」

「じゃあ一度客として来てみたらいいだろう。」

「無理無理、断固として拒否。何故に知り合いと酒飲むために大金払わにゃならいわけ?」

「ふん、私が直々に誘ってやっているというのに…。」

「何が誘ってやっているだこの寝癖野郎。単なる客の勧誘じゃないのよ。」

「……君ってさ、"ここ"で働いてるくせに、店の男に全然媚びないよね。」

「はい?ぇ、そりゃあ、まあ…」


何を言っているんだこの男。何故にお前は「なんだこの女」的な目をしている。


「まさか彼氏でもいるの?」

「だとしたら?別にあんたには関係ないでしょ??」


とんだ嘘っぱち。だってなんか悔しかったから。…ふーんだ!どーせあたしは涼野みたいにはモテませんよーっだ!!!


「…虚栄か。」

「ぐっ!!?」

「図星だな。」


涼野はあたしを見て、フッと小さく笑った。うわムカつく!スッゴい頭来た!!そしてわかりやすい自分にも腹立つ!!!


小さくなって今にも落ちてしまいそうなアイスを、涼野は舌を使って器用に食べきった。

なんか…


「……。」

「…何だジロジロと。」

「いや、なんか無駄にエロいなと思って。」

「…ほう。」


何故そこで笑う。

そして何故不覚にもカッコいいなんて思ったんだあたしは。


「ん、」

「棒位自分で捨てて。」

「違う。」


違うって、何が…


「当たりだ。」


もう一本よこせってか!?


「ねーよ!!さっさとホール戻れぇ!!」


っていうかあたしメロン切らなきゃなんないんですけど!!いい加減そこ退いてくれ!!!


「…鬼。」

「何でっ!?」


両手で顔を覆う涼野に一言「子供かアンタ!!」と言い放つと、ヤツはわざとらしく舌打ちをして仕事へ戻っていった。


「…やっぱ理解出来ない。」


あ、あいつ当たり棒持ったまんまじゃないか。







*






「お疲れ様でしたー♪」


仕事が終わって家路につく。当然のように真夜中だけど、まあ仕事柄仕方ないし、慣れちゃったから気にしてない。

途中コンビニに寄って、新しく出たコンビニスイーツでも買おうかとコンビニに寄った。お目当ての棚にたどり着き、どれにしようかと悩んだ。

ティラミスとシュークリームを手に取ってレジへ向かおうとすると、お弁当コーナーで"奴"に出会った。


「…あ。」

「ん?……あ。」


す、涼野…。いや、時間的には会ってもおかしくないんだけど。


「びっくりした…ってか私服ダサッ!!?」

「余計な世話だ。貴様私に喧嘩を売っているのか。」

「ぅ、いえいえそんな滅相もない…。涼野サンこっから家近いの?」

「まあな。」


やばいやばい。ついうっかり本音が。

…コンビニ弁当か。あたしが見る限り酒とアイスばっかり食ってるけど、ちゃんと体調管理とかしてんのかなあ??


「…涼野、最近ちゃんとした物食べてる?」

「ほぼ弁当か外食だな。家の冷蔵庫がほとんど意味を成さない程。」

「ふーん。駄目だよちゃんと栄養とらないと?」

「現にこうして生きているのだから問題ない。それとも何だ、貴様が作るとでも?」

「え、涼野がそう言うなら作ってやらんこともないけど…じゃあ今から家来る?」

「……。」


何故黙る。


「す、涼野?」

「さっさとレジを済ませて来い!私は外で待ってるからな!」

「ゎわ、分かりました!」


なんやかんやで来ちゃうらしい。

レジを済ませて外へ出ると、
当然というか、涼野があたしを待っていた。


「…行くぞ。」

「いやあんた道知らんだろうが。」

「……。」

「…すいません。」


頼むからその無言の圧力やめて。






*






あたしの家は五階建てマンションの二階にある。多分、というか絶対涼野の家の方がゴージャスで綺麗だろうと思った。だって"稼ぎ"が違うもの。
…んだよ世の中美形ばっか得しやがって。


「…上がんないの?」

「いや…」


扉を開けたところで、涼野の足が止まった。どうしたのかと問えば、


「…貴様には警戒心というものが存在しないのか?」


とため息混じりに返された。
ああ、そういうことか。


「だって、涼野があたしなんかにそんな気起こすわけないじゃん。」

「まあ確かにな。」


そう言って彼は我が物顔で部屋に入った。
あれ、分かってはいたけど、いざ口に出されるとやっぱムカつくわ。

苛々を押し込めて、冷蔵庫にコンビニで買ったスイーツを閉まった。エプロンを着てキッチンからリビング(つってもベッドあるから寝室と共同なんだけど。)を覗くと、涼野は大きめのクッションを抱いてテレビを点けていた。


「…あんまり期待しないでね?」

「食べられれば別に構わないよ。」


朝の残りであるミネストローネを火にかけ、パスタを茹でた。それを予め作りおきしてあったホワイトソースとフライパンの上で絡めてメイン終了。せっかくだからもう一品作ろうかと冷蔵庫から適当にベーコンとホウレン草を取り出した。
そしてそこで、あたしは妙な視線に気付いた。


「…なぁに?」

「………エプロン。」

「はい??」

「な、何でもない!!!」


…変なの。エプロンが一体どうしたというのだろう。






「はい。」


二人分の食事をおぼんに乗せて、ちゃぶ台に運んだ。
涼野はそれらを無表情で凝視していた。


「…何、毒なんか入ってないよ。食べないの?」

「食べる。」


即答されて、差し出された涼野の手に取っ手の青いフォークを渡した。

室内にはテレビの深夜ニュースの声だけが響いていた。


「ど、どうっすか?」

「……うまい。」


その一言が、何故か心にぐっと来た。そしてちょっとときめいた。
女性の一人暮らし用のちゃぶ台だから、必然的にあたしは涼野の向かい側に座ることになる。
今まで意識して見たことがなかったせいか、あたしは涼野の綺麗さに驚いた。
長い睫毛も、すっきりした鼻も、薄い唇も、全てが整っていて、あたしなんかとは比べ物にならないくらい美人さんだ。


なのに…



「食うの速ぇな!」

「…普通じゃないか?」


いや速いって。あたしまだ5分の2程度しか食ってないのに!!


「やっぱり男の人って女の子とは胃袋の出来が違うのかな??…涼野、あたしの分も食べる?」

「いいのか!?」

「うん、あたしスープだけで充分だわ。」


実はちょっとだけ張り切って、多めに作っちゃってたりする。よく考えてみれば、男の人を部屋に入れるなんて初めてだった。

目を輝かせてこちらを見る涼野に、あたしは喜んでお皿を差し出した。
友達と一緒にご飯食べに行くってことはあるんだけど、なんか、こうやって家で誰かとご飯食べるのって久しぶりだ。自分の作ったものをおいしいって言ってくれる人がいるって、いいな。


「涼野、アイス食べる?」

「あるのか!?」

「まあ、棒付きじゃないんだけど…いらない?」

「欲しい。」


そう言ってくれると思ってた。
あたしは冷凍庫からタッパーを取出し、中のバニラアイスをお皿に移して、自分用にはさっきコンビニで買ったシュークリームを用意した。
その間、涼野が食べ終わったお皿を持って来てくれたので、少し見直した。


「なまえ、」

「ん、何?」

「アイス、もしかして手作り?」

「あ、やっぱり嫌?」

「嫌じゃない。」


スプーンを出そうと彼に背を向けた瞬間、


「ひ、ぅ??」


後ろから彼に抱き付かれた。…ちょ、びっくりして変な声出たやんけ。


「な、何!どうした涼野!?」

「いや、ただ…」


ただ何だ!!動けない!ドキドキして動けないから!!
ひぇ〜!お母さん!!あたし今美形に抱き付かれてるよ!!?


「なまえ、嫁に来ないか?」

「はい!!?」


この距離で囁かれて、拒否ることなんて出来なかった。


「ま、まずはお友達から??」

「恋人から。」




ホストで庶民派、まあつまりは家庭的な子がタイプなのだろうか。

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