「ねーなまえ行こうよ〜!!」

「え〜!?やだよ!私そーゆーの苦手だもん。」


会社のお昼休み、私は仲のいい同僚のともと向かい合い、お弁当に入った卵焼きにしたつづみをうっていた。


「そんな!楽しいよ?この世の楽園だよ!?」


そう言って彼女は、キラキラと輝く会員カードを差し出した。


「遠慮しないで、あたしが保証してあげる!!」

「保証って何よ。」


些細なミスで上司に怒られてしまった私を励まそうとしていること自体は嬉しい。

だが、


「何でそこで"ホストクラブ"!?普通に明日のランチ奢ってくれる方がよっぽど嬉しいんですけど!!」

「だってぇ、なまえの話したら、会いたいって子がいてー。」


それ単に新しい顧客をゲットしようとしてるホストの策略だろ。
口車なんかに乗せられるなよばかぁ…。


「…はぁ。今回だけだからね。」

「それはどうかなぁ?なまえ、結構ハマると思うよ。」


あり得ないし、第一お金に余裕がない。そう言うと、この不況に安定しまくってる大企業の正社員が何を言うか!と背中を叩かれた。






*







「……マジか。」




きらびやかな夜の街の中心部、やたらとゴージャスなそのお店が、私達の目的地だった。

ともが何かボーイさん(?)と話してるけど、一切耳に入って来ない。だって手汗がすごいんですもん。こう見えて私チキンハートだもの。


「ヒロト!来たよぉ」

「ああともちゃん、待ってたよ。」


ともは赤い髪をしたホストに手を振った。当然のことだが、ヤバイマジカッコイイ。


「あ、お友達?」

「うん、なまえだよ。」

「……そっか。初めまして、和葉ちゃん。オレはここのNo.1やってる"ヒロト"。よろしくね?」

「ど、どうも…」


No.1って…。そういえば入り口の写真デカかったものね。


「なまえちゃんって、この間言ってた子だよね?」

「あ、うんうんそーなの。ヒロト、じゃあなまえはリュウジ君指名と言うことで♪」

「ちょっ!?」

「ふふ、分かった。」


か、勝手に話を進めないで!
てゆうか本人のいないところでどんな話してたの!?そもそも"リュウジ"って誰!どんな人!?

戸惑う私は、ヒロトさんと目が合ってしまった。
すると彼は何故か意味ありげにクスリと笑った。


…何なんですか一体。



「じゃあなまえ、また後でねー♪」


ヒロトさんに連れられてテーブルに向かうともの笑顔を、私は恨めしく見送った。





「……なまえ?」

「はい?」


名前を呼ばれて振り向くと、そこには抹茶色のポニーテールをした男の人。
……てか誰?


「やっぱり!?うわぁ、会えて超嬉しい!テーブル、案内するよ!」

「は、はあ…」


やわらかな物腰で手を引かれ、私は席へ着いた。


…もしかして、この人が"リュウジ"なのだろうか。






*






「とりあえず何か頼む?なまえって、お酒強い方?」

「うーん、まあどちらかと言えば弱い方かも…。」

「じゃあ軽めのシャンパンとかでいいかな?」

「あ、うん。」


この流れだと、私は彼を指名したことになっているのだろうか。

というか、さっきからすごい気になってたんだけど……


「えっと、リュウジ、君…だよね?」

「ん、そうだけど?
なまえ、別に"君"なんて付けなくったって、リュウジって呼んでいいのに。」

「じゃあ…リュウジ。」

「なあに、なまえ」


無邪気な子犬の様な笑顔を浮かべるリュウジに、私は少しときめいた。


「なんか、私に会えてすごい嬉しそうだね?とも、何か私に関する爆笑武勇伝でも暴露しちゃった??」

「え?」


ホストなのだから、会えて嬉しいなんて、当前の口上の様な気がしたけど、リュウジの場合、そうは見えなかった。そして案の定、彼は不思議そうに首を傾げた。


「もしかしてなまえ、俺のこと覚えてない?」

「え?」


ま、待って待って、そんな綺麗な顔で迫らないでマジ頼むから。てか、え、私ってこの人と会ったこと……


「…覚えてるかと聞かれたら、覚えてない…かな?」


えへへと苦笑を浮かべると、彼は残念そうに肩を落とした。


「あー、でもまあ当然なのかも。」

「どこかで会ったことある?」


私が問うと、彼はまた瞳を輝かせて元気を取り戻した。


「中学ん時の同級生。」

「嘘!?」


同級生!?だったら覚えてて当然のはずなのに…


「ずっと違うクラスだったからね。」

「ずっとって…」


そりゃ覚えてるはずがない。だって私は元々人の顔を覚えるのが得意な人間ではないし、加えて、私達の通っていた中学は一学年にクラスが九つもあるマンモス校だったのだ。


「い、いつ知り合ったっけ??」

「一年の秋。期末テストが近かったから、俺和葉に数学教えてもらったじゃん。」

「秋、期末テスト、一年…」

テーブルに運ばれたシャンパンを優雅にグラスに注ぐリュウジ。
それを受け取って少し口に含むと、一つの光景が思い出された。


「……あ。」

「思い出した!?」

「えっと……緑川君?」

「正解!!」

「きゃ、ゎ!?」


彼がいきなり私に抱き付くもんだから、危うくグラスを落としかけた。

困惑する私に気付き、ごめんね?と笑うが、やはり彼は心底嬉しそうな様子だった。





中学一年生の頃、私は特に部活動に励むわけでもなく、放課後は図書室で勉強をしていた。その成果もあってか、私は常に学年ベスト10に入る成績をキープしていた。


緑川君と話したのは、統計するとほんの3週間ほど。彼はサッカー部に所属していて、新人戦のためにテスト期間ギリギリまでサッカーに集中していたため、当時たまたま知り合った私に勉強を教えてもらっていたのだった。そのまま冬のテストを控えた二週間も一緒に勉強したのだが、私が図書室にいたのは一年の時だけで、二年生からは有名私立合格のため、塾に通うことになったのだ。
そしてそれをきっかけに、私が緑川君と話すことはなくなってしまったのだった。




「緑川君勉強遅れてるとか言うわりには国語は私より出来るからびっくりした。」

「へへ、まあね。その代わり、数学とか理科がダメダメだったけど。」

「でも飲み込み速くて、教える側としては結構楽しかったかも。」

「本当!?なんか今言われても嬉しい!」


まさかあの少年がこんなにもイケメンに成長するとは…。いや、そう思うとあの頃も結構かっこいい顔して…あれ?ちょっと待て、リュウジが私の同級生と言うことは、

……もしかして


「あいつ…まさか基山ヒロト?」

「そうだよ。」


だからか。だからさっき私を見て笑ったのか。そりゃそうだよな。だってアンタとは"一緒のクラス"だったもんな。"初めまして"じゃないもんな!?
全然気付かなかった、全っ然気付かなかった!!ああ、今改めて見ると微かに当時の面影が…。




「…何でホストなんてやってるの?」

「あー…俺は結構前にヒロトに誘われたんだよな、面白そうだからやってみない?とか言われて…うん、一言で言えばノリ。」


ノリって…じゃあヒロトもノリ?ノリでNo.1ってになれるもんなの??


「へー…。なんかすごいね。」

「いや、俺なんか全然…。でも、上位はかなり接戦なんだよね。亜風炉とか吹雪とか、いつヒロトと入れ替わってもおかしくないと思うし。」


ほら、と出されたのは、ホスト達の写真が貼られたアルバム(?)みたいな物。


「うわぁ…。」


単なる写真なのに、何故か眩しいくらいにキラキラして見えた。
特にこのアフロディなんて人は、金髪が白いスーツに栄えてかなり綺麗だ。


「…知らなかった、人類にこんなにもイケメンがいるなんて。」

「そう?まあホストクラブだしね」


そう言って笑う"緑川君"。
いや、アンタもその一員なんだっつーの。


「言い忘れてたけど、」

「何?」

「…久しぶり、緑川君。」

「あ、えっと…うん。」


私が改めてそう言うと、彼は何故か顔を真っ赤にして目を反らした。


「どうかした?」

「いや、その…なんというか……
なんでもない!うん、久しぶり!!」


完全にテンパってる。まったく、ホストがこんなんでいいのか。


「しかしさ、新たな顧客をゲットしようと連れて来てもらった女の人が、まさか同級生だったなんて思わなかったでしょ?」


冗談半分な感じで言ったんだけど、


「…知ってたよ。」

「え?」

「ともさんの会社の話を聞いた時、もしかしたらって思ったんだ。それで…」


彼の右手が、私の左手に重なった。


「ずっと会いたかったんだ。あれ以来、話す機会なんかなかったし…。」

「な、なんで私なんかに、」

「初恋、だったんだよね。」


恥ずかしそうに頬をかくリュウジが、なんだかすごく可愛く見えた。


「だからさ、俺今なまえとまた会えてすごい嬉しい…。」

「っ〜////!?」


今度は私が赤くなる番だった。

そしてその感情を誤魔化すかの如く、私はグラスのシャンパンを一気に流し込んだのだった。









*





目が覚めると、私は見慣れぬ部屋にいて、もぞりと体を動かすと、なんかすーすーした。

とりあえず上半身を起こすと、下半身にずきりとした痛みが走り、私は言葉を失った。


「…うそ。」


何で…何で私服着てないの!!え、何で!?どうして隣にリュウジが寝てるの!!!一体昨日何があった!!!??


両頬を押さえてうんうんと唸っていると、隣で幸せそうに眠っていた男が目を覚ました。


「ふぁ…ぁ、なまえおはよぅ。」

「おはようじゃなっ!?」


自分が服を着てないということを思い出し慌てて布団を引っ張ると、リュウジはクスリと笑った。


「と、とりあえずここどこ!?」

「俺の家だよ。もしかして、昨日何があったのか覚えてないの?」


覚えてないっつーか、最早"何が"あったのかなんて明らかなんですけど…


「…結果は分かった。ただそれまでの流れが一切…。」

「なまえったら本当に忘れっぽいね。」

「う、うるさ!?」「なまえから誘ってきたんだよ?」


なんですと。


「…嘘だ。」

「ホントだよ。」


自分がお酒に弱いことは十分承知していた。しかも昨夜は、人生初の"ホストクラブ"なんて場所にいたのだ。あの場の雰囲気も、私を酔わせる要因の一つだったのだろう。


「た、例えそうだったとしても我慢してよっ////!!」

「無理だって!だってずっと好きだった子を抱けるチャンスだったんだから!!」


ずっとって…


「俺、今でもなまえのこと好きだから。」


黒い双眸に真っ直ぐに射ぬかれ、私の心臓が高鳴った。


「なまえ、今彼氏っているの?」

「…いないけど。」

「じゃあ、俺と付き合って?」

「……。」

「沈黙は、肯定と受け取るから…。」


唇が、重なった。


「あーあ、でも覚えてないなんてもったいないなぁ。」

「何がよ。」

「昨日のなまえ。スッゴい可愛かったのにさ。あ、でもこれからはいつでも出来るからいっか♪」

「ばっ////!?」

「そうだ、ごめんなまえ、俺これからちょっと出掛けないと。」

「は??」


出掛けるって、ホストの仕事は夜のはずじゃ…


「常連さんとデートの約束なんだよね。」


こ、これだからホストってやつは!!


「ねぇねぇ、嫉妬してくれた?」

「誰がするか。」

「でもさ、今日は俺夜空いてるから、一緒にご飯でも食べに行かない?」

「…リュウジの奢りだからね?」


私がそう言うと、リュウジは当然!と言って笑った。


「ふふ、楽しみだなあ!…じゃあ俺、シャワー浴びてくるね」


リュウジがシャワーを浴びている時も、私は体のだるさからベッドから抜け出せないでいた。


彼が身支度をしている間、私もそろそろ服を着ねばと立ち上がろうとしたところ、


「ぁ、れ?」


た、立てない…?


「それじゃ、いい子で待っててね?」


満面の笑みで出ていく彼を、私は恨めしく思った。


…会社、今日休まないと駄目だろうな。


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