自販機で購入した炭酸飲料を飲みつつ公園備え付けの時計へと目をやれば、大きな二本の針は午後12時半を指していた。日陰にあるベンチへと戻れば、剣城が首にかけたタオルで汗を拭っていた。

「剣城、」
「…あぁ、サンキュ。」

俺が剣城の分の飲み物を手渡せば、剣城は自販機から出て来たばかりで冷たいそれを、自身の首元へとくっつけていた。
強過ぎる日差しが、じりじりと地面を焦がしている。あそこの砂場なんて最早砂漠なんじゃないかと、一瞬霞んだ視界。ああ、これは確かに熱中症とやらで倒れるのにも納得がいく。なのにあの蝉達はよくもここまで五月蝿く騒げるものだ。あれは一種の求愛行動として、相手を誘っているのだと。昔何か教育テレビ的な物で見た気がする。

…大都会の中、日陰に吹くはとうぜん生ぬるいというか、寧ろ暑い。まあ、それでもないよりはマシなのだが。

「…盆も終わりだな。」

俺は剣城の隣に腰を下ろした。気付けば剣城の側には涼しい場所を求めてやって来たであろう猫がいた。

「ゴッドエデンに、蝉はいなかったな。」

真っ黒なその猫を見て、俺は共にチームメイトとして戦った一人の少年を思い出していた。長らく会っていないが、果たして今奴はどうしているのだろうか。

「そう考えると、この暑苦しい感覚もなんだが懐かしく思える。」

すぐ近くの道路から、自動車のタイヤがアスファルトの上を走る音が聞こえてきた。意識したことは無かったが、なかなか耳障りな音ではない。
そうだ、明日は海にでも行こうか。そう提案すれば、剣城は俺の方を見ずに、小さく「そうだな」と返事を返した。
横からしか窺うことの出来なかったその表情は、何故か何時もの剣城とは違っていた。暑さにでもやられたのだろうか。
そう思っていると、当の剣城はどこか旧友に似た大きな黒瞳を持つ黒猫を撫でながら、一瞬切なげに目を細めた。そして。


「でもまあ、夏は嫌いだな…。」


ふうっと大きくため息をつきながら口だけで笑い、猫を撫でていない方の指先で缶を弄びながらふてぶてしく呟いた。

理由を問おうかとも思ったが、特に何の意味も込められてはいないだろうと、俺は適当に相槌を打った。
その時だった。それまで剣城の隣で気持ちよさそうにしていた黒猫が急に逃げ出し、信号の点滅する横断歩道へと飛び出して行ってしまったのは。

「な、あいつッ…剣城!?」

俺が声を発するより先に、剣城は駆け出していた。


駄目だ…行っては駄目だ、剣城!!!!


悲鳴にも似た絶叫は、ただ脳内だけに響き、実際俺が喉を震わすことはなかった。


剣城が道路に飛び出したのは、赤に変わった後のことだった。

「剣城ィ!!!!」

似付かわしくない、裏返ってしまった自身の叫び声と、人間の身体と大型トラックがぶつかった鈍い音が重なった。
無理にハンドルをきったトラック。衝突した肉体は不運にもその一部に引っ掛かり、ブレーキの高音を発するトラックは、彼を引き摺って泣き叫んでいた。
ずるずると伸びた血の跡。
俺の白とは対照的な、赤。

「ぅ、ぁ…ぐふ、っ…!!」

一面に広がる血飛沫の色。生臭いそれと、まだ微かに臭覚が記憶していた剣城の香りが混ざりあって、むせ返った。


遠目に見た地面が、ゆらゆらと揺れている。
悪い夢のような光景に、俺はショックから目眩がした。





「……嘘だ。」




『…嘘じゃないよ?』





幻聴。

嘘みたいな陽炎が、そうやって俺を嗤った。



清々しいくらいに明るい青空。爽やかな夏の水色をぐちゃぐちゃに掻き回すような、やけに五月蝿い蝉の音に。俺の視界は真っ暗に全て眩んでしまった。





*





「っ!!!?」

目を覚ませば、俺は自室のベッドの上にいた。何時だと時計を見やれば、時刻は8月14日の12時過ぎを指している。嫌な脂汗をかいたせいで、ベタついた髪が気持ち悪い。

本当に、嫌な夢だった。








シュイッ…ミーンミーンシュイッ……






やけに五月蝿い蝉の声を覚えていた。












『夢じゃないよ?』




「ざまあ、みろ…。」













「また、駄目だった…。」





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