*シュウ(?)の続きみたいな話








「何、君また来たの?」


私を見た"シュウ"は、そう言って木から降りて来た。

私は、言わばトリッパーだ。しかも見事なまでの"補正"付き。
ズバリ美少女で運動神経抜群な紅一点、しかも白竜のお気に入り。けれど逆ハーレムということはなく、一定の距離を保ち続けるキャラもいた。


「もうすぐ日が暮れる、早く帰りなよ。」

「でも、話したいことがあるの。」

「何?」


訝しげに眉をひそめた彼は"シュウ"。確かに彼はこの世界の人間(幽霊?)ではあるものの、元を正せば私と同じ、言わば成り代わりの存在…らしい。
前世の自分に関する記憶は一切無く、以前の名前や性別すら覚えていない……らしい。


「私ね、明日この島を出ることになったの。剣城君が裏切ったから、今度は違う方法で雷門を崩すんだって。」

「ツルギ?……ああ、もうそんな時期か。しかもそういう流れ?白竜が荒れそうだなあ。」


明日から私はいなくなるというのに、シュウは随分と淡泊だった。
それもそのはず、私も所詮、この世界にいたなまえという少女の偽物にすぎないのだ。


「……あのさ。」

「ん?」

「ずっと聞こうと思ってたんだけど…。」


初めて会ったあの日、シュウは私が偽物であることを白竜にバラされたくなかったら、自分のいうことを聞けと言ってきた。しかもキスまでされた。なのにどうしてか、彼はそれ以降、一切私に手を出すことはなかったのだ。


「私を好きなんじゃなかったの?」

「…僕が好きだったのは"name"だよ、君じゃない。」


ジト目で返され、私は怒りと羞恥心で声が震えた。


「それは知ってる!!私が言いたいのは…!!」

「ああ。何?もしかして期待してたの?」

「なっ、違う!!」


こちらの反応を見て薄らと笑う彼は、私のよく知るキャラクターではない。しかしこうして何度か交流するうちに、私にとっては"彼"が本物になりつつあった。


「…まあ、最初はさ、確かにそういうつもりだったけど。」

「…マジ?」

「まじまじ。でも、君と唇を重ねた瞬間…正確には、数秒後なんだけど。ともかく感じたんだ、"違う"ってね。」

「違う?」

「二つの意味で。一つは、やっぱり君は君であって、"なまえ"とは完全に別固体であるということ。二つ目は、気持ち悪かったってこと。」

「ねえ、喧嘩売ってる?」


こいつ、こっちはファーストキス奪われたっつーのに気持ち悪かったとはどういう了見だこの野郎。


「化身達が共鳴することは知ってるだろ?"僕等"もそれと似た感じで、君とキスしたことが不快で仕方なかった。」


…その顔で言われるとすごく傷付くんですけど。
というか、共鳴がどうたらこうたらって、どういうことですか?


「…分かってないみたいだね。」

「うん。」

「はぁ……つまりだよ、僕と君はこの世界に生まれた形や経緯こそ違えど同じ異端者だ。…僕はずっと"僕"として生きてきた、前世の記憶も削ぎ落とされてね。でも、君に触れて分かった。」


忌々しげに私を見ると、彼は自分の胸元に右手を置いた。


「僕、前は女の子だったみたいなんだよね。」


……。


「ちょっと、何か言ったら?」

「え!?、あ、ああ…えっと、よかったね、思い出せて。」


途切れ途切れにそう言えば、私を見る目付きが更に悪くなった。

けれど、よかったねと言う言葉は本心だ。

私は今、初めて"この人"に触れることができた気がしていたのだ。


「他に思い出したこととかないの?私、結構あなたにこうして会いに来てたじゃない。」

「ああ、鬱陶しいくらいにね。…でも無いよ、それだけ。」

「そっか…。」


ふいっと顔を逸らしたシュウ。


「第一、前世なんて終わった物に意味なんてないよ。思い出したいとも思わない。僕は僕であり、この世界の役目を全うするだけだ。僕は男、名前はシュウ、それだけだよ。」


なんて。そう紡いだ表情は厳しかったけど、けれどその横顔はどこか寂しそうに見えた。

おそらく、これが彼と私という二人が会話する機会はこれが最後になってしまうだろう。
なら、最後にちょっと独り言を聞いてもらおうかと思う。


「私ね……」




*




そうやって言葉を交わしたのは、彼女がまだこの島にいた数日前のこと。
その後彼女の口から出てきたのは、以前の惨めな"自分"の話だった。前世はコミュ症の根暗なイマイチちゃんで、今の自分はホント夢みたいなんだ、とか、心底どうでもいい話。
聞いてどうしろと思ったが、彼女は話しただけで満足したらしい。

ホント、どうでもいい……あーあ、しょうもな。



「シュウ!!」

「?」


ちょっと考え事をしていると、突如としてボールが飛んできた。
勢いよく襲いかかって来るそれの力をうまく殺して、ちょっと足先で遊んでから地面に落とした。別に倍の力で打ち返してもよかったんだけど、僕はそれをしなかった。


「いきなり危ないじゃないか。」


僕がそうやって笑うと、ボールを蹴った張本人である白竜は眉間のしわを深くさせた。


「シュウ、真面目にやれ。」

「…やってるよ。」


琥珀色の瞳が僅かに金色の輝きを放つ。

ああ、怒らせちゃったなあ…。

しかし、それも仕方のないことなのだ。

なんせ、彼は焦ってる。
理由は勿論、化身合体がうまくいかないから。


「剣城が裏切ってなまえもいなくなって、君の気持ちも分かるよ?でも白竜がそんなんじゃ僕の波長と合うはずがない、君の今の精神状態じゃ無理だ。」

「煩い!!俺達は究極の存在なんだ…!!諦めるのか、シュウ!!」

「諦めるって…はぁ。」


本当に面倒だ。
第一化身合体なんてどうやってやるんだよ、原作にこの二人が初めて化身合体を成功させたシーンなんてなかったし、あったとしても言われてすぐに出せるもんじゃない。


「分かったよ、僕が悪い。」


まったく、あの子も変なところでいなくなったものだ。
どうせなら逆ハーよろしく、一緒にゼロに入ってくれればよかったのに。

そしたら、僕も……。


「……。」


"自分"を、取り戻せたのかもしれないのに。


……いや、駄目か。


だってかつての"自分"は、【あの時】僕が殺してしまったんだから。


「…やろう、白竜。」


静かにそう言った僕を見て、白竜は一瞬驚いたような顔を見せた。

ああ、彼の前で"こうやって"化身を出すのは初めてだっけ。


「大丈夫だよ、別に泣いてない。」


目尻から溢れる、禍々しい闇色。どんな光にも払えない、僕自身の呪われた力。


「暗黒神、ダークエクソダス!!」







*




花の香りがした。


どうやら僕はどこかの花畑に寝ているらしい。

らしい、というのは、これが夢だと分かっているから。

こんなにもはっきりとした感覚は初めてだ。まるで本物の世界みたいだ。

…にしても夢の中でも寝てるなんて、これじゃあ明晰夢の意味がない。まあ、特に何をしようとも思わないけど。
そう思い、僕は指一本動かすこともなく、ただ黙って目蓋を閉じていた。
しかし、その状態も長くは続かなかった。


「おいお前、起きろ!」

「……。」


その声には聞き覚えがあった。

肩を掴まれ、ゆさゆさと振られたので仕方なく目を開ければ、視界には案の定白が広がった。

僕が起きたのを確認すると、彼は何故か安心したような表情を浮かべた。


「……で、何?」


起きてはいたが、寝起きも同然の不機嫌な態度で僕は白竜を睨んだ。
というか、さっきこいつ僕のことお前って言ったよね?


「ああ、少し尋ねたいのだが…ここは一体何処だ?」

「は?」

「目が覚めたら何故かここにいたんだ。見たところ、ゴッドエデンではないようだが…。」


そう言われて初めて周りを見渡せば、地面は小さな花がぽつぽつと咲き乱れてはいるものの、数メートル先は霧で真っ白だった。視界が晴れているのは、僕等がいるこのぽっかりと空いた空間だけのようだ。
確かに、あの島でこんなにも深くて不思議な霧は見たことがない。地面に咲いたこれらの花々にも見覚えがない。

まあどうせ夢なのだから、多少変な設定が入り混じっていても不思議ではないか。


「ここはゴッドエデンだよ、白竜。」

「な、お前、何故俺の名前を…!!」


なんだよ、僕と白竜は初対面の設定か。


「白竜、僕は仮にも睡眠中だ。寝ている間にも脳を動かして、明日に疲労を持ち越したくはない。だから悪いけど寝かせてほしいんだ。」


幽霊であるはずの自分が、何故夢を見るのかは分からない。しかし島にゴッドエデンが出来てからというもの、夢を見ることも少なくなかったし、体力の増減も普通に存在していた。明晰夢も、何度か見た。


「寝…?これは夢で、君は今夢を見ているというのか??」

「そうだよ?ここは僕の夢の中だ。だから白竜、君はあまり出しゃばらないでほしいな。」

「…初対面の相手に向かって失礼な奴だな。その態度は改めたほうがいい。」

「悪いけど、直そうなんざ露程にも思わないね。それに、君は僕と初対面かもしれないけど、僕はここ最近君と毎日会ってる。」

「な、ストーカーか!!」

「……うざいなぁ。」



なんだこの夢、早く覚めろ。



「とりあえずお前、名を教えろ。お前だけ知ってるなんて不公平だ!」

「不公平って…まあいいや。
僕の名前は……―――。」



…………ん?







*




「……シュウ?」

「ああ、おはよう白竜。」


翌朝目が覚めても、僕は眠ったという感じがしなかった。
確かに身体の疲れは消えているけど、元は幽霊だから、零時になったら回復する仕組みだし。


「どうした、疲れた顔をしているが?」


誰のせいだと思ってるんだ。


「うん…昨日変な夢を見ちゃってさ。」

「夢?」


僕の言葉を聞いて、白竜はそう言えばと顎に手を置いた。


「俺も夢を見た。」

「ふーん。どんな?」


大して興味は無かったけど、とりあえず聞いてみた。


「花畑で、礼儀知らずな口の悪い女子と話す夢だ。」


せっかく花畑だったのに、なまえとの夢じゃなくて残念だったね。


「へえ、女の子。可愛かった?」

「可愛いものか、あんな奴。」

「あはは、酷い言われよう。」

「確か、名前は……。」






…………あれ?








それは夢に憑かれた女の子



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